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夏の夜のジュリエット

作者: 秋月流弥

 母は昔から人が亡くなるとその人のことを『外国へ行った』と伝えた。

 父が死んだ時もそうだった。

「お父さんは外国へ行ったの」

 まだ幼かった葉月はづきに死を教えるのを憚ったのだろう。

 母は外国という存在を用いることで死の表現をぼやかした。

 今の時代となっては外国などすぐ行ける身近なものだが、当事の葉月にとって外国とはどうする手段を使っても手に届かない未知の世界だった。

 そこへ行ってしまえば二度と会うことが叶わない。

 葉月にとって外国とは永遠の別れを意味する場所だった。


 だから友人の誠也まさやが外国へ行ったと伝えられた時、葉月は絶望した。


 入院先の病院で、自分の体調が悪いことすら忘れて、葉月は高校三年生でありながら年甲斐もなく大泣きした。

 高校二年の夏から入院してはや一年。

 ただでさえ受験生の自分は入院してる間に皆に先をいかれてしまってるのに、友人にこの世の境まで先を越されてしまうと思わなかった。

 葉月の号泣っぷりに見舞いに来た母も驚いていた。



「……葉月?」

 だから死んだと思っていた誠也が目の前に現れた時、葉月はひっくり返った。


「い、生きてる……!」

「いや勝手に殺すなよ」


 再会したのは夏祭り会場の神社だった。

 祭り囃子が響く屋台通りから奥へ進んだ神社の境内前で友人はイカ焼きを食っていた。

 毎年お盆である季節に開催される地域の夏祭り会場で、葉月は二年ぶりに友人の誠也と再会を果たした。

「よお久しぶり、葉月」

「なんで!? なんで誠也生きてんの!? 死んだんじゃなかったのかよ!?」

「だから勝手に殺すなよ。ていうか、なんでお前は俺が死んでると思ったんだよ」

 イカを食いちぎりながら誠也は言う。

 わー誠也が喋ってる! ほんとに生きてるんだ。


「だって母さんがお前が外国に行ったって……」

「あーお前の母さんそういう表現するもんな。驚くな。俺は本当に外国へ行ってた。留学だ留学」

「りゅうがく」

「そうだよ留学。高三の六月から十二月まで短期ホームステイしてたんだよ」

 母の例えるあの世ではなくモノホンの外国?

「証拠がてらのお土産もあるぞ。ほれ、魔除けのお面」

「え、いらない」

 どこの国産かもわからん不気味な面を片手ではね除け葉月はしつこくもう一度「ねえ本当に死んでない? 本当に留学? 本当に外国行ってたの?」

「しつけー本当だよ。ちなみにいずみもりちゃんも留学だから。そのまま向こうでピンピン生きてるぞ」

「ウソぉ!?」

「韓国で本場のコチュジャンは風味が違うって二人して唇真っ赤にしてる写真付きの手紙が送られてきたぞ」

 泉と森ちゃんはクラスメイトで葉月の貴重な友人だ。

 この二人も母から外国へ行ったと聞き、誠也の死と立て続けに二人のことを聞いた俺は病室で泣き叫んだ。

 母さんめ。語弊のある言い方しやがって。


 ていうかそれより、


「俺、二人から手紙貰ってないんだけど」

 超ショック。

 高校二年の夏から入院で学校に来れなかったといえ、たった二年で自分たちはこんなに疎遠になってしまったのか。いつの間にか溝が生まれてしまったのか。

「留学なら留学だって言いに来いよ……友達三人一気に死んだと塞ぎこんだ俺の身になれよ。毎日発狂してたぞ」

「だから見舞いに行けなかったんだよ。いや、俺たち病室の前まで来たんだ。高三の夏休み、お前の容態がヤバいって聞いて病院に駆けつけた。でも葉月が物凄い取り乱してたから刺激しちゃいかんと出るに出られなかったんだよ俺たち。手紙も同じく」

「出ろよ! 出せよ! めちゃくちゃ落ち込んだし悲しんだんだぞ!」


 俺があの時どういう気持ちで!

 絞り出すような葉月の声に隣から「ごめん」と小さな呟きが返ってきた。


「そうだよな。変な気遣いせずお前に会えばよかったよ」

「母さんも母さんだよ。あんな言い方されたら誤解するだろ」

「そうだな。俺もお前の母さんも、泉も森ちゃんも、葉月、お前も少しずつズレてたんだよな」



 花火が打ち上がる。



 大きな音が鳴る後に遅れて夜空に大輪の花が咲く。


「ほんとだよ。なんだよこのすれ違い。悲劇かよ」

「間抜けなシェイクスピアといったところか」

「ははは! それは秀逸なタイトルだ」


 葉月と誠也は笑った。


 ドーン! と二人の笑い声は開花の音でかき消される。

 花火が夜空一面に咲いていた。

 眩い光はこちらにも降り注ぎ、おこぼれの輝きが周囲を照らすと共に境内前の階段で笑う人影を濃くした。

 境内に伸びる影は一つだけ。


「さてと、」

 葉月は貰った不気味な面をかぶると立ち上がる。

「俺は一足先に出発するよ。良い土産ができて嬉しかった」

「ああ」

 誠也が頭上の花火から目を離した頃には隣に友人の姿はなかった。

 友人は誰よりも早く彼のいう“外国”へ行ってしまったのだ。




***



 入院先の病院で母から友人の話を聞いた時、葉月は自分より先に友人が旅立ってしまったと絶望した。

 誠也たちのことを忘れたことはなかった。

 突如現れた病魔に苦しめられながらも、友人たちの姿に励まされ頑張ってきた。

 退院して三人と受験勉強するのが葉月にとってたった一つの希望だった。


 誠也も泉も森ちゃんも、もういない。

 病床で横たわる自分だけが残ってしまった。



「俺も、皆のいる外国へ行きたいな……」



 ぽつりと呟き、葉月は静かに目を閉じた。





***




遠くで。


 祭囃子の音がきこえる。


「……葉月?」



 もう交わることのない、真夏の夜。





切なめな夏の短編、読んでくださりありがとうございました!

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