ザルガネスの爪痕
教皇カインとアベルは、崩れ落ちるクラリオールの屋敷を、アベルの張った結界によって何事も無かった様に歩を進め無傷で眺めていた。
「……カイン」
「あぁ……」
アベルの言葉にカインは力なく答えると、ふらりとその場から消え去った。
残されたアベルは、主人を失い崩れ落ちてくる瓦礫を抜けると、通りで待機している兵や冒険者達に事の次第を伝えた。
「我らが偉大な祖国パイノーグの根幹を揺るがし腐敗した者共を今宵、討伐が相成った!これも諸君らのおかげだ、今宵は勝利を分かち合おう。」
フラりと消えたカインが戻らぬ事を知ったアベルは、彼の帰りを待つために聖宮ディナールに戻ると、そのまま自分の執務室にはいり、執務を始める為に机へと腰かけた。
だが、その手は震えていて、書類の文字もまともに読めない状態だった。
「…さすがにコズミック・レイブは、身体に負担が掛かり過ぎる」
戦いの後の、疲労感があるがまだ大丈夫だと、アベルは自分に言い聞かせた。
しかし、子供の頃に読んだ御伽噺に出てくる、神徒ザルガネスとオルバの悪魔たちが実話であり、これから起こるであろう神徒ザルガネスに対する問題を考えると頭が痛くなってくる。
ザルガネスに改造されただけのただの人間が放つ圧倒的な魔力を目の当たりにして、自分がいかに無力かを思い知らされたのだ。
そんな思いを振り払うように、アベルはペンを走らせると、今日の日付を書き記してサインをした。
そして、それを隣の部屋に居るメイドに手渡すと、そのまま椅子に深く座り込んだ。
「……私も、そろそろ潮時かもしれないな」
そう呟いたアベルは、執務室の窓から外を見つめる。そして、誰に聞いたかを忘れたが伝承を思い出す。
(神の徒、人の世に災いを齎す時に龍の神子現れん、神子は黒き人、勇ましき者、奏し者を助け、魔を司る王の目覚めを望む)
アベルは窓の外を見ながら思う。
もしそれが本当なら、自分の前に現れて欲しいと……。
そして願わくば、この世界を救って欲しいと……。
アベルは自分の胸に手を添えながら、静かに目を閉じた。
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エド side
エドとミトは、昨日の混乱が残っているクラリオール邸の前で来ると、目の前に広がる光景を見て言葉を失った。
それは、あまりにも凄惨だったからだ。
屋敷の前には、無数のゾンビ化した死体があり、その中には、ゴブリン族やドワーフの姿もあった。
「こいつらは……」
エドはその死体のひとつに近づくと、顔をしかめながらそれを見た。
すると、そこには生前の面影を残したままの生首があった。
「……これは?」
ミトは、生首を疑問に思ってエドに尋ねる。
「……多分、ゾンビ化する前の奴だな。だが腐敗しないなんて少しおかしいな!」
エドは、ミトの疑問に答えるが新たな疑問が浮かび上がってくる。
「……つまり、元人間の首だけど生きてるってことですか?」
ミトが聞くと、エドは首を縦に振った。
「恐らくな、だけど……」
そこまで言うと、エドは口を閉ざした。
その先は言わなくてもわかるとばかりに。
「……こんな事をするなんて」
「あぁ、間違いなくあの野郎の仕業だろうよ」
「死んで、正解な人間でしたねクラリオールは、まさかここまでやるとは思ってませんでしたけど」
「全くだ」
エド達は吐き捨てるように言った後、辺りを警戒しつつ中に入った。
屋敷の中に入ると、そこは地獄絵図が広がっていた。
廊下には血の跡があり、壁にも飛び散っていた。
その跡を辿ると、部屋の奥の宝物庫の前にいる、クラリオールの屋敷で働いていた者のゾンビが立っていた。
「……どうしますか?このまま進みますか?」
ミトが聞いてくると、エドは顎に手を当て考えた後に答えた。
「いや、まずはこの先にある宝物庫を確認しよう」
「えっ!でも中に敵がいたら……」
「その可能性は低いと思うぜ、なんせ、もう既にここにいた奴等は全員殺られているんだからな」
「確かにそうですね、じゃあ行きましょう!」
二人はそのまま宝物庫へと向かった。
扉を開けると、そこには大量の金銀財宝に、様々な武器防具にアクセサリーなどが置いてあった。2人はギルドから預かったいくつかのアイテム袋を取り出すと、リストを見て仕分けしながらしてアイテム袋にしまっていく。
「それにしても、このリストに書いてある人間だけでも40人分以上あるんだけれど、これ全部回収できるんですかね?」
ミトは、クラリオールの被害者の財産がかなりの多さに呆れたのか、仕事が進まないのに疲れたのか、どちらか分からないが愚痴が多くなっていた。
「そうだな、まぁ最悪ここに置いていくしかないかもな」
「うわ~勿体ないなぁ、これだけあれば被害者の多くが救われるのに。」
「仕方ないさ、それより煌玉のライラは見つかった?」
リストの上位にある竪琴を指差すと、ミトは慌てて探し始めた。
「あっありました!ってあれ?」
「どうかしたか?」
「いえ、なんかおかしいんですよ、リストに無いもの居まして」
ミトは、ライラの上でこちらを見てふんぞり返っている妖精を不思議そうな顔で見ていた。
「ゴミを見るような目で私を見るな!」妖精は、エド達に見つかると激しい動きで抗議する。
「ミト、相手にすると時間が掛かるから、あれは虫と同じで相手にするのは止めておこう」
「分かりました」
ミトは素直に返事をするが、未だに妖精を見続けていた。
(おい貴様、私の事が見えているのだろう?)
妖精は、エドにだけ聞こえるように念話で話しかけてきた。
(なんだお前、俺に用でもあるのか)
(私は、わざわざお前を待っていたのだ。だから私を連れてってくれれば、お前に力を貸そう)
(……何言ってるんだこいつ)
エドは、いきなり話しかけてきて訳のわからないことを言う妖精を怪しむと、そのまま無視をして作業を続けた。
しかし、妖精はそんなのお構いなしに話を続ける。
(ふぅん、まぁいいか、ところで話は変わるのだが、今ここで起きていることは、神徒の仕業なのか)
「神徒って誰の事だよ」
「……エド、急に独り言なんて、頭大丈夫ですか?」
「……なんでないよ」
ミトが心配した様子で声を掛けてくると、エドは適当にあしらうと、また作業を黙々と続けた。
だが、妖精は気にせず話し続ける。
(あの男は、私が知る限りでは最悪のクズ野郎だ。この世界の秩序を守るはずの奴等が、何故このような非道を行うのかさっぱり理解出来ぬ。あいつらは、この世界にとって害悪でしか無い存在だ。)
「あの男?この世界に?何を言っているんだこいつは」
「本当にどうしました?」
「いや、何でもない。」
ミトの質問に答えると、エドは作業を終わらせた。
「よし終わった、ミトそっちは?」
「こっちも終わりました」
「なら帰ろう」
エドはそう言うと、出口に向かって歩き出した。
「ちょっと待ちなさいよ!超絶プリティーな妖精の私を放ったらかしで帰るつもり!?」
妖精は、二人の前に出てくると両手を広げながら抗議した。
「あぁ悪いな、俺は忙しいから他を当たってくれ」
「ふざけんじゃ無いわよ!あんた達みたいな人間にはもったいないけど、ついて行ってあげるのに無視して。」
「はいはいそうか、じゃあさっさと来てくれ」
エド達は、宝を回収し終わるとクラリオール邸を出た。
そして、エド達は屋敷の前にいる兵士に挨拶をするとギルドに向かって歩き始めた。
「それで、どこに行くの?」
「ギルドだ。」
「それって、この街の冒険者ギルドに行くの?」
「あぁそうだ、この国のギルドは、他国のギルドと違い、他の街に支部がないからな」
「そうなんだ……」
「だから、依頼を受けるにはこの街にあるギルドに行かないといけないんだ」
「へぇ、じゃあ行ってみよっか。」
「あぁそうしてくれると嬉しいな」
エドはそう言った後、妖精の方を振り向いた。
(依頼完了の報告だけどね)
「見つかると、煩わしいから姿は見えない様にって、名前なんだっけ?」
今更ながら、名前を聞いていなかったのを思い出す。
「私の名前を知らないの!?」
呆れ顔になる妖精。
「ボクも、存じませんね。」
エドに同意し呆れ顔で苦笑いをするミト。
「まあいいか、私は覇龍の神子専属の妖精、名前はレヴィよ!覚えておきなさい!」
無い胸を張るレヴィをスルーするように、
「はいはいまた後でな」と、エドは躱すがレヴィは目を吊り上げて「絶対忘れるでしょ!」と、ツッコミを入れる。
「さぁな」
「もういいわ!」
はたから聞くと漫才に聞こえる会話をしながら宿にしている教会を目指すのであった。
こうして、エド達の長い一日が終わった。
次の日、エドはいつも通り朝早く起きて準備をしていた。
すると、外から話し声が聞こえてきた。
外を見ると、そこにはミトとレヴィが楽しそうに会話をしている姿が見えた。ミトはともかく、何故この妖精がここに居るのか疑問に思いつつ、二人に近づく。
ミトは、近づいてくるエドに気付くと笑顔で話しかけて来た。
その隣では、レヴィは腕を組みながら偉そうな顔をしていた。
ミトは少し興奮した様子で話しかける。
それはまるで、初めて出来た友達に話しかけるような感じだった。
ミトの話によると、昨日の晩からずっと二人で話をしているらしい。
エドは、ミトと妖精が仲良さげに話していることに疑問を抱きつつも、自分も仲間に入れて欲しいと思い、一緒に行くことにした。
しかし、エドは妖精の事が嫌いなので、妖精に念話で話しかけた。
(おい、俺の邪魔だけはするなよ)
(ふん、分かってるわよ!)
二人は、お互いにそっぽを向きながらも仲良く(?)歩いて行った。
ミトは、そんな二人の様子を見て苦笑いをしながら、後に続いて歩き出す。
冒険者ギルドに着くと、エドは受付嬢に依頼達成を報告すると、報酬を受け取った。
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カイン side
教皇カインは、大きくため息をつくと眉間に皺をよせた。
(神徒ザルガネスの力を見誤っていたようだ、羽化もしていない眷属の力でも、ゾディアックに迫るものがある、急いだ方が良いのか?)
そう思うと、机に置いてある水晶玉に手をかざす。
すると、水晶が光り輝き映像が映し出された。
「私だ、至急、例の物を用意しろ」
「はっ!承知致しました。」
通信を終えると、カインはもう一度大きな溜息をした。
「全く、この国は一体どうなるのだろうか」
この国、パイノーグの未来を案じると、頭を抱えた。
(やはり、奴に任せるべきなのか……)
カインは、勇者でありゾディアック候補である男の顔を思い浮かべる。「仕方ない、あの男に頼るしかないか」
カインは、重い腰を上げると部屋を出ていった。
「これで、後は待つだけだ」
そう呟くと、カインはニヤリと笑った。
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????? side
ここはダリウスから更に北にある北海沿岸に近い森の奥地だ。
「この森で迷ってしまったのですか?」
私の言葉に老人が眉をひそめた。
「…そうだ」
「では、私が出口まで案内しましょうか?」
私がそう言うと老人の表情が曇った。
「それは駄目だ。君に迷惑をかける訳にはいかない」
「大丈夫ですよ」
「いや、遠慮しておくよ」
「そう言わずに、困った時はお互い様です」
「いや、だが……」
「ほら行きますよ」
私は、渋る老人の手を取ると歩き出した。
「待ってくれ」
「どうしました?」
「わしの名は、ラガス・ゲインルートだ」
「私は、レイモンドと言います」
「よろしく頼むぞ」
「えぇ、こちらこそ」
こうして、私達は森の中を進んで行った。
「ところで、君は何処に向かっているんだ?」
「私の家に向かっています」
「そうか、君の家はどこにあるんだ」
「森の出口に近いですよ」
「そうか」
「あなたはこの辺に住んでいるんですか?」
「わしは、ダリウスの外れにある村に住んでおるよ」
「へぇ、結構遠くなんですね」
「そうだな、あとどれくらいで着くのだ?」
「もうすぐ着きますよ」
私は、目的地の近くに来たことを告げると、老人は安堵の表情を浮かべた。
「良かった、やっと出られるのか」
「はい、でもダリウスまで戻られるならここいらで休まれたほうが、よろしいのではないでしょうか」
私は、近くにあった切り株を指差した。
すると、老人は少し考える素振りを見せた後、口を開いた。
しかし、それは肯定の言葉ではなかった。
老人は、何か言いづらそうにしていたが、決心したように話し始めた。
「まずは、腰のぶら下げている斧と弓を捨ててくれないか?」
老人は、そう言った瞬間に剣を抜き放った。
私は、咄嵯の判断で大木の陰に隠れ老人と距離を取ろうとした。
すると、老人は私に向けて魔法を放った。
私は、何とかそれをかわすと、次の攻撃に備えた。
しかし、次の攻撃をしてくる気配はなかった。
その代わり、老人が話しかけてきた。
それは、まるで友人に話しかけるような口調だった。
そして、老人は語り始めた。
「まず、わしは争う気はさらさらない、ただ、邪魔をする者には容赦しないだけだ。だから、武器を捨ててもいいと思うんだがどうだい?」
「武器?」
私は、老人の言葉の意味が分からず聞き返した。
すると、老人はゆっくりと答える。
「あぁ、これはわしとの決闘の前触れというものだ。もし、武器を捨てなかったら、その決闘を受けることになるが構わないかい?」
「え、えっと、逃げます」
私がそう言うと、老人は呆気に取られたような顔をした。
しかし、すぐに元の顔に戻ると、大きな声で笑いだした。
ひとしきり笑うと、落ち着いた様子で話しかけてくる。
それは、先程までの態度とは打って変わっていた。
そして、こう続けた。
「まったく、戦意を削ぐ奴じゃの、止めじゃ、止めじゃ!」
私は、何が何だか分からない状況に困惑していた。
「わしはの、ぬしをダリウスに連れて行く為に来たんじゃが」
「そうなんですか!?」
「まぁの、少しイタズラ心が出たがの」
「イタズラで済まさないでください!」
私が怒鳴りつけると、老人は、驚いたような顔をした。
「え、えぇと、そうじゃのう、休んだことじゃし行くかの。」
「休んでないぞー」
森の中をツッコミがコダマする。




