鏡のロザリオ
13話
村から最寄りの町、エンベズラ。人口3万人ほどが定住している片田舎にしては大きめの町。村から最寄りと言ってもノアの村からは片道5日、気軽に行き来出来る程でもない。その町に過保護のファイドもつれず、ノアはメヌエットと二人で行商の馬車に揺られ到着したところだ。
村を別れて5日、オズと別れてから3年。10を迎えたノアは予定通り、メヌエットを連れて王都の学園に試験を受けに旅立った。
「おいち」
なみなみの海鮮丼に舌鼓を打ちながら、村から旅立った日を思い出す。
案の定、ファイドは号泣、ジェームズすら来るものがあったようで涙目になっていた。あれから三年、すっかり馴染んだメヌは女友達と両の手を合わせながら、ファイドに負けず劣らずの大号泣をかました。今生の別れでもないのにと斜に構えながらも、ちょっと潤っときたのは内緒だ。
ああ、そうだ。もう一つ面白かったのが、別れが相当に堪えたのか、出立したその日は鬱陶しいくらいにくっついてきたのに、日に日に距離を開けていくのが個人的にツボだ。温水の魔法で毎日体を清めているだろうに着回しが嫌だったのだろうか。町に着くなり、飯も食わずに銭湯に走っていたのも面白い。いや、もしかすると己が臭かった可能性も微レ存?
「やあ、こんにちは」
「こんにちは」
齢十にして親元を離れ長旅をするのはこの世界でも珍しいことだ。興味、あるいは親切で話しかけてくれることも多い。今、話しかけられた泣き黒子の青年は温かみを感じられない作り笑顔が特徴的だった。
「旅の者かい?」
「はい。といってもつい最近のことですけど」
身体を丸々と覆うローブはノアの体をより小さなものへと引き立たせる。誕生日プレゼントにもらったヘルハウンドのダウンでも良かったのだが、今は少々時期に合わず暑い。
「海鮮丼好きなのかい?」
「特段好きというわけでは」
メニューにあったから頼んだだけだ。久々の日本食に心が躍る。
「生魚とはチャレンジャーだね」
言われて気づいた。この中世レベルの文化圏でいくら魔法があってメニューに存在しても気軽に頼んでいいものではなかった。というより、その可能性に気づいてまあ、いいかと頼むならいいが、すっかり失念していたのは気の抜けている証拠。
知らず知らずのうちに別れにダメージを負っていたのだろうか、ホームシックか。
「もしかして、やばかったですか?」
「いや、ここのはちゃんと処理されてるから食中毒は起こらないと思うけど」
ほっと胸を撫でおろす。食中毒を治す魔法とか、存在するにはするだろうが、外傷でない分結構高度だ。
「見事なもんだと思ってね」
「何がですか」
「箸使い」
ああと納得する。
「大人でもスプーンで食べる人がほとんどだ。見たところかなり上手いように見えてボクなんか見てよ、ほら」
三歳児でももう少しうまく使えるように見えたが、大体こんなものだろう。
「僕、啜れます」
「おお!」
ホームステイに来た留学生に自慢するような感覚だ。出来て当然のことをそうキラキラした目で見られるとむず痒いと感じてしまうな。
「僕はノアル。ノアとでも呼んでください」
「これは失敬、ピットと申します。以後お見知りおきを」
ノアはウェイトまで本名は名乗らなかった。ウェイトは名の知れた名家である。余計なことに首を突っ込まない、突っ込まれないよう本名は隠すに越したことは無い。
それにしても踏み荒らされているなと異様に完成度の高い海鮮丼を食しながら思う。
海鮮丼に、寿司、天ぷら、すき焼きね。名前すら一緒だもんな。
当然、今この青年と話している言語は日本語ではない。異世界の言葉だ。つまるところ、日本で言う拉麺や焼売、回鍋肉だ。仮に日本でも拉麵、その他が完全独自に開発されていても拉麺という名称になるだろうか? つまり、こっちでも寿司はスシという発音だし、すき焼きはスキヤキだ。
ここほど露骨ではないが、この世界に生きてて、この時代でこんなんある?と思わされることも多い。
ノアはその年でなくとも賢い。それは前世があるからというものであり、前世でも賢かったという話だ。異世界転生テンプレの知識無双が出来る下地はあった。ただ、一学生の持つ知識で出来ることは前任者に試されてしまっている。前世特有の知識だけで生計を立てれたのにとそれが踏み荒らされていると形容した理由だ。
公の存在ではないが、彼はいると確信していた。自分以外の転生者、あるいは転移者が。
なんなら同郷じゃねーかと。
自分以外にそういった人物がいたと知ったところであまり積極的に探そうとは思わない。自分には自分の幸せな生活があるし、それは相手にも言えることだ。特にノアのここへ来た経緯は悲嘆のそれ、幸せ含め片時とも忘れえないが、触れてほしいとは思えない。
「ちなみにこの街にはなんで独特の料理が多いの?」
「それは聖女様の影響だね。百年前の四種大戦の一番の功労者。死以外の全ての状態異常を治せる結界術者。彼女の故郷の料理を再現したらしい」
彼はそう言いながら、胸にかけた鏡のロザリオををちらつかせる。ああ、教会派の人間ね。なんかぴったしって感じだ。
あと聖女は日本人だな。
「黒髪黒目で年の割に童顔?」
「そうそう。童顔って次元でもないけど」
この世界で黒髪は別に珍しいというほどでもない。メヌもそうだし、しかしあえて黒髪ならそういうことのはずだ。
転移者かな?
なんだかんだと話している内に海鮮丼を食べ終えてしまった。うまがったし、実に有意義な時間を過ごせた。
「じゃあ、僕は行きます」
勘定を済ませて出ていこうとすると。待って待ってと止められる。
「ねえ、目的地はどこ?」
「王都ですけど」
「それは重畳、学園の試験受けに行くんでしょ?」
「驚いた。どうして分かるんですか?」
この歳で学園の門を叩くのはそれなりに珍しいことだ。予測は付きにくいはずだが。
「雰囲気でだいたい分かるさ。こっちもそれなりになんでね」
只者でなさそうとはこちらも感じていたが、凄いな。
「あのさ、ボクも試験受けに行くんだけど、足を失くしてね。乗せてってください! 頼んでみてください!」
「それが目的で声かけたんですか?」
ちらりと舌を出す。まあいいいけど。
「いいですよ」
「ありがたや」
ライバルに頼むのもどうかと思うが、己を見て確実に受かるだろうから頼みを受けてもらえるかもしれないと思ったのだろう。分からんな、実力が。己よりも上っぽいと感じてきた。
仲間になりたそうにこちらを見ている。
変なのが増えたな。メヌになんて言おう。
ノア
魔力量B
魔力操作B
肉体強度D
継戦能力C
知力B
結界D
精神C
幸せな、おめでたい少年だ。
この地に立っているのが、自分が選ばれたからだと思っている。
転生したことは、間違っても彼が選ばれたわけでは無い。
彼のためなら命なんて惜しくないと世界で一番愛してくれている少女が
叶えてくれた必然の運命ということに気づく素振りもない。
だから、本当に微笑んでしまうくらいに、幸せでおめでたい少年だ。




