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どうせ死ぬのなら。

「そう怖がらなくていいよニリィ、いや本当の名はニフィーリア……? だったかな。」

「……っ!」


ローブを深く被り、顔が見えないようにしていたというのに目の前の少女はニフィーリアの正体をいとも容易く看破した。


「なぜ……私だと気づいたのですか? いえ、それよりもどうして本当の名前を?」


もはや顔を隠す意味はないと思いフードを外して姿を見せる。


「へぇ〜」


ニリィとしての変装時の、ブロンドではない新緑の髪を見て少女は興味深そうにこちらを見つめている。


「ねぇねぇ、それはどうやって色を変えてるのかな? 今朝見せてくれたケシの実の粉みたいなのを使う? それとも、それも魔術の一種かい?」

「えっ?」


先程の荘厳な雰囲気がぱっと鳴りを潜め、無邪気に質問攻めをしてくる少女にニフィーリアは動揺した。


「わ、私が作った魔術の札よ、術式に魔力を込めて念じれば色を変えられる。 それよりも先程の質問に答えて頂けませんか?」

「へぇ~そんなものがあるのか〜。 それに普段給仕をしている時とは口調が違うね、それも自身の認識を変える魔術なのかな??」


質問の答えを聞きたいのだが、少女は既にニフィーリアを置いてうんうん唸りながら彼女の使う魔術について考えてしまっている。


この手の人間は大抵話を聞いてくれるまで時間がかかるので多少は待っていようと思ったのだが、あまりにも待ちぼうけを食わせられるもので彼女も段々怒りが込み上げてきていた。

その苛立ちを表すようにブーツの靴底をこれでもかと鳴らしてアピールしていると、やがてそれに気付いた少女が怯えるように謝罪した。


「す、すまない。 気になることがあると、どうしてもそちらに意識を割いてしまう。 ぼくの悪い癖なんだ。 ほんとうにごめんなさい……。」

「うっ……、まあ良いですけど……。」


まるで母親に怒られた子供みたいにシュンとした顔を見せるのでこれ以上怒るに怒れなくなった。


「さっきの、きみの名前をなぜぼくが知っているのかということだけど、別に探ろうとしたわけじゃないよ? きみが自分でそう名乗っていたんだ。」

「私が……ですか?」


(それはありえない……。 私はここでは一貫して侍女のニリィとして過ごしていたもの、それこそお家の諜報部を動かすくらいしなければ……。)


だがそんな疑いを向けるニフィーリアに対して少女はとんでもない爆弾発言をする。


「ここにきみが初めて来たときくらいの頃かな。 ほら、深夜にぼくが眠っているところにきて、何か言い聞かせるように自分の名前を連呼していたじゃないか。」

「……へ?」


(ちょっと待って……それって……!)


そんなとっぴな行動をしていたのは、間違いなく目の前の少女を初めて手にかけようとした時だ。

赤子を殺すことに最初ひどく抵抗を感じたからその時の記憶は鮮明に覚えている。


ということは、つまりこの少女はニフィーリアが潜入を開始した月、つまりは()()()()()()の記憶を保持しているということになる。


「そんなことって……!」


果たしてありえるのだろうか、だがそうでなければこの少女が自分の正体を知るわけがない。

懐疑的な目で凝視する彼女を尻目に、少女はさらにとんでもないことを言い始めた。


「しかしヒトというのは大変なんだね。」


「……?」


「まさか人類の睡眠というのが寝る前に呼吸を無理やり止めて心肺を停止させ、起床時に自らを蘇生させることを指すとは……。 出生した赤子の生存率が低い傾向にあると本に書いてあったが、その理由が身に沁みて分かったよ。」


「なっ……!?」


「食事中に頻繁に意識を失って皿に顔を打ち付けた時も身体の不調を疑ったけれど、『貴族の後継は代々暗殺などに備える為に微量の毒物を接種して耐性をつけるものなのよ。』と母上どのに教わって納得したよ、さすがに舌が溶けるように熱くなって血を吐き出したときは『ハッハッハッハ!料理長、混ぜる量を間違えてるぞ〜??』と父上どのが笑っていたのはどうかと思ったが。」


ーー絶句した。


(間違いない、この子は確実に覚えている……。 それも公爵家側が慣れさせる為に入れた毒と、私が入れる予定なかったのに間違えて入れた毒が、化学反応を起こして劇物になったときの事も詳しく……。)


もちろん全てを把握されているわけではないと思うがそれでも少女が今までのほんの一例を持って両親に訴えれば一介の使用人風情などあっさりと処分されることは目に見えている。

しかも彼女の両親は娘に並々ならぬ愛情を注いでいるのだ。

拷問してから処刑、そんな程度では済まないだろう。


今からでも懐柔策に走ろうか。 愚かな考えが頭をよぎるがこの少女相手に心身掌握系の魔術の心得もなしに手懐けることは果たして可能だろうか。


「あぁすまない。 忘れていたよ、そろそろ本題に入ろうか。」

「……っ。」

「ぼくが要求したいことは一つだけだ。 きみが手に持っているそれをこちらへ渡してくれないか? 」


先程まではどこか緩い雰囲気を纏っていた少女が、ニフィーリアが持っている水晶を改めて視認した瞬間、空気が凍えていくのを感じた。


「ぼくの目的はその黒い玉だけなんだ。 きみが何故ぼくを殺そうとするのかが分からないが……。 まぁ正直興味が無くてね」


「……?」


なぜか言葉の聞こえ方に違和感を感じた。

ニフィーリアが彼女を殺す目的ではなく……まるで自身の生死に興味がないと言うように。


(生まれたばかりのあなたがこの世に生を見出していないの……?)


ニフィーリアには少女の真意が分からない、それに到底自身が測れるものではないだろう。 なぜならーー


「渡すのが嫌だというならそれでも良いよ……。だがその場合は力尽くでも交渉の席についてもらう。」


凍てつく空気がより鋭さを増し、射抜くような視線が身体に多大な圧をかけてくる。


(ーー無理だ……。)


この少女は問いに対する答えしか求めていない。

もし下手に時間を稼ごうなどと考えたらニフィーリアの身体はたちまち八つ裂きにされると、なぜかそんな情景が浮かんだ。


(だけど、こっちだって譲れないっ……!)


例えこの場で黒玉を渡したところで彼女の処刑は確実だ、もし運良く幽閉で済んだとしても命令を遂行出来なかった時点で妹を助けることは叶わない。

それでは意味がないのだ。


「どうせ死ぬのなら……っ!!!」


少女は手に持った黒い玉を天井へと掲げると、足元の床に叩きつけるように、思いきり振りかぶった。

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