どうして死なないの。
「ニリィ〜!、その部屋の掃除が終わったら次は洗濯物を取り込んでくれる?」
「は〜い! わかりましたぁ〜!」
先輩メイドの言いつけに明るく返事を返す少女ーーニフィーリアは名を変え、件の公爵邸へと潜入していた。
普段背中まで伸ばしている新緑の髪をブロンドに染め、印象をガラリと変えた彼女はそのイメージ毎に所作、振る舞いを違和感なく変えられる技術を発揮し使用人の採用試験を難なく突破していた。
普段からこの才を用いて命令を確実にこなしてきた彼女はその膨大な実績に誇りをもっており、今回の命令も自分にかかれば楽勝であると思い込んでいた。
だからこそ理解ができなかったとのだと思う。
最初に行動を起こしたのは娘が一歳にも満たないときだ。
手っ取り早く命令を完遂しようとしたニフィーリアは深夜の寝所に忍込み、眠っている赤子の顔に枕を押し付け窒息死を狙った。
この国では赤子が早期に亡くなることは稀ではなく、詳しく調べるようなことはあまりしない。
だからこそ赤子の窒息死は大事になりにくく、かつ効率的でもあった。
暴れないよう抑えつけた身体がビクンッと跳ねた後、徐々にその身体から熱が引いていく。
「ごめんね……。」
多くの人間を手にかけてきたとはいえ、生まれて間もない赤子を殺すことは少女にとっても初めての経験であり想像だにしない心痛だった。
それでも完全な死亡を確認する為に数日留まる必要がある。
せめて、埋葬の際は自身の手で手厚く葬ってやろう。
ーーそう考えていたのだが……。
「きゃっきゃっきゃっ!!」
「きゃー!見て!お嬢様が笑ってるわ!!」
「ほんとね!このおもちゃが気に入ったのかしら〜!」
翌日メイド達の悲鳴が聞こえたその先でニフィーリアが見たのは、昨夜の青白くなっていった顔色が嘘のように元気にはしゃいでいる赤子の姿だった。
「なっ……!?」
(そんな馬鹿なっ、確かに昨日心肺が止まったのを確認したはずなのに……!あの後息を吹返したのかしら……?)
そうであるならば再度計画を続行しなければならない。
だが、彼女にとって赤子の首を締め窒息させるような行為はとても耐え難いものであった。できれば二度と取りたくない手でもある。
故に方法を変え、せめて安らかに逝けるように手法を変えることを決意した。
(気は進まないけれど、確実に息の根を止める……!)
◇
一度目の失敗から暗殺の方向性を変えたニフィーリアは彼女が安らかに逝けるようまずトラキスの花の蜜から試した。
この花は特殊な工程を経ることで大陸でも重用される砂糖へと姿を変えるが、その蜜は甘い匂いで目標を誘い出し、飲用すると眠るように死んでしまう事でも有名であった。
今回はその性質を利用し、深夜に加工前の蜜を大量に赤子に飲ませる。
すると赤子は目をキラキラさせ、もっと!もっと!とせがむように手をパタパタさせているが直に毒の効果が現れ、眠りにつくはずだ。
そうしたら明日には事が済んでいるだろう、赤子は幸せな思いのなかで永遠の眠りにつくのだ。
ニフィーリアは満足そうに寝所を出ていった。
だが翌日、ニフィーリアが寝所を訪れるとまたしても赤子は何事もなかったかのようにメイドと戯れていた。
「は、はは……。 私、夢でも見ているのかしら。」
成人男性を十人は殺せる量を飲ませたはずだ。それなのに赤子はピンピンしている。 それどころかニフィーリアの姿を見つけると目を輝かせ、しきりに何かを要求するようなアピールをしてくる。
次の機会も、またその次の機会も。 彼女は幾月もかけてあらゆる方法で暗殺を試みた。
だがそれをあざ笑うかのように赤子はすくすくと育ち、元気にはしゃいでいる姿を見せるのだ。 もう気が触れそうになった。
そして、ニフィーリアが赤子を殺すことができないまま、遂には五年の歳月が経った。
◇
「いったいどうなっておるのだっ!!」
ダンッと机を叩く音が薄暗い室内に響いた。
男はこめかみに青筋を浮かべながら目の前の少女を睨みつける。
「これまで教会の要人や国の高官を容易く葬ってきた貴様が赤子一人始末するのにいったいどれだけの時間をかけるつもりだ!!」
「……申し訳ありません。」
ニフィーリアは五年間、度々こちらを呼び出して怒鳴り散らすこの男に不満を溜め込んでいた。
(殺しても死なない赤子なんてふざけた案件を持ってきたのはそっちでしょっ……!)
お前が変わりにやってみろと言いたくもなるがそれを説明したところでこの男が理解など出来ないことは明白だ。
だが、いつも通り叱責を受けるだけでこの場は解放されるだろうと高を括っていた彼女の心情を見通していたかのように男は下卑た笑みを浮かべながら呟く。
「このまま命令を遂行できないようなら約束通り貴様の家族を処分するしかないなぁ?」
「……っ!」
「だってそうだろう?命令を遂行できない役立たずを飼うことになんの意味がある?」
男の言葉に怒りを覚え衝動のまま殺してやりたくなった。
しかしこの男を今この場で処分したところで組織が放った追手に自身が殺されてしまう、それでは守れない。
たった一人の家族を、妹を……。
「……目標は必ず始末いたします。」
「それで良い、お前は私の従順な飼い犬なのだからな。」
顎を掴まれ、くいっと男の方を向かせられる。
男は舌舐めずりをしながら彼女の肢体を食い入るように見つめていた。
(気持ち悪い……。)
この男に従わされてから八年間、ニフィーリアは度々情欲の視線を向けられその度に鳥肌が止まらなかった。
「それといつまでも仕事をこなせないお前に私からのお慈悲だ。」
そう言って男は黒い玉のようなものを取り出した。
一見何の変哲もない見た目だが、中で霧のようなものが渦巻いている。
「これを娘の前で使え。そうすればすぐに方がつくはずだ。」
術式を中に取り込んだ水晶だろうか、だがこんなドス黒い霧を帯びる魔術は聞いたことがない。
一抹の不安を覚えるがその場は頷くだけに留めた。
「承知しました、では失礼いたします。」
「ああ、待ちたまえ。 何か忘れていないかね?」
呼び止められてビクッと身体が震える。
嫌な予感がして恐る恐る振り返ると、男はにやにやとしたまま自身の下腹部を指差した。
「いつまでも命令をこなせないお前を処分しろと仰る上の方々を私がとりなしているんだ。何か見返りがなければ割に合わないと思わないか?」
「……っ!!」
やっぱりか……と彼女は思った。なぜなら男はこの五年、毎あるごとに命令を遂行できない責を理由に自身の欲望を彼女に発散させていたからだ。
これまでの出来事が脳裏を過り、怒りと羞恥で身が震える。 が、逆らう事も出来ない。
一度呼吸を落ち着かせ、少女は自分の衣服を脱ぎ始める。
「おおっ……!」
はだけた衣服から現れた豊かな双房に男はますます興奮を覚え、怒張したそれが履いている布の中心を押し上げる。
少女は男の傍に寄ってしゃがみこみ布をずり下げると同時に、怒張したモノを口で咥えこんだ。
日が差し込まない部屋に淫らな水音と男の声だけが響き渡る。
「ああっ……良いぞ、そのまま動きを早くしろ。 うっっ……!」
前後に顔を動かしている少女の頭を掴み、思いっきり押さえつけると同時にビュルッビュルと咥内に精が吐き出される。
幾度かの脈動を繰り返すと男は満足したかのようにふぅ……と息をついた。
「うぇ……っ。」
「吐き出すなっ! 飲み込め!」
少女は男のモノから口を離すと同時に息を整え、やがて咥内に溜まったそれを
ーーゴクンッと飲み下した。
少女が飲み込んだ事に満足した男は心底嫌そうな顔をしている彼女の頭をなでた。
「いやぁ最高だった、ことある毎に仕込んだ甲斐があったというものだ。どうだね?そろそろ下の口も使うというのは?」
はぁはぁと息を吐きながら下卑た笑みを浮かべる男を睨みつける。
「嫌……か、まあいい。 命令をこなせなければどの道同じことだ。仲睦まじい姉妹二人が同時に純潔を散らす日が来ることの無いよう精々頑張る事だな。」
ハッハッハッと大笑いしながら男が部屋を去っていった。
閉まるドアを見据えながら少女はもう何年も会えていないたった一人の家族の面影を想う。
「ミリー……。」
目から流れ出る水滴がポツポツと地面を濡らしていく。
少女に残っているのは幼い頃最後に見た妹の記憶と、喉奥を犯す不快な粘度だけだった。