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やり直せるか

それから、彰は祖父に連れられて関西のあの、大きな洋館へと戻った。

自分が出入りし始める前の洋館は、特に変わった様子もなくそこにあり、そもそもが古いので維持管理をしていたら、あまり見た目は変わらないのだと彰は思った。

内装は、まだ祖父が生きていた頃のままで、懐かしい心地がする。

健一郎に抱かれてその洋館へと入ると、祖母の優子が駆け出して来て、言った。

「まあ、彰?初めてだわ、本当に。こんな形だけど、会えてとても嬉しいわ。」

まだ40代後半ぐらいの祖母の姿に、目立って美しいわけではないのに、彰は衝撃を受けた。

…感じが、紫貴に似ている。

彰は、腕を出されるままにその祖母の腕に移った。

祖父が、言った。

「少し抵抗したが、完璧に準備して行ったので抗えるはずもなかった。無事に彰を私達の養子にできるぞ。今、堤下がいろいろ手配しているところだ。」

優子は、頷いて気遣わし気に健一郎を見上げた。

「それで…杏美はいかがでしたか?」

健一郎は、フッと肩で息をつくと、優子を気遣ってその肩を抱いた。

「あれは、駄目だ。優子、もうあきらめるのだ。あの子はここを出た時から、もう私達の娘ではないと決めたではないか。彰を庇うこともできず、ただおろおろしているだけだった。私が押し掛けても、様子を見ているだけで、彰が腕を掴み上げられているのにそれでも言葉も掛けなかった。あれは保身ばかりで子供を守ろうという気持ちが全くない。彰が痣だらけになったのも頷ける。樹も、置いては来たが恐らく同じ道を辿るだろう。間下はもう聡に知れたので他の誰かを忍ばせる。監視させて、然る後にあれも引き取ろう。引き続き、聡が面倒なことを考えないように事業の圧迫は進めて行くつもりだ。私達にできるのは、孫達を守ることだけだ。」

優子は、それを聞いて悲しそうにしたが、彰がじっと見ているのに気付いて、頷いた。

「はい、健一郎さん。」

その様が、紫貴を思わせて彰は祖母が慕わしかった。

それに、祖父があの時、何を思いながら自分を見ていたのか、それで分かった。

そういえば、母は自分が小突かれたり突き飛ばされて椅子や机の角にぶつかっていても、ただおろおろしているだけで、庇おうとはしなかった。

口で止めてくれとは言っていたが、それだけだった。

だが、間下は自分を身を挺して庇っていた。

祖父は、母のそんな日々の行いをあの一瞬に感じて、許せなかったのだろう。

祖父は、彰の頭を撫でた。

「彰。これからここがお前の家だ。全てお前に遺すから、金に困ることはないし、好きな事をしたら良いのだぞ。そうだ、一部を生前贈与して、お前が好きに使える金を確保しておこう。」と、黙って様子を見守っていた、間下を見た。「間下、堤下が戻ったら、マンションを幾つか彰の名義に換える手続きをさせてくれないか。これまでが我慢するしかなかったのだから、これからは好きに生きられるようにしてやりたい。それから、お前はこれから彰の世話係としてこれが必要としなくなるまで、傍に仕えるのだ。いいな?」

間下は、頭を下げた。

「はい、旦那様。」

間下はそれでいいのか。

彰は、顔をしかめて言った。

「…お祖父様、それでは間下に選択肢がありません。」健一郎が驚くと、彰は間下に言った。「君はどうしたいのだ。私についていると、自分がしたい仕事ができないのではないのか。私は今五歳だし、自分で自分の責任が負えるようになるのはまだ13年…いや、今の年代では15年ある。君はまだ20代だろう?このままでは30代まるまる私に使う事になるぞ。」

優子も、あまりにもハッキリと話す彰に、目を丸くしている。

間下は、笑った。

「私は、最後にはこちらのお屋敷で彰様の執事として働くつもりでいますので。父が健一郎様にお仕えしていて、幼い頃から全て健一郎様に面倒を見てもらって生きて参りましたし。大学を出てからも、別の道をお許しいただきましたが私にはその他の生き方など考えられなかったのです。だから、ああしてお屋敷で彰様を見守っておりました。私の事は、お気になさらず。」

彰は、それが間下の選択だったのか、と悟った。

なので、頷いた。

「…そうか。それが君の選択ならば強くは言うまい。だが、気が変わったら言うといい。その時には手助けしよう。」

とても、五歳児の言葉ではない。

いくら頭が良くても、ここまでの事を考えて発言するには、それなりの経験が要るのだ。

それを気取った健一郎は、彰をじっと見つめた。

「…君は、私に話すことがあるな。」

彰は、恐らく自分と同じ思考のパターンを持っているだろう祖父を見て、頷いた。

「はい。間下には話してあります。私の口から直接に言わないととても信じられないでしょうから、報告しないように間下には言ってありました。お話しなければなりません。」

健一郎は、戸惑う優子から彰を抱き取ると、床へと降ろして、膝をついて目線を合わせた。

「君は、どこから来たのだ。」彰が驚いた顔をすると、健一郎は続けた。「私には分かる。君の目は、私と同じ。いろいろな事を見て知っている目だ。いくら中身が私と同じであろうとも、たった五年生きただけではそんな目はできまい。世の中には、科学では証明できていないが現に存在する何かがあるのだと私は常思っている。君は彰ではないのか。」

彰は、首を振った。

「私は、間違いなくあなたの孫の彰。ですが、時が違います。」健一郎が片眉を上げると、彰は続けた。「どこかで落ち着いて話しましょう。」

健一郎は黙って頷いて、そうして彰を連れて、居間へと向かったのだった。


それから、彰は正直に全てを話した。

祖父が自分と同じなら、嘘などついても見透かされて不信感を持たれるだけだからだ。

祖母は、きっと混乱するだろうからと、祖父に部屋を出されてここには自分と祖父の二人だけだ。

自分が、いったいどんな生を歩んで死んだのか、そして目が覚めて、またここへ戻って来ていた事を知った時どう思ったのか、彰はそこで、祖父と向かい合ってしっかりと事細かに話して聞かせた。

話しているうちに、祖父は最初怪訝な顔をしていたのだが、段々に真剣な顔になって来て、最後にはじっと彰の話に聴き入った。

祖父の考え方は、手に取るように分かるので、どうしたら自分が嘘を言っていないと納得させられるのか、もしも自分だったらと考えて話したので、それが功を奏したのか、話し終える時には、祖父は驚愕の表情で彰を見ていた。

「…君は一度生きたのか。」健一郎は、疑っていはいないのだが、信じられないという顔で言った。「私は、ここから約10年後に癌で死ぬのだな。」

彰は、頷く。

「はい。あなたを失って、私はもしお祖母様にも同じようなことがあってはと、医療の道へと進んだのです。その後、ドイツで出会ったあなたによく似た教授も、同じように癌で失いました。なので、それからの研究者としての生涯を、癌を撲滅させるための研究に捧げたのです。試行錯誤の結果、それは完成しました。完成直後はまだ調整しつつの使用でしたが、私が死ぬ頃には安定して万人に使うことができていた。私がここへ来たのは、確かに父から逃れたいというのもありましたが、早くその薬を作って、あなたとその教授を助けたいと思っているから。薬の組成は、私の頭に残っています。ただ、それを成すためにはまだ、多くの薬品を先に作り出して行かねばなりません。時間が足りないのです。あなたの財力は、私がそれをそっくり継いだので知っています。ここに、私専用のラボを作ってもらい、そこから始めたいと思っているのですが。」

普通なら、少し待てと更に説明を求めただろう。

だが、健一郎は理解が早く、自分がそうだと思ったら何度も聞き返したりしない。

そこは、彰と全く同じだった。

「いいだろう。」彰がホッとすると、健一郎は続けた。「だが、君も分かっているだろうが、世間には肩書が必要だ。いや待て。」彰が言い返そうとするのに、健一郎はそれを制した。「君は、そんなものは必要が無いと思うだろう。私も同じだから知っている。だが、その薬品をここで私とその教授だけに使うつもりなのか?君の親しい者達だけのために?君は、そんな考えでそれを開発していたわけではないだろう。人類を救うためではなかったのか。患者に負担を掛けない治療薬をと、君はさっき言っていたではないか。」

彰は、ぐ、と詰まった。

そうなのだ、作り上げたのは、そのためだった…。

健一郎は、続けた。

「そのためには、世間にそれを認識させねばならない。そしてそのためには、手順を踏んで進めて行かねばならないし、医師でもない君がそんなものを作って、人に試す機会など得られないぞ。まずは、既に知っていることでも良いから、大学へ行け。君はその、シキアオイという薬を生成するのに、まだ他の薬品が足りないと言ったな。それを、あちらで卒業研究だとかなんだとかで、作って来るのだ。できるだけの数をな。資金は与える。こちらで、言った通りの機器を準備して、君が帰って来るのに備えよう。君は君と薬の存在を世に出して、そうしてこちらへ戻ってシキアオイを作り出せ。そうすることで、君はそれからの行動がしやすくなる。そもそも、その研究所へ入らなくても良いのか?何の実績も無い、ただ頭が良いだけの男を雇うほど、あの世界は甘くはないはずだ。」

彰は、もっともな事に項垂れた。

そうだ…まだまだやることがある。

自分の中では正当なことでも、回りに証明できなければ認めてはもらえず、やりたいこともできない。

自分には海外での実績が多くあって、医師であり、多くの物を生み出してそれを世間も知っていたからこそ尊重されていた。

それがなければ、祖父を治療することもままならない。

何しろ、医師免許がなければ医療行為ができないのだ。

「ですが…今からでは。私はまだ五歳でしかない。こんな小さな体で、大学へ入ったら変な注目を浴びてしまうだろうし…。」

祖父は、首を振った。

「そこは、私に任せておくといい。とはいえ、ダリルとアイダなら問題ないと思っていたのに…アイダに、そんな癖があったとは。君には大変な苦労をさせたな。」

彰は、首を振った。

「そんなことまで、日本に居て分かるはずもありませんから。私は、自分の頭で乗り切る術をもう持っていました。ですが、今回はできたら間下を連れて行きたい。数年で戻ります。必ず、あなたの命を救ってみせる。」

健一郎は、頷いた。

「君があちらでも稀有な存在であることは、私にも分かる。なので、手を回しておく。ギフテッドばかりを集めた学校があるので、そこへ行けばいい。そこから、大学へと進んだ方が自然だ。頭が良いだけでまだ回りは皆子供だぞ?それでもいいな。」

彰は、頷く。

「構いません。前の人生でも私はずっと回りから遠巻きにされていたのです。今さらそんなことぐらい、何でもない。」

「決まったな。」健一郎は、フッと息をついた。「ま、君が旅立ってから、一年に一度は健診を受けておくようにするよ。最近は忙しくて滅多に病院になど行かなかったからな。手遅れにならない間に、きちんと対処をしておく。何かあったら連絡するので、安心しておくといい。」

だが、彰は首を振った。

「せめて半年に一度にしてください。」健一郎が眉を上げると、彰は続けた。「私は誰よりも癌を知っている。できたら三カ月に一度と言いたいところですが、あの仕事量では無理でしょう。ですから、半年に一度。約束してください。その都度、データは私に送ってくれるように。」

健一郎は、苦笑した。

「では、それで。」と、まじまじともう一度彰を見てから、言った。「…君は、本当に戻って来たのだな。最初は信じられなかったが、話を聞いていてあり得ないほどこちらの事を知っているので間違いないと思った。未来の事もな。確かに私は、あの男にびた一文くれてやるつもりはないから、杏美にここを出て行く前に遺産放棄の書類にサインをしろと言った。それでも、あれは出て行ったのだ。だが、あの男ならそんな存在を忘れて、私の葬式にも来るだろう。遺産目当てでな。最後には潰してやるつもりだったから、あれには確かに何も残らなかったはずだ。それにしても…路上で死んだとは、あれも愚かな選択をしたものだ。」

健一郎は、寂し気な顔をした。

杏美の事は、娘なのだから出て行った後も頭を下げたら助けてやろうとは思ったのだろう。

だが、こんなことになってしまった。

彰が黙っていると、健一郎は言った。

「…そうだ。君に、言っておかねばならない。」彰が何だろうと祖父を見上げると、祖父はあの頃の自分そっくりの顔で、じっと彰を見つめて、言った。「…君は、君の40歳の頃に出逢った妻を探しているそうだな。間下が、尾上紫貴という女性を探して欲しいと言っている、と言って来た。君が話していた、紫貴というはその女性だろう?」

彰は、頷いた。

「はい。こればかりはお祖父様が何をおっしゃっても譲るつもりはありません。私が、生涯でただ一人愛した女性なのです。」

祖父は、苦笑した。

「反対などしない。私だって、優子とは居酒屋で出会ってね。滅多に行かない場所だったのに、隣りで友人を介抱していた優子に一目惚れしたのが始まりだ。今だから言うが、優子はその時既婚者でな。すぐには言い寄ることができず、裏から手を回して別れてもらった。優子はそれを知らないから、言うんじゃないぞ。」

彰は、目を丸くした。

確かに、自分ももし紫貴が既婚者だったとしても、同じようにあれこれ画策して別れさせたかもしれない。

いや、絶対やっただろう。

そんな事まで祖父と同じかと遺伝子の恐ろしさを感じた彰だったが、祖父は続けた。

「そんな事では無くて、その紫貴という子のことだ。その子と出会ったのは、君が40、その子が45の時だったのだろう?今は、その子は10歳。まだ、君が出会った頃の紫貴ではない。」

彰は、頷く。

「分かっています。すぐには、結婚の話などしません。まだ子供ですしね。」

それでも、健一郎は首を振った。

「そうではない。聞いていると、紫貴という子はそこまで、数々の不幸に見舞われていたな?」

彰は、また頷いた。

「はい。ですから今回は、始めから私が幸福にしてやりたいと思っているのです。」

祖父は、ずいと彰に近付いた。

「では、それは君が愛した紫貴ではないな。」

彰は、え、と詰まった。

紫貴が、紫貴ではない?

「…どうしてでしょうか。」

健一郎は、言った。

「分からないか。君が前に生きた経験から今の君であるように、紫貴もまた、生きた経験から紫貴であったはずだ。根本的には変わらないのだろうが、恐らく反応は変わるはず。つらい思いも全てがあるから、君が愛した紫貴という人はできていた。それが無くて、同じ紫貴という子になれると思うか。」

そう言われて、彰は頬を殴られたような気がした。

そうなのだ、紫貴のあの、他人をとても思いやり、場の空気を乱さないように立ち回る動きは、元夫との不幸な結婚で生き残っていくために身に付けた、紫貴の経験からのものだった。

今回、それを経験せず、ただ幸せに過ぎ去って行く中で生きていたら、あの紫貴はどうなるのだろう。

きっと、彰が愛したあの紫貴は生まれず、別の紫貴になってしまうだろう。

「…そんな…。」

彰は、茫然と祖父を見上げた。

紫貴は紫貴だと思っていたし、自分が成人するまで身辺きっちりと見守っておいて、そうして成人と共に結婚を申し込みに行くという、彰の考えはそれで崩れてしまう。

紫貴が自分と同じように、共に過ごした記憶を持ったまま、こちらへ戻ってくれていたら別だが、そうそうそんな事は起こらないだろう。

いや、起こっているのかもしれないが、彰はどうなったらこうなるのか、全く知らなかった。

「…紫貴も、私と同じように戻ってくれているのなら。そのままの、紫貴に出逢えるのですね。そうでなければ、私が介入することで、紫貴には会えない。また、35年を紫貴が不幸になるのを黙って見つめて、待つしかないということですか。」

健一郎は、同情気味な顔で、頷いた。

「そういう事になるな。だが、君のような人はこれまであまり聞いたことが無いから。書物では読むが、果たして本当のことであるか疑問なものだ。私が信じているのは、目の前に居る君だけだ。どうする?君はそれでもその、かつての妻に会いたいか。」

それでも会いたいか。

会いたいに決まっている。

もしかしたら、紫貴も覚えていて、私を認識してくれるかもしれないではないか。

「…一度、会うだけ。」彰は、言った。「会ってみます。もし紫貴が同じ想いで居るのなら、放置しておく事は出来ないので。私は…とにかく、紫貴に会いたい。今は、それだけです。」

健一郎は、頷いた。

「では…明日。」彰が見上げると、健一郎は言った。「ここから車で1時間ほどの所に住んでいる。妹が一人居て、普通の家庭の普通の女児だ。小学校4年生で静かなタイプの子のようだな。毎週水曜日の午後に街の図書館に母親に連れられてやって来ることが分かっているのだ。妹が体が弱いらしくて、病院に来ている間、紫貴はそこで待っているらしい。明日、間下に連れて行かせよう。とりあえず、それでいいな?」

彰は、パアッと顔を明るくした。

紫貴に…紫貴に会える!

仮に覚えていなくても、子供の頃の紫貴であっても、顔を見るだけでいいのだ。

彰は、次の日を一日千秋の思いで待ち望んでいたのだった。

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