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かつての仲間

一通り屋敷を案内して、彰の執務室兼ラボへと入って来て、目を丸くする紫貴に、彰は言った。

「あちらでいろいろ学んで来てね。」彰は、回りを示した。「祖父に話して、祖父の会社からいろいろ取り寄せてもらった。ここで研究しているのだ。」

紫貴は、頷いて回りを見回した。

「ここまですごいとは思っていませんでした。こちらで一日中居るんですか?」

彰は、頷いた。

「そう。」と、脇の大きな机と、その机と直角になるように置かれた机を指した。「あちらが私の、こちらが君の机になる予定だ。面倒な書類の処理や確認を、君がやってくれるだけで私は助かるのだ。時間は、朝9時から夕方5時。終わったら、隣りの私の部屋の、その向こうに用意させてある君の部屋に戻って好きに過ごすといい。用があったら呼ぶかもしれないが、時間外手当ては付けるから。」

どう見てもまだ、中学生ぐらいの彰がそんなことを言うのに、紫貴は戸惑いながら言った。

「彰さんが私を雇うと言っていましたね。でもお祖父様がお金を支払われるということなのでは?」

彰は、首を振った。

「そうか、それが気になるか。いや、私は祖父から幾つか不動産を譲られているので、好きに使って良いのだ。普段は学費や税金ぐらいにしか使っていないので、君一人を雇うぐらいなんでもない。そうだ、ここで書類を処理し始めたら、税金のことなどで税理士と話す機会が多くなるから、君にも私の収入は分かるだろう。安心するといい。」

この歳で不動産監理までしているのね。

紫貴は、感心した。

彰と知り合ってから、ギフテッドのことに関しての本はたくさん読んで来た。

想像もできないぐらい優秀な能力を持つ、本当に一握りの人類なのだという。

その一人が、今目の前に居て、偶然図書館で会ったばかりに自分を友達だと信頼してくれている…。

紫貴は、荷が重いかと思ったが、彰を助けてあげたい、と思った。

だがとりあえず、言っておこうと口を開いた。

「あの…私、英語はずっと彰さんに教えてもらったので、日常会話ぐらいなら問題なくはなりました。でも、難しい単語などはまだ、分からないし、そこまで優秀じゃないんです。たくさんお給料を戴くのに、気が退けていました。本当に私でいいんですか?」

彰は、すぐに頷いた。

「子供の頃からの長い付き合いだから、君しか信頼できないんだ。英語ができなくても君を選ぶつもりだった。私は人見知りでね。本来、あまり人を近付けたくない方で。君なら大丈夫なのだ。だから、君が来てくれないと困るから、良い給料にしている。少ないかと思うぐらいなのに。」

もっと渡そうと思ったが、それでは何か危ない仕事なのだと断られるだろうと、一般的な額より少し上に設定しただけだった。

紫貴は考えているようだったが、一つ、頷いた。

「…分かりました。卒業してからこちらへ参りますね。でも、それまでも何か必要でしたらお呼びください。お手伝いします。」

彰は、これで紫貴を手の内に置ける、とパアッと明るい顔をした。

「本当か。良かった、ならばできたら夏休みに入っているのなら、少し手伝いに来てくれると助かるな。慣れるためにも、二週間ほどでどうだろう。」

紫貴は、頷いた。

「はい。宿題があるので急いで仕上げて来ます。」

彰は、首を振った。

「私が手伝ってもいいがね。」

紫貴は、笑って首を振った。

「彰さんには簡単過ぎて退屈でしょう。でも、ありがとうございます。実は数学が苦手なので、解き方を教えて頂きたいです。」

彰は、笑った。

「君は中学の頃からそうだな。電話で何度も教えたと思うが。」

紫貴は、拗ねたように言った。

「ホントに、苦手なんです。数字を見るだけで無理。」

二人で笑い合っていると、そこに間下が入って来て、言った。

「彰様。何やら子供が来ていまして。大井真司という子ですが、ご存知ですか?」

日本の、しかも子供になど知り合いが居るはずはない。

間下はそう思っていたが、彰の表情が、変わった。

「…それは、もしかして8歳ぐらいの子供か?」

間下は驚いて、それでも急いで頷いた。

「え?はい。あの…ご存知なのですか。」

彰は、すぐに出て行こうとして、足を止めて、紫貴を振り返った。

「紫貴、古い友達が来た。少し待っていてくれ。」

紫貴は、友達が居るんだ、というか、古いって何だろう、と頷いた。

「はい。待っています。」

彰は、間下がついて来るのも待たずに階下へと駆け降りて行った。

大井真司…!私が人狼にした、最高に上手く行った成功例の一人…!それがこんな所に来るのだから、あれも思い出したに違いない!

彰は、必死に階段を駆け降りて行った。


玄関ホールには、申し訳無さそうにした大人二人と、まだ小学校低学年ほどの男児が並んで立っていた。

彰が息を切らせて真司に向かう合うと、大人二人のうちの一人が言った。

「あの、いきなりすみません。この子が友達に会いたいのだと言って…夢で会ったとか、毎日憑りつかれたように言うので、ドクターも一度、夢なのだと理解した方がいいから、行ってみてはと言われて。そうしたら、本当にこの子の言う住所があって、そして彰さんというお子さんもいらっしゃると言うので…驚いてしまって。」

彰は、息を整えて、頷いた。

「…真司。」

彰が言うと、真司はおおよそ小学生らしくない目線で、彰を見て一言、言った。

「…ジョン。」

両親らしい二人は何を言っているんだと言う顔をしたが、彰は、それで分かった。

真司は、覚えているのだ。

思い出して居ても立ってもいられず、彰が覚えているのか確かめに来たのだろう。

真司と彰は、四歳しか歳が違わなかった。

ちなみに今現在、要はまだ生まれて居らず、博正は一歳ぐらいだろう。

思い出したとしても、真司だけが、行動できたと思われた。

「…二人で話したい。」彰は、言った。「私も夢に見たので。」

両親の二人は、驚いた顔をしたが、自分達から押し掛けてきているのは重々承知していたので、頷いた。

「…庭に出よう。こっちだ、真司。」

真司は頷いて、そして二人で、玄関から外へと歩いて向かったのだった。


「…ここには、何度か来たからな。」真司は、言った。「要から聞いて、ジョンの履歴は知っていたし、14の時に海外へ渡るのも知っていた。だから、急いで両親に夢が夢がと騒いで連れて来させたんだ。」

彰は、頷いた。

「今回は私も、五歳の時に思い出したので、すぐにここへ来たのだが、本来はまだ、関東の父の所にいた時期だ。君は運が良かった。私が思い出していなかったら、会えないところだ。」

真司は、目を丸くした。

「ほんとか。ヤバかった。オレはつい最近思い出して。なんか物心ついた頃からおかしくて。聴覚にも視覚にも異常はないのに、見えにくいとか聴こえにくいとか親に言って困らせててな。思えば、人狼だった時の感覚が抜けてなかったんだろう。どこかで覚えていたんだ。とにかく、今はみんな何歳だって思った時に、ジョンしか居ないと思ってな。博正はまだ赤ん坊、要は生まれても居ない。だから来た。どういう事なんだ?オレは一度死んだんだ。お前達が逝って、十年後にな。新が引退すると言い出した時、だったらオレ達も解放してくれと博正と、ヒトに戻る選択をした。その後は、一瞬だった。」

彰は、考え込む顔をした。

「私からしたら、死んだ直後に気が付いたらこの時間だった。それなのに、君達は十年後だって?」

真司は、頷く。

「そう。そこはオレにも分からない。時間なんてこんなもんじゃないのか?」

彰は、そこは全く学んで来なかった、と思って聞いていた。

時間と空間より、とにかく癌細胞と戦っていたので。

「…私にだって分からない事がある。そんな事は全く学んで来なかったからな。今回は、もうアメリカで大学を出て来たので、19になるまでは日本に居るつもりだ。19になったらあちらのメディカルスクールへ通って医師免許を取って、戻って来てこちらの国家試験を受ける。それが一番速いからな。」

真司は、ハアとため息をついた。

「ということは、オレはこのまましばらく放置か。人狼にはまだなれないか?」

彰は、ため息をついて首を振った。

「今、そこはやっているところだ。組成は覚えているが、機器が古い物だし何よりその、前段階の薬品がまだできていない。計器がお粗末だから勘頼みでやらねばならない所もあるし、できたとしても、まだ使う気にはなれない。君だって、そんな薬は嫌だろう。」

真司は、頷いた。

「そうか分かった。じゃあ、とにかくいつでも連絡を取れるようにしてくれ。メルアド…はまだないな。電話番号は?」

彰は、頷いた。

「教えよう。親には教えるなよ。」と、胸からスッと万年筆を引っ張り出すと、手帳にスラスラと書いて、引き千切って渡した。「これだ。ここの私の執務室の番号。紫貴を雇う事にしたので、恐らくあれが出る。」

真司は、え、と驚いた顔をした。

「え、紫貴さんが?っていうか、紫貴さんは確か、今17、8ぐらいなんじゃ。」

まだジョンの事を男として見ていないだろう。

それとも、紫貴も思い出しているのだろうか。

彰は、真司の言いたいことを気取って、言った。

「分かっている。まだ何も言っていないのだ。紫貴は、全く覚えていないようだ。実は、五歳の時に紫貴と偶然会ったふりをして、連絡先を交換し、海外に居る間、ずっと文通をしていた。なので、今では英語ももう話せるし、秘書に使うのだ。」

真司は、呆れたように言った。

「小さい時からしっかり抱え込んでるのか。でも、中学とか高校でさすがに彼氏とか居たんじゃないか?」

彰は、ムッとしたように首を振った。

「居ない。居たら話してくれていただろう。高校は、女子高へ行ったし。だから問題ないのだ。」

真司は、苦笑した。

「徹底してるな。それを知ったら紫貴さんドン引きだぞ。それより、博正とは家が近いし、時々見に行っておく。もう生まれているのは分かってるんだ。問題は、いつ思い出すかだ。あいつも思い出したらじっとして居られない方だから、ここへ来るかもしれないぞ。どうする?」

彰は、顎に手を置いた。

「そうだな。とりあえず、私が屋敷を離れる時は、君の連絡先を教えるように家の者に言い置いて行こう。先に言っておくが、19から23まではアメリカに居るぞ。これはどうしようもないことだ。医療行為をするためには、医師免許は必要だからな。今、私は12だから、七年後か。」

真司は、頷いた。

「分かった。それまではこの不自由な体で何とか普通に生きてることにする。研究所には戻るのか?」

彰は、頷いた。

「恐らくオファーが来るだろうから、その時には。だが、23で一度帰国するだろうが、またすぐドイツへ向かうつもりなのだ。なぜなら、ステファンがあちらで癌になる。助けなければならないから。」

真司は、また忙しいなと苦笑した。

「そうか、だろうな。だったら、あっちでその恩人を助けたら戻って来るんだろ?前より早めに人狼の薬はできそうか。」

彰は、ため息をついた。

「計器次第だな。AIの開発が待たれるところだ。私がやるわけにはいかない…そんな暇はないからな。他の天才たちに任せて、私は私がやるべきことをして来るまでだ。君も、気長に待ってくれ。恐らく、前よりは早く人狼にしてやれるはずだ。」

真司は、頷いた。

「分かった。まあ、今回は英語も話せるしちょっと楽な人生だよ。今のところな。退屈だが、自分なりに君を待って生きてることにする。」

彰は、真司の目を見つめた。

「君が待っているのだと思ってなるべく急ぐ。」と、気遣わし気に見ている、真司の両親を見た。「君の両親か?」

真司は、また頷いた。

「そうだ。いい人達なんだが、結局オレが研究所で働いている間に、いつの間にか行方不明になっててな。後で聞いたら、父親の会社が潰れて借金があったらしい。息子のオレの居所は分からないしで、借金取りも来なかったし知らなかったんだ。大分後になってから知った。」

彰は、厳しい顔をした。

「…それも現実か。今回は、どうするんだ?助けるのか。」

真司は、肩をすくめた。

「忠告ぐらいはしてやるつもりだが、分からない。それも、あの二人の選択だろ?」

彰は、選択、と聞いて、自分の両親を思い出した。

そう、それもまた、選択なのだ。

「…そろそろ戻ろう。」彰は、言った。「しかし、君が覚えていてこんなに心強い事は無い。もしかしたら、紫貴も思い出すかもしれないと希望が持てる。早く要や博正にも会いたいものだ。いったい、何人がこうしてループしているのだろうな。」

真司は、首を振った。

「分からないな。だが、仲間が居てオレもホッとしたよ。また会おう。」

そうして、二人は心配そうに待つ、真司の両親の方へと歩いて行ったのだった。

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