bad boy
1話
死にたいと禁忌的な思いを抱いてしまうほどに状況は最悪だった。家族が己、独り残して全員諸共死んでしまった。母、父、そして大好きだった姉。姉については死体こそ見つかってはいないが、ひと月経っても連絡一つもないし、父、母のひしゃげた死体を見ると、きっと沿岸を越えて海にでも落っこちてしまったのだろう。期待はできない。期待しないようにしないといけない。そうでなければ、期待してしまっている内側の自分が爆ぜそうだ。
交通事故だった。相手も一方的に責められる事故でもなかった。十年単位で発症していなかった病気が車の運転中に発症してしまった。アクセル全開の車が両親の車に直撃、相手のそれは顔の判別に時間がかかってしまうほどに悲惨なものだったらしい。
例え相手に多くの非があるわけでもなく、その相手自身もその非に合わない咎を既に与えられたものだとしても、この世で己一人だけはその残された家族にまで糾弾する権利を有していると考える。
「そっちは一人で済んで良かったじゃないか。己にはもう誰もいない」と。
しかし、そう悪態ついたところで大事な人が戻ってくるわけではない。気力もない。せめて彼らに胸を張ってあの世で会えるように清廉な人間でいようとただ努めて、もう一度生きていてよかったとそう思える人、出来事に出会うまで死人のように彷徨うだけだ。
ここまでが過去回想だ。
今の己はというと……。
歪むガラスの向こうに目を向けると、現代日本の一軒家と比べるとみすぼらしいといえるような小屋が点々と存在、子供たちはゲームではなく、木の棒を振り回して遊んでいる。東京タワーもあべのハルカスも存在しない、代わりに夜になれば星空がくっきり見える。
人生に疲れて、田舎でスローライフをというわけではない。その証拠に…。
パチンと指を鳴らし「ファイアーボール」と詠唱すれば掌に拳大の火の塊が現れた。
なにより、その拳はクリームパンかと見間違うかというくらいにふにふにでちっちゃくて可愛らしい拳だった。
アニメのような剣と魔法の世界に転生!
ここまでテンションの上がらない異世界転生も他にあるだろうか?
少し話をもどして、過去、いや前世の話をもう少しだけ続けよう。
実を言うと、死んだ覚えがない。ついでに神とやらにもあった覚えもない。
自殺を考えないわけではなかったが、決行はしていない。もし、姉と己の立場が逆だったとしたら、妹が死んで楽しそうに生きていける自信はなかったが、末っ子が両親に姉に守られるべくして、守られたとそう考えると生きていかなければという暖かい前向きな気持ちになれた。
友達も多くいた。代わる代わる見舞いに来てくれた。進学で忙しいにも関わらず、いい友人を持てたなと誇らしく思う。
塞ぎごみがちで、せっかく受かっていた大学にもあまり行けてなかったが、少しずつ社会復帰していけていたように思う。
唐突にこの世界に来ていた。最初の記憶はおくるみに包まれて、生まれたばかりの姿の己を嬉しそうに見つめる両親(今現在の)だった。
予想だが、やはり己は死んだのだと思う。心当たりを述べるなら、己には両親の遺産が残された。その額は死亡保険含めて億はあったはずだ。まあ、その関係で寝ている間にでも殺されたのだろう。哀れな人の子、不憫に思うなら記憶を持って異世界転生なんかより、あの世で家族と会えた方がよっぽど幸せだったろう。これが神による慈悲なのだとしたらがっかりだ。悲しくというより、情けなく視線を落としてみてもちいちゃなあんよがあるだけ。
「また魔法の練習していたんでちゅか~。偉いでちゅね~。ノア君は」
アホ丸出しの赤ちゃん言葉で話しかけ、抱き上げる女性はファイド、己の現在の母親だ。長い金髪、だが金髪というには黄色の主張が多く、所々にオレンジの髪がメッシュのようにちりばめられた若く、美しい女性だ。
「だって暇でやることないんだもん」
この台詞は己から発されたものだ。成人越えて「もん」なんて滑稽にもほどがあるが、子供の内は年相応に振舞おうと思う。今現在の両親からも惜しみなく愛情を注いでもらっているので、子供は年相応に我儘に可愛らしくいるのが一番の恩返しというものだろう。「子供は三歳までに一生分の親孝行をする」というし、己自身、肉体の影響か精神年齢がすこぶる落ちている気もするのでたまに素だったりする。特にそう振舞うことに苦労はない。
「でも、火は危ないから使うなら水か土属性の魔法にしようね~。きっと、そっちの方がノア君の適正にもあっていると思うよ」
アホそうに見えて、何でもかんでも無条件に首を縦に振る女性ではないのが、ファイドの魅力だ。親として魔術師としても適切な小言。若いのに親というものを良くわかっている。己が彼女の年までにそのように振舞えただろうか。新しい親として尊敬できる人物だ。
ただ、それはそれとしてちょっと悪戯もしてやろう。己は「は~い」と素直に了承し、彼女の前で人差し指と親指で円を作り、今度は「ウォーターボール」と唱えてみる。すると目前に小さな水球が現れた。「すごいね~」とのぞき込むファイドをしり目に、その水球を小さな手の中に包み、風呂でよくやる水鉄砲の要領で彼女めがけて飛ばして見せた。
「あっはは、ひーふー」
とけらけらと己は笑った。これは素。
「ノ~ア~」
そういうとファイドは抱き上げていた手を放し、己を地面へと落下させる。地面と接地した瞬間、地面が弛み、体が浮く。トランポリンのような具合だ。これは土系統の魔術「泥化」というもので物質を泥のように柔らかくしたり、ぬかるみを作る魔法だ。第7位階魔法に属する魔法で、先ほどの「ファイアーボール」や「ウォーターボール」は最下層の第9位階魔法に属する。
「も~、ノア悪戯はほどほどにね。特に今日は客人が来る予定なんだから」
ファイドは服で濡れた顔を拭いながらそう述べた。
「客人?」
「そうだ。父さんたちが昔、冒険者をしていたのは知っているだろう? その時のパーティーメンバーの内の一人」
風呂上りらしく、蒸気をむんむんと纏いながら部屋へと入ってくるのは己の父親、ジェームズだ。己よりも若干、薄い水色の髪をオールバックにしている(風呂上がりだから)。水気を纏って部屋に入ってこないでほしい。部屋が湿る。あと、せめて前は隠してほしい。ファイドは手で顔を覆いながらちらちらとみている。やることやってるくせに初心な反応だ。
「自分で言うのもなんだが、父さんたちのようななんちゃってSランク冒険者と違って実力が確かな魔法使いだ。食卓の方に飾ってある竜も、そいつともう一人のおかげで討伐できた。やってたことはサポートだけ。俺ら二人じゃ、逆立ちしたって勝てっこなかった」
「はえー、そりゃすごい」
ジャームズもファイドも村じゃ誰の追随も許さぬほど圧倒的な強者であるのに、そこまで言われるとなると本当に次元が違うのだろう。
「ひと月ほど泊まるらしいから、その間に師事を仰ぐと良いよ。彼女は努力の人、なにより理論体系を重んじる人だから、教師というのは天職だと思う。実際、彼女は王都の学校に魔術の教師として招かれた道中の仮宿としてここを利用するらしいし、私に教わるよりも多くのことを学べるはず」
「ちょっと楽しみ」
「もうそろそろ来てもおかしくないんだけど……、ちょうど」
玄関の方から足音、誰かの気配を感じる。ジェームズは着替えに、ファイドは己を抱え、玄関へと向かう。
「やあ、ファイド息災?」
「オズ! ようこそ。好きなだけゆっくりしていって」
オズと呼ばれる女性は165cm弱でそこそこ高い。ファイドと違って胸は控えめですらりとモデル体型、朱色の瞳に緑の髪を後ろで結んでいる。
オズ、魔女さながらの名前だ。案山子にロボット、ライオンと交流がありそうだ。それか電脳世界のような名前だ。
「そのちみっこいのが? お前、名前は?」
ファイドがゆっくり己を地面へおろし、ちょんちょんと体を押す。自己紹介しろということだろう。
「ノア、ノアル・ウェイト。よろしくお願いしまーす」
オズはまじまじと己を見つめる。確かに顔はあまり両親に似ていないかもしれない。前世の顔、ほとんどそのままだし。ただ、己の髪は父親よりも濃い青色でインナーにオレンジが入った髪色で二人の要素を濃く受け継いでいる。
「ジェームズに似て知的そうな典型的なクソガキね」
ファイドは「相変わらず口が悪い」と苦笑い。流したがさっきの初対面でのお前呼びしかり、礼儀がなってない。クソガキはどっちだ。大人びて見えるが外見からおそらく十代、あ~、十代か~。そうなると両親と活躍したのは一桁の時ということになる。いくら何でもさすがにそりゃない。人族じゃないな。そうなると、100ぐらい超えてることになるのか。なら、尊大な態度にも納得……、できないね。
己は両手を合わせ、印を結ぶ。今度は反発性を持たせないぬかるみというイメージで。
「泥化」
「旋風・つむじ風」
泥上に変化した地面をオズは風魔法で身体を浮かすことで回避する。
「ちぇ」
「いいガキを持ったじゃない、ファイド。教育しがいがあって羨ましい」
第一位階魔法から第九位階魔法まで存在が確認されている