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変えた未来の中で

そうして、健一郎と優子に祝われて、二人は共に休んで愛し合った。

その後、屋敷へ帰って入籍を済ませ、紫貴の両親に報告した。

本来、許しを得るのが先だったが、何しろ彰が早く早くとせっつくので、そんなことになってしまったのだ。

結婚式は、間近に迫った妹の結婚式と一緒に執り行うことになり、大騒ぎで追加の準備をすることになった。

式のことなど彰にはからきしだったので、全部紫貴に丸投げだったが、資金は全て健一郎持ちだったので、妹も一気に予算が浮いてみんな助かっていた。

当日は、健一郎のせいで物凄い数の列席者だったが、そこに杏美と聡の姿はなかった。

法律上の父は健一郎だったので、二人には知らされていなかったのだ。

その日、樹も佐々木に連れられてやって来て、彰は赤子の時以来、初めて樹と対面した。

新郎控え室にやって来た樹は、佐々木に頷き掛けて外へと出し、彰と二人きりで向き合った。

「…兄さん。」

彰は、うっすら微笑んで樹を見た。

まだ13歳だったが、確かにそれは樹だった。

樹は、晩年は彰の屋敷で一緒に住んでいたのだが、結局独身のまま、彰に看取られて83歳で世を去っていた。

彰はその後3年ほどで紫貴と共に死んだので、前回はほとんど最後は一緒だったのだ。

懐かしく見ていると、樹は言った。

「…今回も、義姉さんと結婚したのですね。」

彰は、目を丸くした。

…樹も、覚えているのか。

彰は、頷いた。

「君もか。覚えているのだな?」

樹は、頷く。

「はい。あなたに看取られて死にました。その後、気が付くと屋敷で五歳になっていて、佐々木という男が側に居り、兄さんがもう屋敷に居ない事実を知りました。佐々木は全部知っています。お祖父様には知らせないように言ったので、まだ佐々木の他には誰も。間下がいなかったのは、兄さんを連れて出たからなのですね。」

彰は、頷いた。

「私が間下に頼んだからだ。私も五歳の時に突然思い出して、何が起こっているのか分からなかったが、あそこに居てはいけないことは分かっていた。祖父の癌も治したかったし、とにかくこちらへ来なければと慌てたのだ。君はまだ生まれた直後で。祖父に任せていたのだ。」

樹は、頷いた。

「そうだろうと思っていました。義姉さんを側に置いているのを聞いた時、兄さんも覚えているのではと思ったのですよ。早く会いたいと思っていましたが、私は私の基盤を築く必要があって。今は私立中学に在籍していますが、高校からは海外に行こうと思っています。兄さんと同じく、メディカルスクールに通うために、急いであちらの大学を出なければと思っていて。学力は問題ありません。何しろ覚えていますからね。」

彰は、頷いた。

「私も来月にはあちらのメディカルスクールに入ることが決まっている。紫貴を連れて行くつもりなのだが…やっとつわりが治ったところでね。シリルが居ないのでつわりを和らげることもできずにここまで大騒ぎだった。」

樹は、目を丸くした。

「え、妊娠中なんですか?渡米して大丈夫なんですか。」

彰は、神妙な顔をした。

「お祖父様が飛行機をチャーターしてくれたので問題ない。私も気になるのだが…紫貴は飛行機が嫌いなのでね。だが、置いて行く選択肢はないし、仕方がない。恐らく帝王切開になるのだが…私がやる。覚えているしな。新は私が取り上げたのだ。」

知っているが、あちらで入学したての学生に、執刀させてくれるのだろうか。

樹は思ったが、もう兄が決めているなら仕方がない。

なので、頷いた。

「お気をつけて。私も追いかけますが、恐らく兄さんと入れ違いになるでしょうね。」

彰は、頷いた。

「まあ、四年は居るだろう。大学のように簡単に卒業はさせてくれないだろうからな。少しは共に過ごせるだろう。その後、一度日本へ帰るが、すぐにドイツへ発つつもりだ。ステファンが気になるので、彼を何とかしてからまた戻る。」

樹は、苦笑した。

「忙しいですね。まあ、今回は分かっているのでいつでも兄さんに会えますし。私も戻ったらあなたの研究所の系列病院で働くかと思っています。研究所には、戻るのでしょう?」

彰は、ため息をついた。

「そのつもりだ。まだオファーはないが、恐らく言って来るだろうしな。そういう流れだから。とにかくシキアオイの組成は覚えているし、早く進めたいのだ。時代が追い付いて来ているので、後少し。計器類が、その筋の天才達によって前より早く開発が進んで来ているのだ。祖父が医療機器メーカーに参入したからだと思う。資金が潤沢なので、あれらは存分に進められているようだ。」

樹は、微笑んだ。

「やはり歴史は大筋では変わらなくても、細かい所で修正可能なのですね。」

彰は、頷いた。

「私達は歴史から見て駒の一つに過ぎないのだよ。同じ流れの中に居れば、少しぐらい変えても問題ないのだと今回思った。まあ、まだこれからだがね。」

そこへ、間下が入って来た。

「彰様、そろそろお時間です。」

彰は、頷いた。

「行こう。樹、また同じ時間を過ごせることを、嬉しく思うよ。」

樹は、頭を下げた。

「はい。私もです、兄さん。」

そうして、結婚式の会場へと向かったのだった。


彰と紫貴は、そうしてアメリカへと旅立って行った。

彰は宣言通り無理やり紫貴の手術の執刀をし、第一子である百乃を無事に取り上げた。

間違いなく彰の子だったが、そこまで彰に似ているわけでもなく、紫貴と彰の間を取ったような顔立ちの娘だった。

紫貴は、良かった、百乃が帰って来たと涙を流して喜んだが、そこから毎年一人、次は目元は紫貴そっくりで形は彰そっくりの宗太、彰によく似た顔立ちの穂波と生んで、最後はまるで彰そのものである、新が誕生したところで、彰はメディカルスクール四年目に突入していた。

もうその頃には、臨床医としての研修も進めていたので、ほとんど病院で勤務している状態だった。

まだ学生扱いだったが、現場の医師達にも頼りにされる彰は、案外臨床医も良いかもしれない、と言っているところだった。

実験でもなんでもなく、目の前で、人の命が助かるのは、彰にはとても良い経験になった。

自分は、人を救う能力を持っているのだと誇らしい気持ちだったのだ。

いつも、研究に没頭してその薬品で実際に人を救うのは、全て現場の医師に丸投げだった彰にしたら、実際に目の前で命が助かる経験は、とても有意義なものだったのだ。

そして、最後の葵を妊娠中の紫貴を連れて、彰は無事に日本へと帰国することになったのだった。


「また大量の曾孫だな。」もう、77歳になっていた、健一郎が出迎えて言った。「何人居るのだ、四人?一番上が四歳か?」

百乃が、ちょこんと頭を下げた。

「ひいおじいちゃま。はじめまして。」

もうすぐ五歳の百乃は、しっかり者で前回より頭が良かった。

あちらでも天才だと言われるほどに乳児健診の時から頭角を表していて、やはり彰の子として生まれたので前回とはそこが違った。

愛らしい穂波が、ちょこちょこと進み出て、健一郎に手を上げた。

「ひいおじいちゃま?抱っこ。」

健一郎は、悶絶しそうになりながら、穂波を抱き上げた。

「おおなんとの。人見知りのない子だ。」

しかし宗太は、緊張気味にしている。

そういう宗太も、賢いと評判で、ギフテッドクラスに一度誘われたことがあるほどだった。

結果は、とにかく人見知りが酷いので、やめることになった。

何しろまだ3歳なのだ。

まだ一歳の新が、彰に抱かれてジーッとその様子を見つめている。

そして、言った。

「…ひいおじいちゃま?おとうさんの、じいじ?」

健一郎はびっくりした顔をした。

結構ハッキリ話しているのだ。

前回は促されないと話さなかった新が、今回は多くの兄弟姉妹に囲まれて、話さずにはいられなかったのだ。

前回、大人ばかりに囲まれて育った幼児期とは、そこが違った。

彰は、言った。

「…お祖母様のご様子はいかがですか?間下から連絡があって、急いで戻ったのですが。」

健一郎は、ため息をついた。

「お前が紹介してくれた医者が見てくれている。若い医者だからどうかと思ったが、驚くほど優秀だと主治医が匙を投げたぐらいだ。あれも、お前が前回一緒に生きたという奴か?」

彰は、頷いた。

「はい。私より10歳年上だったので、今はもう32で私の居た研究所に勤務しているのですが、あちらのメディカルスクールへ入った直後に私に連絡を取って来たんですよ。頼んだら、喜んで行ってくれました。あの当時はクリスと呼んでいましたが、今は?」

健一郎は、答えた。

「忠司と言っていたな。確かにたまに応援を呼ぶことがあると、皆彼をクリスと呼んでいる。本当に、素晴らしい技術と知識だと主治医たちもいつも回りで見ているだけだ。お前の知り合いは、皆優秀なのだな。」

彰は、それでも険しい顔をしながら、言った。

「それでも、まだ薬品が少ない。」と、新を抱いたまま、足を進めた。「ほら、百乃、宗太、穂波。これに乗るのだ、まとめて運ぶ。」

本来スーツケースを運ぶためのカートに、彰は全員を誘導した。

三人は、よく訓練された動物のようにササッとそれに乗り込んで、彰はそれを見てから脇に新を座らせて、三人がまた慣れたように新を囲んで中心に置き、落ちないように座った。

「よし。行くぞ、紫貴。」と、片手でカート、片手で紫貴の手を握って、進み出した。「行きましょう、お祖父様。荷物は人を頼んで先に車に持って行かせてあります。お祖母様が心配だ。私が診察しなければ。」

そうして、大所帯になった彰と共に、健一郎は待たせていた車へと急いだのだった。


たった23歳で既にもう、4児の父である彰は、その持ち前の優れた能力で子供達を綺麗に操って、誰一人欠けずにさっさと車へと乗り込み、屋敷へと戻って来た。

どうやら、一人増える度にきちんと言って聞かせて動きを教え、こういう時にはこう、と訓練してあるらしかった。

しかも、子達も彰に似て皆、彰ほどではないものの、とても賢いのでしっかり理解していて、問題なく機能する。

そんなわけで、半端なく子沢山なのだが、特に混乱も問題もなく帰って来ることができたのだ。

実はあちらの空港で一度、穂波が連れ去られそうになった時があった。

その時、気付いた新が「百乃!」と叫んで、百乃が宗太と声を合わせて英語で、「助けて!知らないおじさんが来た!助けて!」と叫びまくり、その男の足に掴みかかった。

すぐに回りの乗客たちと、セキュリティーが駆け付け、搭乗手続きをしていた彰と、その彰を見て背を向けていた紫貴は四人を失わずに済んだ。

つくづく、外国は怖い、と紫貴は思った出来事だった。

とにかく穂波は彰に似てそれは愛らしいので、海外は危ないかもしれない。

紫貴は、子達が成人するまでは海外にはいかない方がいいかもしれない、と思っていた。


思ったより優子の状態は悪くなかったので、ひい孫達に囲まれてそれは嬉しそうにしていた。

一気にこんなにたくさんのひい孫を見る事になるとは思ってもいなかったらしい。

全部年子なので、あちらでもシッターを頼んで紫貴は大わらわだったのだが、そもそもが多くの子供を育てたので、何とかこなせた。

こちらでは、健一郎が準備しておいてくれた、新しいメイド達が手助けしてくれるので、やっとホッと一息付けた。

ちなみに、子達は日本語と英語の両方を話すので、その時の気分でどっちを使うか分からない。

百乃はもう弁えているので日本へ帰って来たから日本語と決めているようだったが、他の子達はまだ、あれこれ混ざり合って話していた。

なので、メイド達も必然的に英語が必須の募集要項となり、話せる子達が子供達の世話係となった。

彰と紫貴は、クリスと再会して博正と真司の話もし、現在要も生まれて8歳になっているようだ。

ただ、要は全く覚えていないようで、スーパーで偶然会ったふりをして状況を見に行ったが、あちらは普通の子供のように、姉とはしゃいでいただけだったらしかった。

その後、祖母の容態の話になったが、見た目とは違ってあまり芳しくない。

紫貴には聴こえないようにボソボソとクリスと彰がドイツ語で会話していたが、その深刻そうな空気は、どう考えても良い話ではなさそうだった。

紫貴は優子にはお世話になっていたので、できるだけ傍に居るようにしていたのだが、そんな時に産気づいてしまった。

すわ一大事と彰とクリスにラボへと連れて行かれて、手術の準備が進められ、紫貴は無事に、第5子となる葵を出産した。

葵は、紫貴によく似た優しい顔立ちで、彰が大喜びしていた。

もうこれ以上は産めないと、紫貴が言ったので卵管を縛る手術も合わせて行い、間違ってもこれ以上妊娠しないようにと対策を講じた。

何しろ毎回帝王切開となるので、後の傷の痛みが半端ないらしい。

紫貴は、もうお腹は切りたくないと言ったのだ。

もちろん彰も、これ以上紫貴を傷つけたくなかったので、それに同意して手術をした。

そして、そんな大騒ぎは伝わるのか、その執刀の真っただ中に、祖母の優子が危篤状態に陥ったのだった。


「…これが限界。」彰は、要塞のようになった寝室のベッド脇で言った。「お祖父様、痛みは感じていません。意識を戻しますがこれが最後になります。お話ください。私達はここを出ます。」

健一郎は、一気に老け込んだ顔をしながら、頷いた。

そうして、近付いて来て、優子の手を握る。

彰はそれを見て、点滴に小さな注射器で何かの薬品を入れ、そうして控えている他の者達に頷き掛けて、部屋を出た。


「…紫貴は?」

彰は、廊下を急いで走って来た、クリスに言った。

クリスは、答えた。

「はい、落ち着いています。あの後処置をして、寝室に移動させました。」と、わらわらと皆が廊下に出て来るのを見て、続けた。「…ダメでしたか。」

彰は、頷く。

「あの頃とは違い、まだ薬品が足りない。あの頃なら救えただろうが、今はまだムリなのだ。それが歯がゆいよ…あれだけの薬品を作り上げたのに。欲しい今に間に合わない。」

クリスは、頷いた。

「私も、覚えていなければ良かったと思うことがあります。まだ発症した直後ならあの頃なら、何とかできた症例でした。今の技術では…そもそも、計器がない。」

彰は、頷いた。

全ての組成が頭にあるのに、それを作り出すための機器がまだない。

「…恐らく4、5分だろう。祖父が気掛かりだ。もし私なら、耐えられないだろうしな。気をつけて見ておかねば。」

クリスが頷いていると、目の前の扉が開いた。

そこには、涙に濡れた健一郎が、立っていた。

「…逝った。私を愛していると言い置いて。死亡確認もした。」

祖父も、医師だ。

現役ではないし現場に立ったことはないが、それぐらいはできる。

彰は、頷いた。

「…では、手続きを。お祖母様には、お疲れ様でしたとお伝えします。」

彰は、部屋へと入って行った。

健一郎は、がくりと膝をついて、誰に見られても構わずに、声を上げて泣き崩れたのだった。

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