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そして

彰は、紫貴と子供達を連れて、あの古巣の研究所へと入所した。

クリスとステファン、真司は所長としての権限で雇い入れ、前に気が遠くなるほど過ごした、あの研究所の所長室へと入った。

最初、紫貴と子供達は前に彰が関東での本宅として住民票を置いていた、あの屋敷へと住まわせようかと思っていたが、よく考えたらあの屋敷は、金に困った彰の知り合いの一人から、買ってくれないかと頼まれて29歳の時に買い取ったもので、今の時点ではまだ、所有していなかったのだ。

なので、今回は家財などのほとんどを関西に置いたまま、家族用に建てられた別棟へと引っ越して来る事になったのだ。

ちなみに、この別棟は前に生きた時にはなかった。

研究所の敷地から少しだけ離れた空いた土地に、一見するとそれは普通の管理事務所のようにも見えなくない建物で、リビングとダイニング、そして二階に主寝室と八つの部屋が、三階に10の部屋がある、鉄筋コンクリートの建物だった。

どうやら、所員寮の名目でわざわざ建てたようだった。

そこからは研究所の建物は見えず、一見して山の中にポツンと建っているようにも見える。

まだ真新しい匂いがするそこへと引っ越して来た子達は、がらんとした部屋の中をあちこち駆け回って見ながら、言った。

「お父さん、ベッドが無いよ?どこで寝るの?」

彰は、答えた。

「問題ないぞ。今日この家に合わせた家具が搬入されて来るはずだ。屋敷の物を持って来る事はできなかったので、新しく買うよりなかったのだ。」

紫貴が、頷く。

「一般的なおうちの部屋の大きさですし、キングサイズの天蓋付きのベッドでは入りませんでしたわ。でも、なんだか懐かしい気がして私はこの大きさの部屋も落ち着いていいと思っています。子達が近い気がしますし。」

とはいえ、一般的な家より遥かに大きいのだが、大きな城のような洋館に住んでいたのだからここでも一般的には見えるだろう。

彰は、言った。

「あの屋敷からこことなると、君が息苦しく感じるのではないかと案じていたのだが、ならば良かった。とはいえ、関西から関東だからメイド達を連れて来ることができなかったので、子育てを私達だけでこなさねばならなくなった。私が仕事に出ている時は、しばらくは君だけだ。大丈夫か?」

紫貴は、フフと笑った。

「大丈夫ですわ。もう小さな赤ちゃんではないのですから。所員の方々も、きっとこの子達の頭の良さを知ったらいろいろ教えてくれると思うのです。」

彰は、ため息をついた。

「しばらくは、私も仕事に専念せねばならない。皆に私の力を知らしめて従うように持って行かねばならないからな。クリスとステファンが、通ってくれると言っているので、最初はあれらに教育を任せよう。」と、新を見た。「新も居るしな。」

新は、まだ小さい体で頷いた。

「お任せください。基本的な事は皆、とっくに出来ているので大検の試験の内容ぐらいは教えておきましょう。いつでも受けることができるように備えておかねばなりません。」

彰は、頷いた。

「頼んだぞ。」

そこへ、ピンポーンとチャイムの音がした。

「あれ?お母さん、何の音?」

葵が言う。

思えば屋敷にはチャイムなど無いので、誰も玄関のチャイムを知らないのだ。

紫貴は、答えた。

「あれはね、お客様が来たら押すチャイムというものなのよ。」と、紫貴は側のインターフォンを押した。「はい。」

『お荷物をお持ちしましたー。』

「はーい。」紫貴は、階段へと足を向けた。「行かないと。」

彰が、慌てて言った。

「私が行く。」と、階段を駆け下りた。「これは早急に執事とメイドを雇わねばならないな。間下に探させているが、身元の洗い出しに時がかかっているようで。この際一人ずつでもいいから早めに入れさせなければ。」

普通の家なら来客ぐらいは自分で受けるものなのに。

紫貴は思いながら苦笑した。

「良いですよ?慣れておりますから私は。」

彰は、下から言った。

「駄目だ。もし変な輩が来たらどうするのだ。こんな山の中だし、助けを呼んでも聴こえないのに。」

確かにそうだけど。

逆にこんな山の中にわざわざ強盗に来る人が居るのだろうか。

階段の上から歩いてゆっくり子達を降りて行きながら彰がドアを開くのを見ていると、そこには真司が立っていた。

「ああ、ジョン。業者案内して来たぞ。山の中だから。」

彰は、頷いた。

「ご苦労だった。」と、後ろに控える業者の人達に言った。「ベッドは二階だ。他の物は、妻の指示に従ってくれ。」

玄関扉が全開にされ、そこからわらわらと物が入って来る。

その後ろから、若い博正が入って来た。

「ジョン、紫貴さん。来ちゃったぞー。」

紫貴が、あら、と博正を見て微笑んだ。

「博正さん!大きくなりましたわね。前に会った時はまだとても小さな時でしたのに。」

博正は、腰に手を当てて笑った。

「だろ?もう16になった。当初は高校生になったらって言ってたくせに、オレはまだ人狼じゃないんだよ。いくらなんでも頼むわって思って、今回無理やり真司について来たんだ。」

彰は、ため息をついた。

「…分かった、もう前に君が人狼になった歳に近いし、処置はする。だがここではなく、研究所でな。もう少し待たないか。私があちらで所長としての地位を硬くしてからになるのだ。まだ入所したばかりなのだぞ?一度も出勤もしていないのだ。」

博正は、ぷーッ頬を膨らませた。

「分かった。なるべく早く頼む。でも、お前の事だからさっさとみんなを制圧しちまうんだろうよ。何しろ頭の良い奴らってのは、更にとんでもなく頭が良い人を見つけるとすっかり心酔して崇拝しちまうからなあ。」

彰は、答えた。

「…私だって、崇拝したいほど頭の切れるヤツが見つかったらといつも思っているよ。自分の疑問に答えをくれる存在は貴重だ。私はこれからしばらく、皆の疑問に答えまくって信頼を得て行く。恐らくほんのひと月からふた月で私の能力を知るだろう。頭の良い者達の見極めは早いからな。そうなれば、思うようにやれる。それまでの辛抱だ。」

前も、そうだった。

彰は、思い出していた。

たったの28歳で、この精鋭が集まる研究所の所長として迎えられる噂に聞くジョンという男は、いったいどんな奴なのかと、皆の好奇の視線に晒されながら、ここで認められるために何をしたら良いのか、彰は知っていた。

ここでは、人付き合いなど関係ない。

その、知能だけが自分の武器であり、皆に認めさせる手段なのだ。

知能が優れているとさえ知ってもらえれば、皆は歳のことなど関係なく自分の言う事を聞くだろう。

彰には、自分と同じ者達の事を、分かっていたのだ。

そこへ、クリスがやって来た。

「ジョン?」と、業者の人達があちこち行き来する大騒ぎの家の中に目を丸くしながら、続けた。「何かお手伝いをと来ましたが、これは大変だな。」

彰は、クリスを見た。

「こちらは良いから君もあちらでやることがあるのではないのか?一度退所して、また戻ったことになるのだろう、君は。私のために辞めたのだからな。」

クリスは、苦笑して首を振った。

「問題ありませんよ。私の実績は知ってくれていました。あなたと共に行動している間にも、論文だけは発表していましたからね。あなたもそれを見越して論文を出していたのでしょう?」

彰は、頷いた。

「その通りだが、まだ油断はならない。ステファンは?」

クリスは答えた。

「ステファンは自分の名前で論文を出してはいなかったので、それこそ大変でしょうね。なので今、細胞を専攻しているもの達の中に入って話していますよ。元々ステファンは、あなたの師なのですからね。直に馴染むでしょう。」

彰は、頷いた。

「ならばいい。やりづらくなるのはと案じていたので。」と、博正を見た。「ところで博正が早くしろとうるさくてな。ちょうど良いのでこれを検体に人狼にするところを見せようと思っているのだ。来月辺りにどうだろうか?」

ステファンは、頷いた。

「はい。博正は絶対に成功しますからね。では、準備を進めておきましょう。」

博正は、顔をしかめた。

「えー?来月?マジかよ。今すぐにでもと思って来たのに。こっちは10年以上待ってんの。早くしてくれ。」

彰が言う。

「あのな。君は高校生なのだろう?来月ならゴールデンウィークだからバイトだとか言ってこちらへ来れるだろうと、これでも考えているのだぞ。いくら成功すると分かっていても、様子は見たいからな。」

博正は、はあとため息をついた。

「はいはい、分かったよ。もう鈍感なヒトの体は懲り懲りだ。してくれるなら、待つよ。」

クリスは、言った。

「ジョン、でしたら私の薬も。全段階の薬が出来上がって、それの治験をしたいのです。そうしないと先に進めないので。もう分かっているので一度で良いです。何とかなりませんか。」

彰は、うーんと眉を寄せた。

「…ならば、とりあえず博正を治験する時に一緒にやるか…?」と、博正を見た。「集められるか。」

博正は、頷いた。

「バイトだと言って集める。年齢は?」

「18から上が良いが、ダメなら君の同級生でも。」と、真司を見る。「君は?」

真司は頷く。

「大学の友達なら。今は会社員が多いが、ゴールデンウィークなら呼べるんじゃないか。だが、上手いことやらないとな。賞金とか大きな額なら参加すると思うけど。」

彰は頷いた。

「では、考えよう。」見ると、紫貴が業者の人達に指示してあちこち家具を設置させている。彰は続けた。「紫貴も、治験には前世より理解があるので。隠す必要もない。さっさと進めて、前より早くあの頃の薬を作り上げてしまおう。シキアオイだけは早く作らねば…私はその後、やらねばならないことがあるから。」

クリスは、眉を上げた。

「本当ですか?それは何です?」

「あのパンデミックだ。」彰は言った。「私は2019年までに何としてもヒトの免疫を一時的にでも激しく上げる薬開発せねばならない。もうあんなにたくさんの犠牲は出さない…何としてもな。」

そのためには、治験が必要だ。

彰は、覚悟を持って大騒ぎの作業を見ていた。

また途方もないことのように思えてならなかった。

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