trick and trick
2話
「ちょっと、もう本当に怒るよ、ノア。ごめんね、オズ。この子、悪戯心が過ぎるというか、プライドが高い一面があって」
「いや、叱らなくて大丈夫。強いやつってのは得てしてこの子みたいにプライドが高かったり、頭のねじが飛んでるやつが多い。両親にはない素養を持っているよ」
宙から降りてきたオズは意外にもお褒めの言葉をかけてくれた。
「いや~、やっぱりそう? 親としては怒るべき場面なんだろうけど、オズからそんな風に言われたら怒る気なくしちゃう。むしろ、褒めたくなっちゃう」
声がうわずりながら、わしゃわしゃと己の頭を撫でてくれる。
「ごめんなさい。オズ、いや先生って本当に強いんだね」
己は右手を差し出し、和解を求める。ファイドはうんうんと頷き、頭を撫でる手が荒くなる。悪いね。
「可愛らしい一面もあるじゃない」
オズも右手を差し出し、握手を交わす。
「右手借りるよ」
土魔術の印は両手を交えること。
「土槍」
空いている左手に土の槍を生成する。第5位階魔法に属し、殺傷能力も有する技だ。おそらくレジストされるだろうが、念のため生成した土は泥状にしており、殺傷能力はない。しかし、あえて泥状にしてあるのがミソだ。
「っ、このガキ、マジか」
片手は塞いだ。防御能力の高い土魔術を咄嗟には使えない。じゃあ、どうするのか? 片手印の風魔術を使ってレジストするだろう。そもそも片手を潰してなくても風魔術を使うだろうことは予測できる。さっきの「泥化」の咄嗟の状況で風魔術を使った。ああいうすんでの状況で出る魔法がそいつの得意系統(髪の色緑だし、どうせ風魔術が得意だろう)。
いいよ、風魔術でレジストしてみろ。そうした瞬間、風に煽られた己の泥はお前の無駄に大きい旅袋を汚すだろう。
「っ、あっぶないな~。マジに一杯食わされるところだった」
しかし、透明(空間が鋳鉄でできたガラスから見た景色のように見えるため存在自体は認識できる)の壁が現れ、己の泥は弾かれ、逆に己の顔が泥被る。
「あれ?」
(他人の手を借りての象印、位階の高い「土槍」をアレンジして泥状に変形させるスキル、それにあえて泥状に変形させることで最低でもバッグを汚そうとしたのか。風魔術でなくて結界で防いだのは正解だったな。そうか、これで5歳、末恐ろしい)
「やるね。クソガキ、今度こそ、ほら仲良くしよう」
オズが右手を差し出してくれたので、己は今度こそ悪戯なしにその手を取る。
「よ、よろしくお願いしまーす」
そう大人な対応をされると気まずい。小さな声で返事をした。
「ノア君さ、私がバカ親だからって怒らないと思ってるのかな? モンペ素養のある私を怒らせるなんて流石ノア君だね」
ファイドの怒気を孕んだ声に恐る恐る振り返ると、全身が泥まみれだった。そりゃそうか、背の低い己が汚れているのならファイドはもっと。
「あ~、許してママ」
「この短期間で何があったんだよ」
許されなかった。
だけど、拳骨一発で済んだのはぶりっ子した甲斐があったと言えるかもしれない。というか、オズも助け舟を出してくれた。防いだのは自分で、私も口が悪かったと。案外、良いやつかもしれない。
アニメみたいに腫れてるんだけど治るかな?
「聞いてよ~、ジェームズ。ノア君ったら凄いんだよ。魔術の才能がピカイチ。こりゃあ、追い越されるかもではなくて、いつ追い越されるかって話かも?」
ファイドはもう怒りを忘れて、ジェームズに機嫌よく己がいかに凄いかを語り始めていた。ほんっと愛されてるな~。
「へえ~、そんなになのか。オズはどう思う? 俺の息子に会ってみて」
「この年でここまで魔術を操れるのは天才かつ早熟、それ自体は会う前から分かっていたことだった。生まれが良すぎるからね。想定内っちゃあ、想定内。ただイカれてるよ。私の同級生にもいたよ。こんな風なキチガイじみた奴。そいつら軒並み私よりも強かった。このまま行けば私をも超える魔術師になるよ」
口についたミートソースを拭い質問に答える。
「そこまで? でも、この子は人間だ。オズを超える魔術師になんてなれるのか?」
「ある程度、年を重ねれば年齢なんてあまり関係なくなるんだよ。そりゃあ、年を重ねる方が強くなるのは常だけど。そういう努力を一瞬にして追い越す天才ってのが一定数いるんだよ。この子はその典型」
ぽんぽんと己の頭を撫でる。イカれてるとかキチガイとかは聞き捨てならないけれど、オズなりの誉め言葉なのだろう。素直に受け取ろう。
「俺たち手前の世辞か?」
「世辞も冗談もない。特に自分より強くなるかもなんて冗談は嫌い。私は負けてても負けてないって言い張る性格なの知ってるでしょ」
「違いない」
「ところでこの子、いや、ノアは剣は使えるの?」
「今、ちょうど教え始めたところ」
「才能あるの?」
「才能の原石だよ。磨けば磨く程輝く。ただ、ミットガルド流はあまり肌に合わないみたいだけど。けど、根気強く教えれば、俺を越えてくれる剣士になると思ってる」
「優秀すぎて可愛げないな~」
「可愛らしさの塊でしょ? 初対面の人には8割方女の子に間違われるよ」
「そういう自分の可愛らしさとか諸々を理解してるのが可愛げがないって言ってるの」
ぽんぽんとオズは自身の膝を叩く。己はオズの膝の上に乗ってもたれかかる。控えめな胸だが、案外ある。頭が痛くない。まあ、6歳の身体なので欲情はしないが。
「法陣あるのかな~?」
「ギフト?」
「そ、法陣。一般魔法とは別のその人独自の才覚、一般魔法では到達することが出来ない一握りのものだけが見ることのできる魔術の極地の一つ」
「先生は持っているの?」
「持っていない。そのことで悩んでいた時期もあるが、持たざる者として教えられるものもあるのではとあえて一番悩んでいた時にいた場所に教師として戻ることにしたよ」
「オズが持たざる者なんて嫌味に聞こえるよ」
「ファイド、君は王都ミットガルド学院に通ったことはないだろう? 今はどうなっているか知らないけれど、昔は生徒だけで私より強いやつが6人もいた」
「でも数千人いるなかで7位ってことでしょ? しかも王都の学校でということは全世界で7位ってことじゃないの?」
ファイドのいうことも一理あるのかもしれないが、きっと違う。
「そんなわけがない。種族柄学園に通えない人も大勢いる。冒険者のもぐりとかもね」
「アルスのことか。どうしてるんだろうな、あいつも」
ジェームズの口ぶりから残り最後のパーティーメンバ―であるのだろう。
「消息不明、風のうわさじゃ、聖教に追っかけまわされてるとか」
「なにしてるんだよ。あいつは」
「アホみたいに優しいやつだったから、どうせ聖教のやっばい実験見て見ぬ振りできなくて首突っ込んでみたいな感じでしょ」
「かもな。あいつなら聖教に追っかけまわされても大丈夫だろ」
「ところで学院に戻るっていつから教師として働くの?」
「神無歴1438年度の教員として呼ばれた。そうだな、一月手前に着きたいから、この冬の間泊めてほしい」
「年度って1月じゃなくて4月からじゃないの?」
「まんじで?」
がさがさと大きなバッグからいろいろなものが出てくる。お鍋にお玉、浮き輪まで出てきたぞ。いらんやろ。ドラえもんかよ。本当にいろいろなものが出てくるな。おいおいおい、めあてのものじゃなかったからって、厳格そうな赤封筒をぽいと捨てるなよ。それはそれでいるやつだろ、絶対。
「ついでに王都の学校って10月入学じゃないの? 次学年からの新任教師ってことなら10月からじゃない?」
「ホントだ……。ファイド~~」
くしゃくしゃになった招待状?を確認したオズの声は震えていた。アホだ。こいつアホの子だ。潤んだ瞳でファイドとジェームズを見やる。
「言ったでしょ? 好きなだけゆっくりしていってって」
「ありがと~~。ずびっ、持つべきものは仲間だね」
「あ、ただ一つ条件を付けさせてもらおうかな」
「ノアの魔法教育?」
「そ。勉学その他諸々面倒見てくれる? 教師になるんだし、練習だと思ってさ」
「それは願ってもみないこと。生意気かつ才能あふれる。練習台には理想的な生徒だよ」
「オズ、よろしく頼むよ。せいぜい僕に追い越されないように励みなよ」
生意気と言われたので、生意気に言ってみた。見上げると、オズはなんだか、嬉しそうにニヤニヤしていた。
「こちらこそよろしく。あんまり聞き分け悪いとファイドに告げ口したり、手を出すからそこんとこよろしく」
マジかよ。昭和の価値観を持つ教師を引いてしまったらしい。
炎、水、土、風、光、闇が基本属性。