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ノアの方舟  作者: 望月真昼
盗賊団編
16/41

The origin of Noir その3

「いやあ、楽しくなって、っあぁ。いってーな!」

白髪が頭を打たれたように一瞬よろけ、攻撃の手が緩む。罠の可能性は無いと断言できる。己相手にそんな小細工する必要がないからだ。

何が何だか、分からないがこれが千載一遇の好機。

「ミッドガルド流・壱の型……」

この選択は間違いだったと一秒先の己は思い知らされた。罠ではない純粋な好機だったからこそ飛び込んではならなかったのだ。

戦いが始まって、初めての白髪と己が対等なこの瞬間、白髪の生存本能が呼び起こされる。手加減なしの本気の攻撃が己を襲う。

死ぬと思った。白髪もやばい、やっちまったって顔してた。

死の瞬間、思い起こされたのは幸福な走馬灯ではなく、生き残るために必要なこれまでの白髪との戦いであった。

コンマ数秒先、己は白髪の背後にいた。

「幻惑剣・蜻蛉」

「おい、おいおい!」

「居合・紅孔雀」

「妖す剣・九重(ここのえ)

己は吹っ飛ばされ、壁に勢いよく衝突する。


「魅せてくれたな。蜻蛉は完璧だった。流石に紅孔雀は全然なってなかたけどな。でなければ九重に負けるはずがない」

いやー、満足、満足。

さっきの頭痛、精神攻撃をレジストした時に生じたものだな。誰かに目をガン見されたレベルの酩酊。一匹見たら百匹いると思えだったかな。

「私のこと忘れてない? 禁門開花(きんもんかいほう)第一位階魔法(セラフィム)、風戒・アネモイ」

「存在感なさすぎて忘れそうだったわ。居合・紅孔雀」

地に足で弧を描き、それを絶対領域の居合とする。ちょっとした儀式だ。しなくとも問題はない。

最初の蹴りで魔法陣(スクロール)は蹴破ったはずだがな、二枚目? いや違ったな。よくよく見ると、額から流れた血で地に魔法陣を書いてやがる。

あんな複雑なの、覚えてるのかよ。流石だな。

指向性をもった魔法、本来ならここら一帯を吹き飛ばすほどのものだが、俺独りをターゲットに出来るほどよくできている。あまり、魔法は詳しくなく、どれほど凄いことなのか、あまり理解は出来ていないが。

「凄くとも、防がれちゃあ意味ないよな」

余裕だな。そういえば、小僧はどこだ? ……そういえばだと。

ここが運命の分岐だった。戦いの中で一瞬でも、敵の存在をそういえばなどと忘れることなどなかった。彼の中でのそれは油断などでは決して片づけられない。有り得ないことが有り得た。その動揺は彼に二つの痴態を生んだ。

一つ、動揺によって被弾覚悟でその場から直ちに退くという判断を失くした。

二つ、彼の中でノアの存在を認識していないときより、動揺したほんの一瞬の方がノアへの警戒が薄くなったことだ。

「第七位階魔法・泥化(でいか)

足元がぬかるみになる。考えるまでもない、小僧の仕業だ。

なるほど、攻撃に攻撃を乗じるのでなく、足を封じ、体全体を使わせないようにして、腕だけで対処を迫ると。玄人、実に玄人。

「いい仕事するなあ!」


「やったの?」

傍らのメヌエットがそうつぶやく。おい、バカ、やめろ。

「残念、そういうことは言わない方がいいんだぜ」

立ち込める土煙の中、白髪が歩いてくる。絶望しかない。

「これだけやって無理なら仕方ないな」

ため息交じりに覚悟を決めた。

「仕方なくはない、ほら」

白髪はローブをひらとめくると、彼の右脇腹あたりがえぐれていた。

「あそこまでお膳立てされちゃあな。最後の一押しは途中のゼロだな。結構響いていてな、このざまだ」

「勝ったのか?」

「この状態でも今から、全員、皆殺しにすることは出来るんだが、そんな意地悪はしない。あ、でも言っとくが、若い時ならこれでもぴんぴんしてるからな」

「疑ってないよ」

本当にとんでもないやつだ。

「さて、話がある。聞いてもらえるな?」

「あなた亡き後の盗賊団を引き継げという話ですか? さもなければという……」

己の裾を掴むメヌエットの手が強張る。

同様にオズの体もだ。

「させるわけないでしょ。今なら」

「今ならなんだって?」

魔法を発動するため印を結ぼうとしたオズの手を青い雨が打ち抜く。めきめきと手が地面にめり込んでいく。それでもなお、印を結ぼうと抵抗するオズからは今度はぐぎりという手の骨が肉を貫き、外気に飛び出す鈍い音が響いた。

「あああ、ぐ、があああ!」

「最後の遺言のようなものだ。そう気を立てるな」

より大きな雨がオズを襲う。重大すぎる負荷に耐えられず、オズは気を失った。ジェットコースターやレーサーカーで気を失うのと同じ原理だ。

「さて、何から話したらいいか」

「僕の名前はノア、こっちのちみっこいのはメヌエット」

「そうだったな、名前も知らないんだった。ノアに、吸血鬼の子がメヌエットか。俺はフラテル」

先までの殺伐とした空気がまるで嘘のようだ。友愛の徒らしい歳の差を越えたまるで己たちが旧知の関係かのように思う。

「まず、俺がここへ来た理由から話そうか。少し前に王室から一振りの剣が紛失した。少しすれば、巡回と称した王様がこの地へやってくるだろう。その情報を聞きつけた俺たちは前入りしてそのお宝を手に入れようとした」

「話しぶりからしてこいつがその例の剣なのか?」

「そうだ。№3妖刀・ムラクモ。正当な継承者である王がお前が扱える能力を扱えないわけがない。位置の特定は済んでいる。しかし、自由操作に付随する帰還能力は反抗期みたく使えないらしいがな」

只ならぬ業物だと思ってはいたが、そこまで格式の高いものだとは、ということは己の誕生日プレゼントでは無かったということか。そうだよな、数が違かったもんな。

「返した方がいいよな?」

「知らぬ存ぜぬでは通らないだろうな。ただ剣がわざわざお前を選んできたこと。そこには必然の意味があるはずだ。王の方もそのように考えているだろう。返せと言われなければパクったままでいいはずだ」

「うえ、気が重くなってきた」

「俺の友の数少ない遺品だ。丁重に扱えよ」

「ういっす」

「軽いな。忠告しておく。明らかに時世の流れが変化しつつある。百年停滞していた力の奔流が決壊しようとしているんだ。第四位に吸い尽くされた言わんばかりにこの百年、碌な王が生まれてこなかったが、お前と同じくらいの年でミッドガルド流では初代を越えることになるだろうと言われる時期女帝も現れているし、聖女の庇護を受けていた睨眼の戦士、黒い噂の絶えない教皇。相変わらず強い学園長。それに何故か、妖刀に選ばれたお前。まず間違いなく、戦乱の世が訪れるだろう。いつの日か選ばれた故も知るだろう」

「理由……。こいつはひとりでに現れてひとりでに消えた。案外」

「そうかもしれないな。俺と引き合わせることこそその故の一端、役目だったのかもしれない。そうだな、そうだろうな。どこまで未来を見据えていたんだ。アルタ」

フラテルの息も荒くなってきた。目の光も虚ろにかげる。脇腹を抉られてここまで短くない時間元気していた方がおかしいのだ。

「俺をその剣で殺せ」

「は?」

「きちんと殺されて死にたいんだ。分からないこともないだろう?」

そういう価値観、中世武士のようだが、実際中世武士だしな。理解できる。

「いやだよ、人を殺すなんて」

「殺しを経験しておかないといざという時逆に殺されるぞ」

「だめだよ」

今まで口を閉ざしていたメヌエットが初めて口を開いた。

「死を受け入れた老骨一人、殺せなくて誰を殺せるんだ。時には身の丈に合わない、麻の布を纏い、栄養失調のがりがりの無抵抗な少女を殺さなくてはならない時もあるんだ」

フラテルの言い分には納得が出来る。俺の性分も敵を殺さず、全員何が何でも守るというものではない。魔物を殺すのとはわけが違う。その殺人を経験するには早すぎるのではないか、ファイドに抱かれる手が血にまみれていて良いのだろうか。

嗚呼、そうか。ファイドもジェイドもオズもきっとその手は血に染まっているはずだ。血に染まった手で己を守ってくれているはずだ。きっと他を蹴落とした分だけ幸せになれているはずなのだ。

ここまで罪悪感なく殺人を経験できる機会は二度と現れないということは、今を逃せば確実に大事なとこで躊躇するということだ。

「分かった。出来るだけ苦しまないようにする」

「ノア!」

そんな哀しい目で己を見つめないでくれ。もう、決めたことなんだ。それに、これこそが彼への最後の敬意だ。

「死ぬ前にこれを渡す」

首に掛けていた装飾品を己に渡す。

「なんだこれ? 角?」

「鬼王の第六の角、売れば一族千年の永禄。価値はその剣をも下す」

「ん、ありがたくもらっとく」

メヌエットは諦めたように俯きながらも最後の瞬間だけはその瞳の片隅に、立ち上がる己と地に伏すフラテル。目が合う、相変わらず吸いこまれるような惹きこまれるような黒い瞳。その瞳の矛盾する輝きは命の灯とともに消えた。



フラテル

魔力量E

魔力操作D

肉体強度A

継戦能力A

知力D

結界E

心力A

百余りという長い往生の際に思い浮かぶのは遠き昔に離別した特別な二人の親友。

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