変わりゆく景色
〇(回想)豊崎・豊崎商店街(夕方)
通り道を行き来する人々と、店先に立つ店主たちのやり取りで賑わっている。
(回想終わり)
〇(元の)豊崎・住宅街(夕方)
人通りの少ない通り道の両側に、シャッターの下りた店が点在している。
〇佐藤家・拓真の部屋(夕方)
佐藤拓真(16)、勉強机の椅子に座って出窓の天板に頬杖を突き、外を眺めている。背の高い建物が逆光で黒く映る。
拓真の後ろ姿を部屋の隅に座りながら眺めているハチ(9)。
ハチの声「この家に来て随分と経つが、こいつは相変わらず窓の外を眺めてばかりいる」
拓真のため息が顔面前に白く浮かぶ。
ハチの声「ばかりいる、というより……」
息が消えると、拓真のやややつれた頬が露になる。
拓真「業務スーパーができてから、商店街の店もどんどん閉まってっちゃったんだよなぁ……あ、噂をすればだ」
幼い子供を後部座席に乗せた自転車が、佐藤家の前の道を通り過ぎる。前かごには「業務スーパー」と書かれた買い物袋が入っている。
ハチの声「こんな冬でも窓を開けて、ぶつくさ小言を垂らしながら、ほぼ毎日のように外を眺めている。本当に変わったやつだ、こいつは。本当に……ああ、寒いな……」
拓真「八百屋のおっちゃん、元気かなぁ……」
眼鏡をかけた制服の男子が、ショルダーバックを肩から掛けて単語カードを見ながら、佐藤家の前を通り過ぎる。向かい側から運動部仕様のジャージを着た自転車を二人乗りしている男子が近づいてくる。二組がすれ違う瞬間に、眼鏡をかけた男子が若干下を向く。
拓真「あいつ、高校生になってもいっつもあんな感じだな。重たそうに鞄引きずって。参考書どんだけ入ってんだろ……いわゆるエリートとかいうのになんのかな」
眼鏡をかけた男子が少し足早になる。
ハチの声「こいつとあの眼鏡の人間が一目瞭然なように、人間は成長するにつれてそれぞれ変わった個性を持つようだ。容姿だけなのか、感情もなのかは分からないが……」
拓真「嫌じゃないのかなー。いつも遠目でしか見えてないけど、あいつの表情見てると楽しそうには見えないんだよなー」
頬杖をつき、下がり眉毛で眼鏡をかけ
た男子を見続ける拓真。
ハチの声「こいつの言うように、俺もあの眼鏡の人間が楽しそうに見えたことがない。どこか、自身の気持ちを抑制して生きているように見えなくもない」
拓真、両手を頭の後ろに回し、椅子に勢いよくもたれかかる。
拓真「(上を向き)あー。俺もまた受験かー」
拓真を見るハチ。
ハチの声「同じ受験という物事を前にしても、こいつのようにいつみても気楽そうな人間もいる。全く不思議な生き物だ、人間は」
ハチ、身体を丸くして小さく身震いする。
ハチの声「変わったやつ……不思議……こん
な季節に外の空気に触れる場所へ自分から
行く俺が言えたことではないか……」
拓真が持たれた反動で天板へと身を傾
けたタイミングで、二人乗り運転の自
転車が佐藤家の前へと到達する。後部
側の男子がふと首を上げ、よぉ、と声
を上げながら拓真に手を振る。運転し
ている男子も続いて斜め上に首を上げ
て合図する。拓真、手を振り返す。
拓真「俺、あの二人と小中一緒なんだよね。高校もあいつらは一緒だって言ってたわ。サッカー部だったかな? 」
自転車を追う拓真の瞼が微妙に下がる。
拓真「部活か……ちょっとやってみたかったかもな。受験も……できんのかな、また」
ハチ、拓真をじっと見続ける。それに
気付いた拓真が眉毛を上げてハチを見
る。拓真、ハチを撫でる。
拓真「(小さく笑って)ごめんごめん、まぁ、見なかったことでお願いしますわ」
拓真、椅子に座ったまま机に移動し、
灯りをつけて机上にあるノートを開く。
ハチの声「受験……勉強……」
拓真、ペンを持って動かそうとした手
をすぐに止める。ペンを握る仕草を数
回繰り返す手が、かすかに震えている。
拓真「(小声で)……駄目かもなぁ」
拓真、ペンを机に置いて灯りを消し、
部屋を出ていく。それを天板から見続
けるハチ。
ハチの声「……窓の外を見ていた時、あいつは、俺の反応から何を考えたのだろう? 」
ハチ、天板から降りて勉強机上に椅子
をつたって飛び乗る。
ハチの声「人間に通じる言語を俺は話せない。昔あいつが俺に話してきた架空の世界における超能力なども、もちろん持っていない」
勉強机の棚に、参考書類が並ぶ。棚の
右端の方に、『英雄伝説~』と書かれ
た書物が数冊ある。
ハチの声「眼鏡の人間にとっての受験とはおそらく色々と意味が違うが、向き合う必要のあることが、俺にも……」
ハチ、そのまま机上で丸くなり顔をお腹にうずめる。
(続く)