プロローグ -始動-
むかしむかし、あるところにわるい魔女がおりました。
魔女は人間たちをまいにちまいにち、それはひどくいじめていたのです。
するとそこにひかりのはしらがたちのぼり、龍があらわれました。
龍は魔女をこらしめ、もうにどと人間たちをいじめないようにいいました。
こうして、せかいはへいわになったのでした。
めでたしめでたし。
◇
晴れわたる雲ひとつない空に覆われた大陸の北部、その地に建てられた邸の外廊下を移動する影が一つ。
時刻は夜、既に邸内は静まりかえっており革の靴がコツッ、コツと底を鳴らす音だけが響いていた。
影ーー少女、ニフィーリアは目的地へと向かう中で以前あったやり取りを頭の中で思い出していた。
◇
「……殺し?」
街の喧騒から外れたとある小屋の中、少女と男三人が向かい合っていた。
「今朝命令が下ってね。 この前誕生したばかりの貴族の後継を始末しろとな。」
退屈そうにパイプの煙をふかす男は少女を見ながら述べた。
「子供を殺すのですか……?」
「ああ、そうだ。お前も聞いたことがあるだろう? ユールニクス大陸に伝わる古い神話の伝承を」
ーーユールニクスの歴史の中では太古の時代に人類存亡の危機を、ある神話の龍が救ったという逸話が残されていた。
そして龍は顕現する際、巨大な光の柱からその姿を現したとされている。
「童話として平民にも広く知れ渡っているものですからね。 ですが……それとこの件になんの関係が?」
「……半月ほど前、『北の公爵』プリムローズ家の邸から光の柱が観測された」
「え……?」
男は自分でも信じられないという表情をしながら言葉を吐く。
「お前の言いたいことは分かる、今までにはなかった事例だからな。だが我々が常用し勝手を知る魔術の中であれと似たような現象は存在しない。」
確かにユールニクス大陸でそのような魔術は見たことも聞いたこともない。 であれば似たような記述が見られる神話を元に解釈するのが普通の思考なのだろう、だがーー
「お話は分かりました、けれどこの一件でなぜ殺しの依頼を……?」
「当該の邸で光の柱が観測された後、公爵家から息女が誕生したとの知らせが回った。」
男の発言に少女はいまいち理解が及んでいなかった。
貴族の邸に光の柱が現れ、その直後に娘が誕生した。そこまでは理解ができる、だがそれと殺しがなぜ結びつくのかが分からなかった。
「貴族社会に馴染みがないお前では分からないだろうな。だが上からの命だ、それも……あの方からのな。 これだけ聞けば貴様が動く名分になるだろう。それと、下っ端ごときが一々質問をかえすな! 替えの効く駒の分際で……分かったらさっさと仕事をしたまえ。」
それだけ言うと男は面倒くさそうに少女から視線を逸らす。
男の横柄な態度に少女は一瞬こいつから殺してやろうかと殺気を漏らすが、男の側に控えている者たちを見て衝動を抑えた。
黒づくめのフードを深々とかぶっている為表情は窺えない。 だがこの場で自分が下手を起こしたところでどちらか片方に傷を負わすことも出来ずに殺されてしまうことは、少女が一番理解していた。
「近いうちに使用人の募集が始まると聞いている。お前はその中に紛れ込み機を見て娘を殺せ。」