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記憶

真司は、帰って行った。

彰は、真司が戻ってくれたことに感謝した。

あの頃は、特に親しいわけでもなかったが、こうして同じ時を覚えている存在に会えたことは、彰の心を鼓舞するような気がしていた。

部屋へと帰ると、紫貴がじっと、彰の机の上に置いてある、写真立てを見つめていた。

そこには、紫貴がアメリカの彰へと送ったこちらで撮った写真の数々があり、隣りの写真立てには、祖父と彰が並んで写っている写真が入っていた。

彰が、言った。

「写真を見ていたのか?」

紫貴は、頷く。

「私が送った写真を持っていてくれたなんて、知りませんでした。もちろん、私も彰さんがあちらで撮って送ってくださった写真は大切に保管していますけど。」

恐らく、写真立てに入れて飾ってはいないだろうな。

彰は思って、苦笑した。

「君との思い出しか、こちらには無かったので。今来たのは、昔仲良くしてくれていた子で。ま、小さい時のことだが。」

紫貴は、頷いた。

「そうなんですか。あの、こちらは、お父様?」

彰は、首を振って、答えた。

「それは祖父だ。そっくりだろう?」と、紫貴の隣りに歩み寄った。「母が祖父に似ていたので。私は祖父にそっくりであったらしい。見た目も、中身もな。」

紫貴は、ジーッとその写真を見つめている。

あまりに長いので、彰が問うように紫貴に言った。

「紫貴?」

紫貴は、ハッとして、彰を見た。

「…ごめんなさい、あの、なんでだろう、懐かしいなあ、って。」と、祖父の顔を指で触れた。「とても見覚えがあるような気がします。なんだか、近くに居た人みたいに思って。」

彰は、心拍が一気にドキドキと鳴るのを感じた。

…紫貴は、覚えている。恐らく、覚えているのだ。

だが、まだ出て来ていないだけ。きっと、紫貴は思い出すはずだ。

「…近くに?それは、どういうことか?」

彰が慎重に言葉を選んで言うと、紫貴は首を傾げた。

「…あの、本当に分からないの。ええっと…安心するんです。このお顔を見ていると。そんな感じです。」

安心…。

彰は、紫貴が自分と一緒に居て、安らぎを感じていたのかと嬉しくなった。

あまりにも傍に居たがるので、鬱陶しがられているのではと案じたこともあったが、紫貴にとっては自分は安らぎの対象であったらしい。

それだけでもいい、と彰は思いながら、紫貴の手を握った。

「紫貴。では、君の部屋へと案内しよう。そこに、服も幾つか仕入れさせてあるんだ。祖父と祖母が夕食にと言っているし、今夜は泊まって行くといい。」

紫貴は、え、と思わず言った。

「えっと、両親に話して来ていないので。食事はご一緒させて頂きますけど、帰らないと叱られます。夏休みの宿題を終わらせたら、すぐにまた来ますので。その時は、きちんと泊まり込む準備をして来ます。」

いきなりは無理か。

彰は、無理強いはしないでおこうと頷いた。

「そうか、分かった。遊びに来たのではないものな。では、服だけでも見に行こうか。君が好みそうなものを買っておいたのだが。」

紫貴は、勝っておいたなんてと慌てて首を振った。

「そこまでして頂いてたなんて知らなくて。あの、いいんです、服は自分で買いますから。」

彰は、歩いて行きながら言った。

「いいから。今回は就職祝いだと思って受け取ってくれたらいい。他に誰が着るんだ。君しか着ないんだから、着てくれたらいいのだ。」

ええー?!

紫貴は、そんなことまでと、戸惑いながら、これからここで働く限りは自分のあてがわれる、部屋へと連れて行かれたのだった。


そんなこんなで、紫貴は彰の秘書兼世話係として雇われる事になった。

高校を無事に卒業して、ここへ引っ越して来る時には紫貴の両親も、荷物を運ぶためと称して偵察に来たのだが、あまりに大きな屋敷に、きちんとしたオフィス、それに多くのメイドや執事が働くのを見て、ホッとしたようだった。

紫貴にあてがわれている部屋も、洋館の部屋の例に漏れず、かなりの大きさなので、文句も言い様がない。

そんなわけで、紫貴の両親は娘をよろしくお願いします、と祖父の健一郎に言って、帰って行った。

結局、雇うのは彰なのだが、それを言って理解できるわけでもないだろうから、彰は敢えてそれを紫貴の両親には言わなかった。

実際のところ、紫貴と健一郎の雇っているメイドの扱いは、全く違った。

メイド達は、紫貴の面倒も見る。

というのも、紫貴の部屋の掃除もしに来るからだ。

部屋も、使用人達が使っている部屋が集まっている一階にあって、そんなに広いものではない。

わざわざ主人の部屋の隣りに部屋を与えられて、傍に居るなど普通はないのだ。

なので紫貴は、微妙な位置で、メイド達には紫貴様と呼ばれていて、それが居心地悪かった。

それ以外は、仲良く話もしてくれるので、優子にもとても気に入られて可愛がられていたので、紫貴は楽しく毎日を過ごしていた。


そんなこんなで数年、気が付くと彰は17歳になっていた。

紫貴は22歳、本当なら前の夫に出逢って、一人目の娘を産んでいる時期だ。

しかし、そんな様子は全くなく、紫貴は安定して住み込みで働いていて、実家にも仕送りをし、楽しそうにしていた。

ちなみに彰の身長は、次の年には160㎝を越え、14歳で紫貴を追い越して、17歳の今では178㎝まで伸びている。

まだゆっくりと伸びているようなので、彰は前回と同じように、182㎝まで伸びるのだろうな、と思っていた。

前年から、携帯メールが使えるようになって来て、彰も一台持つことにして、紫貴にも持たせていた。

スマホを使い慣れていた彰が、こんな初期の携帯電話を持つのは逆に難しかったが、仕方がない。

どこに居ても紫貴に連絡が入れられるようになったので、そこは良かったと思っていた。

AIの開発は進んでいて、世の中はインターネットの時代に向けて動いているように、未来を知っている彰は思った。

だが、彰が思っているAI連動センサーを持つ機器を開発するには、記憶では2010年まで待たねばならないだろう。

そうなって来ると、やはりシキアオイはもっと先になる。

ならば、やはり今の時点でも作れそうな人狼の薬を急がねばならなかった。


真司は、13歳になっていて、5歳の博正を連れて一度やって来た。

博正も、五歳のある日にいきなり思い出して、戸惑ったらしい。

そして、この不自由な体に長い時間人狼で生きたので、面倒だと思っているらしい。

ヒトがこんなに鈍感だったとは、と嘆いていたが、今すぐに人狼にはできないのだから仕方がない。

そもそも、子供の状態で人狼になどしたことが無いし、彰は子供を検体にはしない。

なので、どのみち成人しないとあの薬は使うつもりはなかった。

博正は、言った。

「美沙にゃ悪いが、今回は嫁にしないつもりだ。」それに彰が眉を上げると、博正は苦笑して続けた。「何しろ、幸せだったのは最初の数年だけだったからな。お前と紫貴さんは死ぬまでずっとお互い想ってるようだったが、オレ達は最初の数年で後は全くだった。途中、あいつに黙って眠らせて、研究所へ連れて来て人狼からヒトに戻して、記憶を消しちまっただろう?あれ以上、人狼で置いておいてもあいつは役に立たないからって。オレも、後悔してたんでぇ。同じ過ちは繰り返さねぇことにした。幼馴染だったが、今はあんまり美沙と遊ばないようにしてる。元々おとなしいヤツだったし、自分からオレに寄っては来ないさ。」

小さな博正が何やら愛らしい。

その愛らしい顔立ちで、こんな話し方なので彰は顔をしかめた。

とはいえ、自分もこんな感じだったのだと思うと、強くは言えなかった。

「…美沙のことは、もし思い出したらまずいな。今の時点では私には何もできないぞ。研究所に居たからいろいろできたが、あの薬もあんなに質の良いものは、今はまだ存在しない。そろそろクリスが研究所に入所している頃だが、あれも私に会いに来ないところを見ると、恐らく思い出してはいまい。」

真司が言う。

「それでもジョンの居場所は知らないからかも知れないだろう。17歳なら、恐らくアメリカだろうとあちらを探す。見つけられていないからかも知れない。」

彰は、ため息をついた。

「大学では、前回と同じようにジョン・スミスと名乗っていた。なぜなら、私はギフテッドとして有名になっていたので、面倒が起こるとまずいからだ。なので、調べたら在籍していた事実は残っているだろうし、帰国したのも知っただろう。そうしたら、こちらへ来るはずだ。来ないのだから、恐らく思い出してはいない。」

博正が、言った。

「あいつはオレらと違って大人だし、いきなり訪ねてお前が思い出してなかったらおかしいからじゃねぇのか?大学に会いに行くのとはわけが違うからな。自宅へ押し掛けるわけだし。」

彰は、うんざりした顔をしながら言った。

「それでも私が残した論文は多いから、それのことで話したいと言えば自然だがな。ま、どうして自宅を知っている、となるし、君達が言うことも分かる。希望は持とう。」と、遠く玄関に紫貴が出て来たのが見えた。「…時間だ。私は戻らねば。紫貴も全く思い出す様子はないし、皆そうなのかも知れない。私達が特殊なのかも。」

博正は、紫貴を見つめて言った。

「なんだかかわいらしい姿になっちまって。あそこまで若い紫貴さんは初めて見るからなあ。だが、思い出してないはずなのに、なんか感じは似てるよな。話し方も、なんか昔のままで。」

彰は、足を紫貴の方へと向けながら、答えた。

「お祖母様と仲がいいので。気が付いたらああなってた。元々二人は似ていてな。お祖母様を初めて見た時、紫貴に似ている、と思ったぐらいだ。今回は紫貴は、お祖母様に影響を受けてああなっているらしい。」

博正は、頷いた。

「結局決められた通りに完成するようになってるのかも知れないな。違う道に行くのって、怖かないか。オレは別れたいからいいが、お前はまた結婚したいんだろ?そういえば…ここへ到着した時門の所で誰かと話してたけど。ちょっと歳上の男と。」

彰は、知らなかったらしく博正を見た。

「なんだって?どんな奴だ。」

博正は、うーんと首を傾げた。

「どんな?ええっと、知らねぇ顔。身長は今のお前と同じくらいだが、歳は20代後半ぐらいかな?スラッとしてて、ま、普通の男だけど。」

真司が、助け船を出した。

「こんな所までどうしたの?って言ってたから、知り合いだけど職場に来たのは初めてって感じだろうな。普段着だった。塀の影に立ってたから、こっちからは見えなかっただろうな。」

彰は、険しい顔をした。

もしかしたら、また紫貴に寄って来ている誰かなのか。

「…あれが休暇に実家に帰ると、同窓会やら何やらに参加するので気をつけているのだ。たまに携帯に知らない番号の登録があったりするから、その都度調べているのだが…また誰か来ているのかもしれない。」

そんなことまでチェックしてるのか。

二人はドン引きしたが、しかし彰からしたら死活問題なのだろう。

何しろ、まだ17歳で、結婚を申し込むこともできない。

なのに相手は、もうこの時代の適齢期なのだ。

紫貴の前まで歩いて来ると、紫貴は言った。

「お散歩はいかがでしたか?お菓子をご準備しましたの。どうぞ中へ。」

博正が、子供らしく笑ってはしゃいだふりをした。

「わあ!どんなお菓子?」

紫貴は、フフと笑うと博正を抱き上げた。

「ケーキとか、たくさん。メイドさん達が準備してくれたのよ。たくさん食べてね。」

彰は、紫貴が博正を抱き上げたのでムッとした顔をしたが、幼児相手に怒るのもおかしいので、その事については何も言わなかった。

が、言った。

「紫貴、仕事なのでは?私を呼びに来たのだろう。」

紫貴は、首を振った。

「いいえ。お友達が来られるからスケジュールは空けてありますわ。彰さんも行きましょう。イチゴタルトもありますわ。」

紫貴の大好物だが、彰も大好物だ。

彰は、門の男が気になったが、そのまま屋敷の中へと真司と博正と共に入って行ったのだった。


博正と真司は、その日両親と共に関西まで来ていたので、二人共ホテルの方へと戻って行った。

あれから真司の両親も、こちらとの付き合いを止める様子もなく真司を連れてこちらへ来る。

多勢峰家と交流するのは、損にはならないと考えたようだ。

個人事業主でも、少し調べたら多勢峰の力は分かるので、恐らくそのためだろうと思われた。

なので彰も、真司が自立するまではその両親の様子は見ておくことにしていた。

なので、何度も秘かに助けていたのだが、それを真司は知らなかった。

博正も、真司と同じで夢を見たからと両親に話しているらしい。

そんなこともあるのかと、博正の両親も真司と博正が会うのを止めることはないらしい。

今では真司の両親と博正の両親は仲が良いらしく、普段から頻繁に一緒に旅行したりする仲なのだという。

その方が都合がいいので、二人は両親の交流を黙って見ているそうだ。

今回もその旅行の一環なので、博正はやっと彰に会いに来れたというわけだ。

彰は、その事よりもわざわざ紫貴に会いに来ていた男が気になった。

紫貴は何も言わない。

彰のことは雇用主と思っているのだろうし、誰と付き合おうと思っているとか、いちいち言わないと思われた。

携帯をチェックすると、やはり新な登録がある。

家の電話番号だったが、かえって好都合だった。

…家を調べたら、身元が分かる。

彰は、間下に指示してその男を調べさせた。

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