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願えばいい。

カタコトと道を踏み鳴らす音が聞こえた。

眠るには上下に揺れる振動があまりにもきついなかで意識が徐々に覚醒していく。


最初に視界に入ったのは自身の両手首を繋ぐようにはめられた分厚い手錠だった。


「ここは……。」

「馬車の中だよ、どうやらぼくたちは誘拐されたらしい。」


声が聞こえた方へ顔を向けると、意識を失う前最後に見た顔が目と鼻の先にあった。


「きゃあぁぁぁぁぁっ!?」

「うあぁ!? びびびびっくりした、いきなり大声を出さないでくれよ……!」


血色が悪いその顔を見て思わず奇声をあげると、少女は怯えるように後ろにぴょんっと後ずさった。


「す、すいませ……痛っ!」


慌てて駆け寄ろうとするがふいに全身を駆け巡る激痛に思わず唸ってしまう。


「まだ動かない方が良いよ。 ある程度傷が治ったとはいえ痛覚までは遮断できないからね。」

「え……?」


よく見ると意識を失う前確かに切り裂かれたはずの身体が何事もなかったかのように治っている。


「どうやって……私の傷はもう治療不可能な状態だったはずなのに……。」


あの場の誰が見てもニフィーリアの傷は致命傷だった。

たとえ公爵家お抱えの治癒師であったとしても匙を投げるほどの大怪我だったはずだ。

その証拠に身に纏っていた衣がズタズタに引き裂かれ、おびただしい量の血によって赤く染め上げられている。


「あなたがこれを……?」

「ヒトを治すのは実に久方ぶりでね、まぁ上手くいってよかったよ。」


まさかとは思ったが一応、半信半疑で聞いてみると目の前の少女は自分がこの傷の治療をしたことをあっさりと認めた。


「なら……どうしてあなたはそこまで傷だらけなの?」


死ぬ寸前だった自分を治癒したにしては彼女の身体は全身の打撲痕に加え左足が折れ曲がり呼吸も荒くなっている。 今は止まっているが腹部からかなりの量の出血があったことも窺える。


「必要だったんだ。」

「え?」

「今までの襲撃を計画した張本人に会うためにね。」

「……なぜそれを?」

「簡単なことだよ、五年も前からきみはぼくを殺そうと動いていた。 両親から貴族はよく命を狙われると聞いていたからぼく自身何も不思議に思わなかったんだ。」


「ーーでも疑問が生まれた。」


「疑問……ですか?」

「きみはぼくを殺そうとする時、毎回とても辛そうな……苦しそうな表情をしているんだ。」

「……!」

「最初はヒトを殺めたことがないが故の葛藤なのだろうと思った、けれどそれにしては手際が良すぎる。 何十人と殺してこなければあそこまで冷静に仕掛けを施すことなど出来ないはずだ。」


少女はこちらの真意を探るようにまっすぐと目を向けながら語る。


「そして決定的だったのはきみがぼくをとっさに庇った事だ。 あの時放っておけばぼくは間違いなく死んでいたはずだった。なのにきみはその身を挺して、今まで殺そうとしてきた相手を助けてしまっている。」


聞いているだけで自身のまるで一貫性のない行動に乾いた笑いがでてしまう。

彼女にはすべてお見通しだったらしい。 今まで何人も殺してきたはずの自分が、目の前の少女を手に掛けようとした時だけひどく手が震えてしまうことに。


「ぼくにはきみが進んでヒトを殺められる人間だとは思えない……なら、きみにそうさせている者が別にいるはずだ。 ぼくにーー」


ーーぼくに教えてくれないか。 きみが、その手に刃を握る訳を。


嘲るでもなく。 命乞いでもなく。 只々純粋にこちらを見つめる橙色の瞳が、馬車内の灯りに照らされてゆらゆらと揺れている。


先刻まで少女の言葉にただジッと耳を傾けていたニフィーリアは、自身を落ち着けるように息を吐くとやがてポツリ、ポツリと語り始めた。



「私には六つ年の離れた妹がいます……。」


ーーここから遠く離れた村で両親と一緒に幸せに暮らしていたこと。


妹といつも一緒にいるのをからかわれるくらいとても仲が良かったこと。


イタズラ好きでよく姉の自分を困らせていたこと。


そんな妹に、誕生日にイルの花で花飾りを作ってあげたら泣きながら喜んでくれたこと。


思いやりがあってキレイな姉が大好きだと言ってくれたこと。


「そんな風に想ってくれる妹の事が、私も大好きでした……。 何も特別なことなんか要らない、ただこんな日々が続いてくれれば、私も家族もそれだけで幸せだったんです。 けれどーー」


ーーあの男がやってきたのはそれから数日後のことでした。


「この周辺の土地は自分達の領地だからすぐ出ていくようにと言われました。 ですが先祖代々この土地に住んでいた私達は、いきなり故郷を追い出されることに納得がいかず当然抗議したんです。 そしたら、あの男は何をしたと思いますか……?」


ーー村のみんなが見ている前で長の首を撥ねたんです。


「突然のことで反応することが出来なかった私達は周りを囲んでいた兵士に次々と捕らえられていきました。 髪を掴まれ、足を引き摺られ、抵抗した者は見せしめに殺されていきました。」


私達姉妹を守ろうとした両親も、彼女は震える身体を抑えながら言葉を吐いた。


「なぜ同じヒトを……? きみたちと彼らは同種なのだろう?」


少女に問われて自身の耳をなぞっていくと空いた空間が消えるように切れ長の耳が姿を現す。


「エルフ……か。」

「エル、フ……?」


少女が発した言葉にニフィーリアは馴染みがないようだった。


「あの男は両親の亡骸を踏みつけながら私にこう言いました。 妹を殺されたくなければお前が私の人形になれと、駒として働けと。 だから私は従うしかなかった、命じられれば殺しでも何でもやった。」


ぼろぼろと流れる水滴が、血が滲むほど握りしめた手の甲に滑り落ちていく。


「けれどここに来てから私はおかしくなっていって! 失敗してしまった……っ! あなたが見せる幼ない笑顔が、あの頃のあの子と重なってしまって……どうしても私には殺せなかったっ!」


内から流れ出る感情が堰き止められずに溢れ出てしまう。

やがて少女は袖口に隠していたナイフを構え、目の前の幼い少女のその喉元に突きつける。


「今回の失敗が報告されれば私は処分される、そうなったらもうあの子を助けられないっ!」


怒りと絶望で動悸が早くなる。 彼女は焦っていた。


当然だ。 なぜなら自分に残された唯一人の家族を失ってしまうかもしれないのだから。

そんな彼女の想いを知り、少女は目を逸らすことなく向き合う。


「……助けられると言ったらどうする?」

「っ!? 詭弁だわっ!」


その満身創痍の身体で何ができると少女はさらに怒りを強くする。

柄を握る手に無意識に力が入り、刃先が食い込んだ首元からスーッと血が流れていく。


「嘘じゃないさ、簡単な事だよ。」

「なに……?」

「ーー願えばいい。」


首筋から出血していることすら意に介さず、少女は真っ直ぐとニフィーリアを見つめる。


「ぼくに願え。 妹を助けたいと、きみのたった一人の家族を取り戻したいと。」

「あなたは、一体なんなの……?」


その問いに少女は妖艶な笑みでもって答える。


「ヒトだよ……ちょっとばかり周りとは違う、ね。」


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