質の悪い悪戯 その2
「手も足も出なかった……。こんな子供相手に」
手首を切られたことで苦痛に顔を顰める大男だが、何とか意識はあるようだ。最初の斬撃も浅かったし、単純な体の出来具合というのはこっちの世界ではかなり重要だ。
手首からだらだらと血を流す大男は放っておけば5分と持たず、死んでしまうだろう。
「傷を見せろ」
困惑する大男の腕を掴み、魔法をかける。火の魔法だ。
「ぐぁああ、あっつあああ。何をしやがる!?」
「傷口を焼いたんだよ。これでお前は助かる」
傷を焼き、出血を止める。それと軽く回復魔法もかけてやる。やはり、恵まれた身体は資本だな。己なら気を失っているかもしれないし、体も小さいから手首を切られた段階で死んでいてもおかしくない。
「へぇ~、殺さないんだ」
そう言って現れたのはピットだった。途中から視線を感じてはいたが、伏兵だとばかりに思っていた。早いな、異様なまでに。
「隠れてみていたのか。見ていたのなら助けてくれても良かっただろうに」
「助ける必要あった? それで殺さないの?」
さっきから殺せコールが凄いな。
「ああ、殺さない。こいつらは百年修行しても僕には勝てないだろうし。それでも、手をだしたつけは払ってもらうけれど」
手首をもいだ。そういう無茶はもう出来ないだろう。
「殺人出来ないんだ?」
「出来ないわけじゃないけど、しないで済むのならしたくはないな」
今でもあの白髪を殺した感触が手に残っている。あの夜から1カ月弱は悪夢にうなされたものだ。だから、殺すのは手加減が出来ない相手のみだ。
「じゃあ、代わりにボクが殺してあげよっか?」
物騒なことを今までで一番の笑顔で言うピットに大男が情けない、言葉にならない悲鳴を上げる。己も似たような声を上げていたことだろう。己は恐怖というより、ドン引きの悲鳴だが。
「やめい。それにまだ一番大事なことを聞けてない。なぜ、僕を狙う?」
「それはお前の首飾りが売れば千年の俸禄とのことだから、奪おうと」
同じ冒険者を襲うのは、死罪になることも多い危険な行為だ。千年の俸禄とのリスクヘッジなら疑問はない。
「なるほどね。意外に学がある。僕はてっきり……」
ちらりとピットを横目に見る。隠れてみていたり、趣味が悪そうだから、質の悪い悪戯でこいつらを雇って差し向けたのかと思ったが、どうやら違うようだ。
ピットはこの首飾りの価値を知らないだろうし、知っていたとしてもこの状況で大男の方がピットに喚き散らさない時点でそこに繋がりはないだろう。
「オズも知らなかったからと油断していたよ。むやみやたらに見せびらかすものじゃなかったね」
角の首飾りを撫で、胸元にしまう。
「僕は帰る。ピットは?」
「ギルドに仔細を報告するためにも、この子たちから少し話を聞いてから帰る。一人で帰れるかい?」
「帰れるわ。先に行くからはよ来いな」
己はそういってこの場を後にした。
「さあて、どうするかな」
ピットはノアがここを完全に去ったのを確認した後、そうつぶやく。
「お前相手に反抗はしない。どこへなりとも連れて行け」
大男は諦めたように失った手を挙げ、降伏を述べる。
「ん? ああ違う、違う。君たちは殺すよ」
「は?」
けろっと言ってのける彼に恐怖するでもなく、間抜けな声が漏れた。
「殺す、殺すって何故!?」
あまりに脈絡のない殺害予告に大男は吠える。
「殺さなくてもなにもならないと思うんだけど、後顧の憂いは切っておくべきだと思うんだ」
彼のいう後顧の憂いそれは。
「ノアは君たちを学があると称したようだけど、それは違う。学があるのはボクの方だ。お話聞かせてあげたもんね」
たとえ、彼らがノアを襲った理由がピットの話を聞いていたからとバレたとしても、ピットが彼らをけしかけたという証拠はない。故にそれが発覚しても今すぐ、ノアらに糾弾されることは無いだろう。しかし、その心底にはわざと話を聞かせたのではないかという疑念が生まれるだろう。それは非常に不都合なことだとピットは判断した。
「嘘だ……、まさか!」
「良いことを教えてあげよう。人を騙すのに嘘なんて必要ないんだよ」
当然、彼らがノアの首飾りの価値を知っていたのは、ピットとメヌエットの話を盗み聞いて、否、聞かされていたからだ。
「俺たちをけしかけて、あの首飾りを奪おうと」
「確かにあの触媒には関心があるけれど、あえて今奪おうとは思っていないよ。そもそもさ、そんな面倒なことしなくとも簡単に奪えるさ」
「じゃあ何故、俺たちをけしかけた! 何の意味があって……」
だんだんと消え入るような大男の悲痛な叫びに何ともないように答える。
「質の悪い悪戯だよ。命を狙われたら、彼はどうするのかそれを知りたかった」
「そんなことのために……」
「そんなことぐらいにしか使い道が無い自分たちを恥じると良い」
「クソがあああ!」
立ち上がり、向かって来ようとする大男の顔を手でつかむと、大男は頭の内側から爆ぜた。
人間爆弾、彼はそういうことも出来る。
「別に嘘を吐いたわけじゃないんだよね。実際、ノアには出来ないし」
魔法耐性、もしくは精神がそれなりならこの技は効かない。彼が掌に触れたもには目には見えないマーキングが出来る。そのマーキングは生物相手だと、個人個人の魔力そのものに干渉する。個人個人の魔力への干渉という点において幻術のカテゴリーに入る。だから、魔法耐性、精神がそれなりだと、不発に終わる。
一撃必殺、使い勝手もいい代わりに一般人相手限定の技である。
本隊と合流し、メヌを発見した。
「ピットが来たことから分かっていたことだが、早いな」
「良かった。無事だったんだ」
「当たり前だ。でもこっちも色々あってな。ワイバーンは取り逃した。後処理頼めるか?」
「了解。遠隔だと集中力がいるんだよね」
メヌは赤い瞳の瞳孔をかっぴらき、集中する。ワイバーンに出会った瞬間に彼女は奴らに幻術をかけていた。
「うん、大丈夫そ。知能が低い分、複雑なことは命令できないけれど、仲違いさせて、暴れさせることは簡単」
今頃、取り逃した二匹のワイバーンは仲違いをして、潰しあっているだろう。
「これで確実に一体は仕留められるだろうし、勝ち残った方も永くないと思うよ」
彼女の夜の支配者の本領は催眠による精神汚染だ。味方でなおかつ、こんな少女が持つ能力としては凶悪で恐ろしいものだ。一人で二体ものワイバーンを倒せるのだから。むしろ五体まとまっていた方が早くことは済んでいただろう。彼女と戦う時は多対一は確実に避ける必要がある。
「それで色々って何があったの?」
「同じ冒険者に命を狙われたんだよ。金目当てでな」
「子供相手だからって舐められたね。まあ、ここにノアがいるってことは返り討ちにしたってことだよね?」
冒険者に狙われたとなったら取り乱すかと思ったが、己が目の前でぴんぴんしているからか、そこまで驚いた様子はない。
「ぼきゃぼきゃにしてきた。それでピットの戦いぶりはどうだった?」
「凄まじかったよ。軽くジャンプするだけで20mは飛翔してた。まるで羽でも生えているかのような身のこなしで龍の背に乗って羽を破壊、落ちてきた龍をみんなでリンチって感じかな」
「まあ、そんなとこだろうな」
「ピット、奴らはどうした?」
メヌと合流してから数分後、一人で帰ってきた彼を訝しむ。
「違う街に行くってさ。彼らがおめおめと帰れるわけないでしょ? 悪さすることはもうしないし、出来ないって言うから逃がしちゃった。だめだった?」
「いや、構わない」
冒険者同士のマジ喧嘩は死罪に問われるほどの罪だ。どっちみち良くて追放処分、理想郷送りだろう。おめおめと帰れるわけがないのはその通りだった。
この一連の出来事、口が上手いピットにノアは一片の疑いも残すことは無かった。
理想郷送り。
この世界の東の果て、あの世と最も近いと言われる神の眠る楽園。
眉唾物の都市伝説。トマス・モアの理想郷や黄金郷
のようなもの。
罪人の行ける場所なんて、この場所くらいしかないという意味でつかわれている。




