人を捨てし者
あなたを守る兵はもう居ない、おとなしく降伏してください!」
凛とした声でミトは降伏ー
シデリウスは困惑していた。
この若造は、自分が誰だか分かっていないのだろうか? いや、そんなはずはない……と、シデリウスは首を振った。
彼は今年で56になるが、それでもこの若造よりずっと長く生きているし、なによりも――
シデリウスは、目の前に立つ者ミトに視線を向けた。
ミトの目は、まっすぐにこちらを見ている。まるで何かを見極めようとするかのように。
そう、見極めようとしているのだ。ミトが自分の正体に気づいていないわけがない。その上で自分に話しかけているということは……
(試されているのか?)
ならば、こちらも相応の対応をするべきだ。
シデリウスは覚悟を決めた。
彼はゆっくりと口を開く。
まずは挨拶から。
そして、相手の出方を伺うために質問をいくつかしてみよう。
そう考えながら、彼は言った。
「お久しぶりです、ゴミムシ君。」
すると、その言葉を聞いた瞬間――男の表情が消えた。
無言のまま、じっとシデリウスの顔を見る。
それは一瞬のことだったかもしれない。だが、シデリウスにはそれがとても長い時間に感じられた。
やがて、ミトはふっと息をつくと、苦笑を浮かべた。
だが、ミトの目が全然笑っていないことにシデリウスは気づいた。
それどころか、全身から怒りのようなものを発していた。
なんだかよく分からないが、マズイことをしてしまったようだ。
しかし、もう遅い。取り返しがつかない。
どうすればいいんだ!? 焦るシデリウスだったが、そのとき、シデリウスの目に逃げ遅れた妖精の姿が映った。
怯えて動けなくなっている妖精の少女を見て、シデリウスは決意した。
まとめて殺してしまえば良いか! シデリウスは大きく息を吸い込むと、甲高い咆哮を上げると、口から火炎が吐き出される、そして、妖精に向かって火炎と魔法が放たれた。
突然の攻撃に、逃げ遅れていた妖精たちは悲鳴を上げ、慌てて逃げ出した。
そして、炎に包まれる妖精たち。
これで、妖精たちが死んだことは間違いない。
シデリウスは満足げに笑うと、今度はミトたちの方を見た。
さあ、次はお前らの番だぞ。
そう思って、シデリウスは再びミトたちに視線を向ける。
だが、そこでシデリウスは違和感を覚えた。
いつの間にか、ミトの隣にいたはずの男達が消えていることに気付いたからだ。
(どこに行った?)
周囲をキョロキョロすると、妖精達の前に立つ二人の姿が見えた。
そして、次の瞬間、信じられないことが起こった。
なんと、あの二人が同時に動いたと思ったら、あっという間にシデリウスの後ろに回り込んでいたのだ。
あまりの出来事に呆然とするシデリウス。
だが、すぐに我に帰ると、振り向きざまに魔法を放つ。
すると、背後にいた二人は、ひらりと身をかわすと、そのままシデリウスの背後に回った。
さらに、再び攻撃してくる二人。
それを何とか防ぐシデリウス。
だが、次々と繰り出される攻撃の前に、シデリウスは徐々に追い詰められていった。
そして、ついにシデリウスの体に剣が突き刺さり、血が流れる。
シデリウスは苦痛の声を上げた。
それから、シデリウスは力尽きたように地面に倒れ込んだ。
だが直ぐに、シデリウスは意識を取り戻した。
まだ頭がぼんやりとしていたが、自分が生きていることだけは分かる。
(人間の姿ではキツイか、ザルガネス様お許しを)
シデリウスはザルガネスに謝ると、魔獣化を始める。
その姿は、先程までの人型とは似ても似つかぬものとなっていた。
全身を白い毛で覆われており、手足の先端からは鋭い爪が伸びていた。口元から牙が見え隠れしている。背中には大きな翼が生えていて、頭の上には2本の角があった。
これが彼の本来の姿であった。
その姿を見て、ミトは感心したような声を出す。
そして、その隣にいる男達も驚きの表情を浮かべていた。
だが、ミトはすぐに表情を引き締めた。
シデリウスはミトたちを睨むと、その鋭い目で彼らを見据えた。
ミトはそんなシデリウスに対して、静かな声で話しかけた。
「僕の名前はミトゥース・ニードル。あなたを殺すものだ。
だから、死ぬ前に教えてくれないか? なぜ、ボクたちを襲ったのか。」
そう言って、ミトはシデリウスを見つめた。
シデリウスはしばらく黙っていたが、やがて静かに語り始めた。……
「どうして、私が貴方を殺そうとしたのか。
それは、簡単なことです。私はただ知りたかったのです。
この世界に存在する全てのものが滅びるときが来るとしたら、それは一体どんな時なのか。……私は、それを知りたい。
そのために、まずはこの世界を滅ぼせる力を持つ存在について調べました。
その結果、私の中で答えが出たのですよ。
それは、神と呼ばれる存在であると。
そうです。
貴方の言う通りなのかもしれませんね。……確かに、私たちにとってみれば、人間は取るに足らない小さな生き物にすぎないでしょう。
しかし、それでも私たちは生きています。
生きるために必死になっています。
そして、これからも生きていこうと思っています。
たとえ、どのような結果になろうとも、最後まで見届けようと思います。……それが私の覚悟であり、誇りなのです」
そう言い終えると、シデリウスはゆっくりと目を閉じた。
まるで、その時を待つかのように。
しかし、何も起こらない。
不思議に思ったシデリウスが目を開けると、目の前にはナイフを構えたまま立っているミトの姿が映った。
シデリウスは困惑した。
まさか、今更見逃してくれとでもいうつもりか!? シデリウスは怒りを込めて叫んだ。
ふざけるな! お前たちは、ここで殺す! シデリウスは魔法を発動させるべく、魔力を集中させた。
だが、次の瞬間、全身に激しい痛みを感じた。
見ると、体中に剣が突き刺さっていた。
これは、一体どういうことだ? 訳が分からず混乱するシデリウス。
そのとき、ふとシデリウスは気付いた。
ミトの隣にいたはずの男が、いつの間にか姿を消していることに。
そして、自分の後ろから気配を感じることに。
シデリウスは慌てて振り返ろうとした。
だが、それよりも早く、男はシデリウスの首筋にナイフを突き立てた。
そして、首から血が流れ出す。
シデリウスは苦痛の声を上げる。
さらに、ミトはそのシデリウスに向かって、手に持っていたないふを振り下ろした。……
シデリウスは地面に倒れた。
すでに息はない。
「神徒に改造されたのですね、生き返らないように魂ごと序に焼いときましょうか、豪炎の呪、雷火」
そう言って、ミトはシデリウスに式符を放ち術をかけた。
すると、シデリウスの体は炎に包まれ、灰となって消え去った。
これで、任務完了だ。
ミトはホッとして胸を撫で下ろす。
だが、まだ終わってはいない。
すぐに気持ちを切り替えて、仲間の方へと視線を向けた。
すると、そこには信じられない光景が広がっていた。
なんと、ミトの仲間である男二人が倒れているではないか。
そして、倒れているのは彼らだけではなかった。
妖精たちもまた、同じように倒れていたのだ。
ミトは急いで駆け寄る。
そして、妖精たちを見て絶句した。
妖精たちの体に無数の穴が空いていたのだ。
よく見ると、その傷口から血が出ていなかった。
どうやら、既に事切れているようだ。
いったい何があったんだ?
「戻りなさい牙王、拳帝!」
ミトは、異変を感じ取り2体の式神を慌てて式符に戻すと、直ぐに新しい2枚の式札を取り出した。
そして、「急如律令!」と言って、式神を召喚する。
現れたのは、2匹の大きな虎だった。
白と黒の2匹は、主人の姿を見ると嬉しそうな鳴き声を上げた。
そんな2匹を見ながら、ミトは白い虎の背にクロエを乗せ、自分は黒い虎の背に乗るとクラリオールが居た部屋へと戻っていった。
一方その頃、偽物のクラリオールを倒したエドも異変を感じ取り、元の部屋へと戻ってきていた。
部屋の中に入ると、ミトと同じように唖然とした表情を浮かべる。
そして、彼はすぐさま状況を確認するため、辺りを見回した。
だが、彼の目に入ってきたものは、先程までいた場所とは全く異なるものだった。
床一面に大量の血が広がっている。
壁にも、血の跡があった。
それだけではない。
2人の男の死体が転がっているではないか。
その死体の顔を見た途端、エドは驚愕した。
何故なら、その男たちは彼が探し求めてきた人物だったからだ。……
「なあ、あんたは本当に本物のクラリオールなのか?」
その問いに対して、目の前の男は笑みを浮かべながら答えた。
「ああ、そうだよ。俺は正真正銘の本物さ」
男は、不敵な笑みを浮かべると体が揺らぎ始めた。
次の瞬間、男の姿が変わっていく。
その姿は、まさに異形の怪物であった。
鋭い爪と牙を持ち、背中にはコウモリのような翼が生えている。
そして、頭には羊を思わせる角が生えており、口元は裂けていて鋭い牙が見え隠れしていた。
そんな姿を見て、エドは驚きのあまり言葉を失う。
一方で、怪物となったクラリオールは愉快そうに笑う。
「驚いたかい? これが俺の正体だよ。
いや、正確には少し前までは人間だったって言った方がいいかな。
この姿になった経緯については、まあいいだろう、それに分身と相打ちになった、アベルというゴミも焼け死んだし、次は貴様たちがこのゴミと同じになる番だ」
そう言うと、クラリオールは勢い良く腕を振り上げた。
すると、エドは突然苦しみ始める。……なんだよこれ! 苦しい! まるで、心臓を鷲掴みにされているような感覚に襲われる。
息が出来ない! やがて、全身に激痛が走る。まるで、体の内側から焼かれているかのようだった。
このままだと死ぬかもしれない。
だが、ここで諦めるわけにはいかない。
必死になって耐え続ける。
そして、とうとう限界が訪れたのか、エドは意識を失いそうになる。
だが、それでもなお痛みは続いたままだ。そしてついに、エドは意識を失ってしまう。
「まず1匹、残りのゴミはどう死にたい!」
クラリオールは、勝ち誇ったように叫ぶ。
しかし、次の瞬間、何かに気付くと、後ろを振り返る。
そこには、ミトがいた。
ミトの手には、剣が握られている。
そして、その剣からは血が滴り落ちていた。
ミトは自分の仲間である男を殺そうとする相手に向かって問いかけた。
「神徒に従うのは何故なんですか?」
クラリオールは、ただ高笑いをを繰り返すばかりで何も言わない。
ミトは、再び質問をした。
今度は、より強い口調で。
すると、クラリオールがようやく話し始めた。
「神徒にとって、人種は只のエサであり玩具ですからね、嫌じゃないですか、だから私は、される側からする側に成りたいのですよ。」
だが、その内容はあまりにも衝撃的なもので、ミトは思わず耳を疑う。
そして、怒りに満ちた声で叫んだ。
「許せない。」
「神に会いたいとかの崇高な目的でにのですね。」
「残根ですね!」
ミトは聞き覚えのある声に後ろを振り返る、そこにはアベルが傷一つない姿で立っていた2人も。
「クラリオールさん、残念ですね。」
仮面を外して素顔を晒す、クラリオールは驚愕した。
何故なら、そこにいたのは、教皇カインであるのだから。
「教皇カインの御前です、私アベルがあなたを裁きます、大人しく黄泉路にお行きなさい!」
その言葉と同時に、2人は同時に攻撃を仕掛けた。
ミトとアベルの攻撃が当たる寸前、クラリオールの体が光に包まれて消えてしまった。
そして、ミトは辺りを見回すがクラリオールの姿はなかった。
ミトは、すぐにエドの方へ駆け寄る。
エドはまだ生きているようだ。
ミトはエドを抱えてその場を離れようとしたその時、突然ミトたちの足元が輝き出した。
「ミトくん危ない!!」
ミトはその声に反応して、急いでエドを抱えたまま飛び退く。
その直後、ミトたちの居たところに魔法陣が現れた。
そして、そこから巨大な手が飛び出してきた。
「厄介ですね!あの手は、バイード、此処に来い。」
アベルが叫ぶと地面に稲光が走り、黄金色の牡羊が現れて前脚の蹄で何度か地面を叩くと、大きな声で嘶く。
そして、アベルはオーロラの盾を構えると、
「バイード、コズミック・レイブをするぞ!」
バイードが嘶くと、アベルに稲妻が落ちる。
その雷は、まるで生き物のように形を変えて、アベルの体を纏わりつく。
その姿は全てが黄金色に輝き、美しい軌跡を残像を残し姿が見えなくなった。
その光景を見て、クラリオールは焦っていた。
まさか、あれほどの力を隠し持っているとは思わなかったからだ。
そして、クラリオールは決心すると、バイアードに向けて手をかざすと、衝撃波を放った。
だが、その攻撃も黄金の羊毛の前には無力で、全く効果がなかった。
クラリオールはさらに強力な技を放つべく、呪文を唱え始めた。
それを唱えかけたところで、黄金色の雷撃を纏った流星に似た何かに、何10回もクラリオールをはじき飛ばし、徐々にクラリオールの身体を削り取り、やがて跡形もなく消し去った。
その様子を見ていたミトは、アベルの力に驚きながらもエドを背負いながら出口へと向かう。
2人が部屋から出た直後、背後から爆発音が聞こえたが、振り返ることなくそのまま走った。………………
しばらく走ると、ようやく屋敷の外へと出たのであった。




