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えいっ。

「さて、目的も決まったことだしもう大人しく連れていかれる必要もないな。」

「どうするの?」

「このまま馬車で向かえば同行している者たちにきみがしくじったと報告されるだろう、だから馬車の同行者を排除したうえで徒歩に切り替えて移動する必要がある。 まぁ目的地に忍び込む方法はいろいろとあるが……その為にはこの手錠が邪魔だな。」

「外れないわよそれ。」


少女らにはめられている手錠は体内の魔力を掻き乱し魔術の発動を阻害するもので、本来罪を犯した罪人につけられるものだ。

強度もそれなりのものであり、一流の魔術師の攻撃を一度であれば完全に耐えられる程の代物なのだ。 当然腕力でどうにかしよう等もってのほかなのだがーー


「えいっ。」

「!?」


バキッと音を立てて手錠が床に転がる。

手首を擦りながらなんてことない顔をしている少女を見てニフィーリアは唖然とした。


「さ、次はきみの番だ。」

「無理よ!? え、てか何で外れたの……?」


ヒビでも入っていたんだろうかと落ちた手錠を確認するが、今破壊したところ以外目立つ傷もなかった。


「何か外し方があるのかしら……。」

「こう、ぐいっとやれば壊れるはずだよ。 ぐいっとね。 ……なんだい、その馬鹿を見るような目は?」

「いえ、別に……。」


少女に促されるまま左右に引っ張ってみるが、チェーンがカチャカチャ鳴るだけで当然外れない。


「ふんぬーっ!! ふぎぎぎぎっ!!」


なので目一杯力を込めて外そうとするがそれでも手錠はびくともしない。

目の前で必死に力むニフィーリアを見て、少女は呆れたのか彼女の手錠も外してあげることにした。


「なんというか……きみは非力なんだな。」

「当たり前でしょ!? てかこれが普通よ! 腕力でこれを壊せるのなんて南のバカ公爵家とあなたぐらいよっ!」


あんな化け物一族みたいなのがホイホイいてたまるもんですか!とニフィーリアは怒りを露わにした。


「はぁ……。 で、これからどうするの?」

「きみは先に御者と見張りを片付けてくれ。 あぁ、殺さなくていい。 その間にぼくは身体を治すことに専念する。」

「治癒できるの? 手錠が外れた後もしばらくは魔力がうまく働かないはずだけど。」

「そこは気にしなくていい。 ただ……少し時間がかかるんだ、この場はきみに任せるよ。」

「分かった。」


馬車の錠を壊し隙間から外の様子を覗う。


(両横、後続に一人ずつ、前に二人と御者か……。)


(外装は全て取り上げられてしまっているわね……けれど、体の内部に仕込んだ暗器は回収されてない……。 ならっ!)


ブーツを脱ぎ足裏の皮から細針を数本抜き出すと再度ドアを開け、その隙間から針を投擲する。

正確に放られた針は馬上の人間の首に刺さり、護衛はそのまま落馬していった。


次にドアを音もなく開けるとその上に飛び乗り、騒ぎに気づいた後続の男にも同じように命中させる。


(残り四人……。)


真横の兵士に膝蹴りを浴びせ馬から落とすと、すぐ前方の護衛に近づき肘に仕込んだワイヤーで胴体を引っ張ると同時にワイヤーを切断する。


(前と横の二人も落とした、残り一人。)


残り一人もさっさと片付けてしまおうと前へ馬を進める。


「……チッ!」


だが突如飛んできたナイフに反応が遅れ、切り裂かれた右手から細針が落ちていく。


「痛っ……!」

「よぉニアっ! 起きて早々癇癪かぁ!?」

「シール……っ!」


口から頬まで裂けた傷が印象的な醜男が絡んでくる。

ニフィーリアがあの男の下で働かされていた時によく言い寄ってきた人間だった。


「あんたなんかにニアって呼んでほしくないんだけどっ!」

「泣き止まないなら俺が抱っこしてやろうかぁ? もちろんお前の奥をしっかり突けるようにがっちりと抱き合ってなぁ!?」

「……クズがっ!!」


喉奥から吐き出すように投擲した針をダミーに、左手に隠し持っていたもう一本の細針を投げつける。

だが男はその全てを弾き返した。


「なっ!?」

「ヒィッヤッハァァァッ!!」


シールと呼ばれた男は馬上から跳び上がると、ニフィーリアの馬に飛び乗ってくる。


「くそっ!」


振り落とそうとするが後ろ手にきっちりと腕を固められ身動きが出来ない。


「暴れんなよお嬢様、いやぁそれにしても良い格好してんなぁ誘ってんのか?え?」

「そう思うならお医者様にでも罹ったらっ?」

「まぁそう言うなよ! なあ、このまま帰ったところで処分されんのは目に見えてんだろ? だから俺が匿ってやるよ。 なぁにお前は俺にその身体を貸すだけで良いんだ楽勝だろ?」

「はっ!誰がアンタみたいな醜男に……アンタ程度に良いようにされるくらいなら死んだ方がましよ。」

「なんだとっ!」


男が怒りのままに彼女の首に手をかけた。

ギチギチと締める力が強くなり呼吸ができなくなる。


「この売女が! 殺してやる、殺してやるぞっ!」

「悪いが、それは遠慮してもらえるかな。」

「なにっ……! ガっ!?」


少女の声が聞こえ、突然ゴキッと鈍い音が響いたかと思うと、首を締めていた力が急激に弱まる。 男の顔を見ると側頭部がヘコまされており意識が落ちたまま、やがて明かりのない夜の闇へと消えていった。


「はぁはぁっ……!」


呼吸を整えながら声のした方向へと顔を向けると振りかぶった体勢の少女が目に入り、その横では額から煙を出した状態でノビている御者の姿があった。




    ◇




「着いたようだね。」


あの後、馬車を捨て当初の計画通り徒歩での移動を開始した。

当然案内人などいない為、どうやって目的の場所へと向かうのかニフィーリアは疑問に思っていたが、少女が御者のもとへ歩を進め額に手をかざすと淡い金色の光が現れた。


光は彼女達の周りをぐるりと旋回するとついてこいと言わんばかりにその線を伸ばしていく。


「あとはこの流れに沿って進んでいけばいい。」

「あなた、探知術式も使えるのね。」


回復魔法だけでなく、探知魔術も使えるのかと感心していたら「たんちじゅつしき……?」となぜか覚えのないような表情を見せる。


「あなたが今使ってるそれよ。 ……もしかして術式の名前も知らないで使ってるの?」

「あ、あーあー! うん使える……使えるともっ!たんちちゅじゅしゅき!」

「言えてないけど。」


探知魔術はその専門性の高い知識と細かい魔力調整が必要というかなりの難度の割にあまり使い所がないことで有名だ。

この術式を修得しているのは国の警魔官と国境を任される兵士達の一部くらいである。

……まあどっかの領の男性が、意中の女性にこの術式を使って生活の一部始終を記録していた事が大問題になったが……。


なので普通に過ごしていれば一生縁のないはずの探知魔術を、わずか五歳で習得している小娘をジト目で見ていると「な、なんだいその犯罪者を見るような目は……! ぼ、ぼくなにかした……?」と怯えるような顔をされてしまった。




    ◇




「ここがあの男の……。」

「来るのは初めてなのかい?」

「ええ、いつもは滅多に人が通らない小屋や組織の息がかかった店で会っていたから。」

「なるほどね、それにしても……。」


前方に広がる建物に目を移す。

豪奢な門の奥には趣味の悪いガーデニングや建築で飾られた庭が広がっており、まるで自身の財や権力を誇示するようにその存在を見せつけていた。


「なんとも趣味の悪い家だな、その上自宅で堂々と人身売買とは。」

「この国で人売りは普通なら違法よ、でもそれを隠蔽できるだけの力がアイツの後ろについてるの。」

「組織という奴か……。」


人生の大半を男の下で過ごしていたニフィーリアだったがそんな彼女でも組織の詳細については何も知り得なかった。


「どうやって忍び込むの? 御者から奪った解錠術式もあるけどこれを使ったら出入りが一発でバレるわよ?」

「……。」

「……?」


問を投げ掛けたが少女は何の反応も示さずただジッと建物を見つめていた。


「ふむふむ……。」


しばらくすると外周を回り始め、ふと立ち止まって門の上を見上げる。


「ちょっと面倒ではあるが……まあこうするしかないか。」


少女は意を決したように腕まくりをすると、そのままよたよたと門を登り始めた。


「ななな何してんのよ!? 見つかっちゃうわよっ!」

「大丈夫だよ、問題ない。」

「問題大アリでしょうがっ!?」

「ここには警備用の魔術回路が走っていない。」

「え?」


そういえば警報が鳴らず、そのうえ警備の者が駆けつけてくる様子もない。

少女はようやく門の上まで登り切るとそのままぴょんっと中庭に着地する。


「さあ、次はきみの番だよ。」


少女はこちらを振り向いてにこやかに語りかけてくる。


「ここからはぼくと同じ歩幅、同じ道順を意識してついてくると良い。 大丈夫、ミスをしてもきみの腕や足がふっ飛ぶだけさ。」

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