途切れがちな日常
〇豊崎・豊崎商店街入口(夕方)
「豊崎商店街」と書かれたアーチ看板の下を、買い物袋をぶら下げた人々が通り抜けていく。その向かいには「青果業務スーパー」と書かれた看板のあるスーパーが建っており、多くの人々が出入りしている。
〇佐藤家・拓真の部屋(夕方)
佐藤拓真(14)、勉強机の椅子に座って出窓の天板に頬杖を突き、窓の外を眺めている。佐藤家の前の道を、「業務スーパー」と書かれた買い物袋を持った人が通り過ぎる。ハチ(7)、天板に座りそれを眺めている。
拓真「最近商店街の近くにデカい業務スーパーができたんだよ。昔はよく八百屋のおっちゃんのところに母さんと行ってたけど、うちの家もすっかり業務スーパーばっかりだわ」
「業務スーパー」と書かれた買い物袋
を自転車の前カゴに乗せた男性が、ゆ
っくり佐藤家の前を通り過ぎる。
ハチの声「こいつの言うことを全て理解しているわけではないが、その業務スーパーとやらは人間にとって好都合らしい。衣食住に関わるモノを安価で買い揃えられる場所だそうだ」
拓真「普通の商店街じゃこんなことないんだろうけど、この地域みたいな小さな商店街だから、たった一店の便利なスーパーからモロに影響受けちゃったんだろうね」
ハチの声「もっとも、そうやって様々なものをひとまとめにできるのであれば、八百屋というもののように、何も別々に商売する必要があるのだろうか……と思ってしまうのは野暮なのだろうな、きっと」
拓真「(眉毛を上げて)お?」
佐藤家の前の通りを、眼鏡をかけた制服の男子が通り過ぎる。肩から大きなショルダーバッグを背負っている。
拓真「眼鏡かけてるから一瞬誰だかわかんなかったよ。あいつ、小学校が一緒でさ。中学受験したんだよなぁ」
拓真、歩いていく男子の背中を目線で追い続ける。
拓真「小学校の時に一緒に遊んだことあったなぁ、そういや」
ハチ、拓真の顔を見る。少し下がり眉毛になっている拓真。
ハチの声「俺たち猫には特にないが、受験というもののように、人間の中には何らかの義務を課せられる者もいるようだ」
拓真、伸びをしながら欠伸をする。
拓真「受験かぁ~……」
拓真、椅子に座ったまま勉強机へ移動
し、机上に突っ伏す。それを見るハチ。
ハチの声「程度は違えどこいつも受験とやらを経験する時期が来るようだ。まぁ、そのために手を動かすことよりも、ああやって伏せている姿を見ることの方が多いが」
ハチ、出窓越しに家の前の通路を見る。
〇(回想)佐藤家・外観
男の子数人に手を振る佐藤拓真(10)。
(回想終わり)
〇(元の)佐藤家・拓真の部屋(夕方)
突っ伏したままの拓真(14)を見るハチ(7)。
ハチの声「……『遊ぶ』こいつを見なくなるにつれ、ああやって伏せている姿を見ることが多くなったような気がする」
ハチ、天板から降りる。
ハチの声「感情の落ち着きは相変わらずだが、猫の俺と馴れ合うのが至高だなんてことは当然ないだろう」
拓真、ゆっくりと身体を起こす。
ハチの声「となれば、余計なことには首を突っ込まないのが、人間も猫も共通だろう」
ハチ、丸くなって目を閉じる。
(続く)