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待っていたよ。

「ねーねーニリィ、それは何をやってるの??」

「あ、お嬢様!これは今汚れた衣類の洗濯をしているところです〜!」


午前の日照りの下。 邸の庭で仕事をこなしていたニフィーリアの元に、とててとかわいい靴音を鳴らしながら歩み寄る幼い少女の姿があった。


空から降り注ぐ陽光に照らされ七色に光る父親譲りの銀色の髪。

母親の家系から受け継いだ淡い黄色がかった橙色の瞳。



ーープリムローズ家の《光の子》は、興味深そうにメイドの仕事を観察していた。



あの日の会合から数日後、ニフィーリアは《光の子》暗殺の最終調整に入っていた。

男から事実上の最後通告を突きつけられた為、万が一にも失敗することの無いよう念入りに計画を練っていたのである。

それに今度しくじれば自身の暗殺者としての側面は不要とされてしまう。

そうなった場合、自身はどうなっても良いが、まだ幼い妹も間違いなくあの男の慰み物にされる。 それだけ到底許すことができなかった。


「お洗濯してるんだー! でも全然汚れ落ちないね〜。」

「ふふふ、見ててください? こんな厨房のガンコ汚れもこの公爵領特産っ! ケシの実を割り入れれば〜?」

「わぁぁ〜!?」


水桶の中に割った実の粉を振り入れた途端、黒ずんでいたエプロンやミトンからたちまち汚れが落ちていく。

その様子を見ていた少女は初めて手品を見た子供のように目を輝かせていた。


(似てる……。)


幼い頃。 今みたいに妹にも実践して見せた時、彼女もまた同じように目を輝かせ「お姉ちゃんお洋服さんから汚れが消えちゃったよ!?すごいねびっくりだね!」と楽しそうにはしゃいでいたものだ。


もう何年も会えていないたった一人の家族。 最後に姿を見たのは今、目の前にいる少女と同じ年齢の頃だった。


「すごいすごい! 黒いのがとれて無くなっちゃった、びっくりだね!」

「……っ!」


少女の笑顔が、言葉が、あの時の妹と重なり目頭が熱くなってしまう。


「ニリィ……? 泣いてるの……?」

「……っ。 何でもないですよお嬢様〜! さ、お仕事お仕事〜! 」


だからこそこの子を殺さなければならない。 自身の心の支えを、愛する家族を救う為に。




    ◇




深夜、邸が寝静まったのを確認し音もなく自室を抜け出す。

今回は今までと違い男から渡された黒玉を使用する為、何が起こるか分からない。


見張りや巡回の位置が対象の部屋から一番離れている時間を狙うのが得策だろう。

当直の部屋も少女の寝所とは離れており、騒ぎを聞いて駆けつけるまでに多少の時間を要するはずだ。


目的地に向かいながらローブの裾にしまっていた〈微睡札〉を取り出す。

この札は貼った対象を即座に眠らせ、その前後の記憶を違和感なく繋ぎ合わせる事でアリバイを作る、ニフィーリアが仕事を行う際に重用している代物だ。


廊下の角に差し掛かり、札を手にそっと顔を出すと彼女はふとある違和感に気づく。


「人が居ない……?」


通常ならば立っているはずの見張りがおらず、部屋の前はなぜか無人だった。


「なにか緊急事態があった……? いや、それなら代わりの者が来るはず。 ならなぜ……?」


疑問を覚えたまま部屋の前まで忍び寄り、扉に向けてそっと耳をあてる。

すると風が凪ぐ音が室内に響いているのが分かった。


「まさか逃げた……!?」


自分の計画が外に漏れたのだろうか、いやそれはあり得ないはすだ。

なにせ男と会合する場所には全て盗聴防止用の術式が貼られている、万が一にも漏れるはずがなかった。


「けど、もし万が一にも逃げられたりしたら……!」


焦った彼女は室内に護衛がいる可能性も考慮せず、バンっと音をたてて扉を開け放った。


仮に少女が今の音で起きたとしてもいくらでも誤魔化しようはあるはずだ。

だが、そう考えていた彼女の予想は大きく外れることとなる。


まず初めに目に飛び込んできたのは大きく開け放たれた窓だった。

その間から流れる風がカーテンをふわふわと揺らし、室内に涼しげな空気を運び込んでいる。

テラスへと続く掃き出し窓からは月の光が絶え間なく降り注いでおり、窓際のソファに頬杖をついて座る少女の銀色の髪を軽やかに揺らしていた。


「き、れい……。」


神秘的な世界だ。

まるでおとぎ話にある月の女神が下界に降りてきたのではと、その女神を殺しに来たはずの少女も一時目的を忘れかけるほどに現実味のない光景であった。


「……。」


件の少女は音が鳴った扉の方に視線を向けるとローブを着込んだ不審人物相手に表情を変えることもなく、今朝見せていた無邪気な子供のような笑顔とは正反対の、荘厳な雰囲気を醸し出していた。


そしてニフィーリアがその手に持っていた黒い水晶玉をちらりと視認すると「やはりきみか……。」とたちどころに口角を上げ、まるで壊し甲斐のある玩具を見つけたような嗜虐的な笑みで口を開いた。


「やぁ、待っていたよ。」


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