表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

空へ。

作者: きい

 おおよそ1500文字の短編です。

 


 エレベーターガールは、もうどこにもいないんだなと思いながら「12」の上にある「R」と書かれたボタンを押した。

 エレベーターガールという呼び名が現代に相応しいかは分からないが、もうほとんどその存在が無いのだから誰も気にしないだろう。

 後ろを向くと、ガラス越しに通りが見える。通りには人が大勢いて、黒い頭が黒い服を着てせかせかと動いている姿が次第に小さくなっていく。

 おそらく、少しくらいの茶髪や、チャコールグレイやネイビーのスーツを着ている人たちもいるのだろうが、もうここからでは黒にしか見えない。

 今日のわたしは、色の褪せた青いデニムの上に息子が着なくなったトレーナーを着ている。トレーナーは若者に人気があったブランドのようで、大きくそのブランドロゴが入っているが、息子がわたしにくれたということは今はもう誰も着なくなっているのだろう。

 つまり廃れたということだ。

 なぜ、こんなものを着て来てしまったのかは分からない。かといって、スーツを着る気にはなれなかった。

 もうスーツには、半年ほど袖を通していないからだ。

 チンという音が聞こえた。まるで本当に小さな鐘を鳴らしたような音だった。ゆっくりとエレベーターの扉が開くと、青々とした空が視界に入り込んでくる。

 わたしはエレベーターから降りようとした。すると先程までいなかったエレベーターガールが、「お足下に御注意ください」と言い「開」のボタンを押し続けていた。

 わたしはエレベーターから降りるときに彼女の顔をちらりと見た。

 少しだけ妻に似ているような気がした。

 この屋上には背の高い柵があって、ぐるりと囲いがしてある。

 わたしは、まっすぐに柵に向かって歩いて行く。

 中心には今時めずらしく、たくさんの子ども向けのアトラクションが置いてあった。百円玉を入れるとリズムが流れながら回る小さな乗り物や、うさぎやくまや、たくさんの動物達がいる。

 わたしの息子はくまの背中に乗るのが好きだった。息子は、うさぎでもロボットでもなくて、くまでなければ乗らなかった。

 ロボットが空いていても、うさぎに女の子が一人しか並んでいなくても、必ずくまの列で待った。

 柵まであと半分くらいというところまで来ると、一人の男の子がいるのに気が付いた。あらためて辺りを見渡すと、他には誰もいなく屋上は静かだった。

 男の子は背中を向けていて、わたしからはその背中しか見えない。男の子は、くまのアトラクションの前に立っているが、アトラクションには誰も乗っていない。

 いつもなら気にしないだろうが、何故かわたしは男の子が気になった。

 自分の親からもらった百円玉を無くしてしまって途方にくれているのなら、あげても構わないと考えると、自分で自分を少しだけ鼻で笑った。

 こういう考え方をするのは、どのくらいぶりだろうか。思えば、わたしにも希望に溢れたこともあったが、けれども最期までわたしは何の変哲もない男だった。

 男の子の背中は、すぐそこだ。

 わたしは声帯を奮わせて声を出そうとした。

 その瞬間に、男の子が振り向いた。

「お父さん、どうして?」

 目に涙を溜めて、そう言葉を出した男の子は間違いなく、幼い頃のわたしの息子だった。

 次の瞬間、わたしの目にはアスファルトの地面がすぐそこまで来ているのが見えた。







 

 初投稿です。

 駄筆とは存じますが、読んで頂いてありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 言葉の力を感じました。こういうの好きです。
[一言] 短編なのにすごく説得力があります。 面白かったです。 これが初めてとは思えませんね。すごいです。 これからもがんばってください。
2009/12/02 15:31 退会済み
管理
[良い点] 自殺を試みる中年男性の姿が、現実と幻想が入り混じって表現されているのが良かったです。 [気になる点] 最後の部分の前に、少しでいいので主人公が飛び降りたという伏線なり描写なりがほしかったで…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ