1日1回キスをする。それがこのループを抜け出す条件です。
『今朝のニュースです。昨日、拳銃を持った30代程と見られる男性が──』
僕は、歯ブラシを落とした。
このニュース、昨日も見たぞ……?
いやいや待て待て。
同じような事件があったんだろう。
一撃で僕の疑問を解消するには──
「霧葉!今日って何月何日だ!?」
僕はキッチンで朝夕ご飯を作ってくれている、可愛い中学1年生の妹に、やや叫び気味に訊ねた。
そして、妹の霧葉は恐ろしい事実を口にした。
「え、今日はクリスマスイブでしょ。ぼっちだからって忘れようとしたって無駄だよ?」
「……悲しい事実を伝えてくれてありがとう……ちょっと外出てくる……」
「ちょっと、朝ご飯は──てか、もう少しで──」
「……」
「……お兄ちゃん……?」
霧葉が口にした日付、それは12月24日。
昨日の日付──正確には僕から見た昨日である。
今皆が感じているのは昨日でも何でもなく、ただ純然たる今日なのだろうな。
……なんで?
僕、ラプラスの悪魔にでも魅入られたのか!?
くそ……訳が分からないよ……きゅっぷい。
駄目だ、完全にパニックになってるぞ僕……
玄関でゆっくりと靴を履き、ドアノブに3度程手をかすらせながら4度目でドアを開けた。
すると──
「おっす!オラ詩織!準備は出来たかい少年!」
「詩織……?」
僕の目の前に居たのは、桂 詩織。
所謂幼なじみだ。
黒髪をポニーテールで纏め、快活そうな見た目に巨乳を合わせ持つ、多くの層にクリティカルを決めそうな女の子。
「お前……何でうちに……?」
「はいぃ?怒るよ?じん君」
玄関の前で、ぷりぷりと頬を膨らませている詩織は、腰に手を当てて僕を睨む。
そうそう、じん君ってのは僕の事。
高校2年生の朝日ヶ丘 陣、それが僕のフルネーム。
まぁそれは良いとして、いや本当になんで詩織が──あ、そうだ。お一人様のクリスマスイブは回避しよう、とかそんなノリで二人で出掛ける事にしたんだ。
昨日も詩織と色々街を彷徨いたじゃないか。
「……悪い、今日が楽しみで寝不足だったんだ。頭が働いて無いだけだよ」
「! そ、そう……楽しみ……だったなら仕方ないね」
「……ごめんな。っと、行こうか、デート」
「デ!? ねぇ……何か今日のじん君変だよ。いつもなら言わない事言ってる……」
……さすが幼なじみ。
こいつは頭も切れるし、相談するには持ってこいなのだが……
詩織からしたら1回目のデートだ。
余計な事を言って今日を潰させたくはない。
それに今日という日を楽しみにしてたのも本当だ。
好きな奴とクリスマスイブを過ごせるんだ。
これ程嬉しい事なんて他に無いだろう。
ま、この気持ちを口にした事は無いがな。
……もしも、また明日が来ないなら、試しに告白してみて、詩織の気持ちを探れるのでは……?
──使える……!
僕には明日が来て欲しい理由なんて無い。
永遠に冬休みな訳だし、詩織と何回もデート出来る。
ただ今日が終わり、明日が訪れた場合、告白が成功していれば良いが……
失敗だったら詰むぞこれ。
慎重に事を運ぶか。
確か昨日は──
「詩織、悪いけど5分くらい待っててくれ。霧葉の朝ご飯をかけ込んでくる!」
「はいはい、じん君の事待つのは慣れてるからいいよ」
「ありがと!」
僕はその後、出来るだけ昨日と同じようにクリスマスイブを過ごした。
ウインドウショッピングは同じ所を周り、昼ご飯等も、きちんと記憶の限りを尽くした。
少しだけ変わった事をしてみたのは──
「……あっ、手が……」
「ご、ごめん詩織……嫌だったか?」
「……ううん……ひひっ手繋ごっかじん君!」
「……あぁ」
これくらいは許してくれよ、居るか知らんがタイムリープの神様。
さて、いよいよ日も暮れ、木々に装飾されたイルミネーションの歩道を通っての帰り道。
昨日はここで特に何も無く、帰ってしまった。
もう1回があるかは分からない。
ただ2回目のチャンスを棒に振るのは、勿体無さすぎる……!
だから、例え失敗しようと勇気を持て、僕!!
「詩織、ちょっといいか?」
「うん?どったの?」
「……えっ……と……ぼ、僕は……」
「え、どしたのじん君……顔真っ赤だよ……?」
……こゆ時は察し悪いのね。
くそっ、どうにでもなれ!
「詩織!僕は詩織が好きだ!ずっと好きだった!!僕と付き合ってくれ!!」
何の捻りも無い、どストレートな告白。
だっさいなぁ僕は……
詩織もびっくりして全然何も言ってくれないし……
1分程、詩織は目を見開いて固まっていた。
え、死んでる……?
長い長い1分後、詩織は見開いた瞳から涙を溢しながら──
「ずっと……ずっと待ってたよ。私を世界一幸せな彼女にしてねじん君……!!」
──僕達は抱き合ってちょん、とキスをした。
※
そしてあっさりと明日は訪れた。
詩織とは上手く付き合え、ループからも解放され、これ以上幸せなことなどあるだろうか──いやない!!
「ハハハ!!ありがとう神様!!もう一度チャンスをくれたんだな!!褒美だ年明けは諭吉をくれてやるーーー!!!」
えぇ、それはもう完全に調子に乗っていましたよ。
自分の部屋の窓に足を乗せ、ハイテンションで叫びまくった。
だが、こんな事をしている場合じゃ無かったんだ。
12月25日を迎えた僕は今日も詩織とデートをし、幸せなまま眠りについた。
そして12月25日は訪れる──
「なんでだよ!?」
自分の部屋の窓から僕は叫んだ。
わ、訳が分からないよ……きゅっぷい。
あぁ駄目だ、また頭がおかしくなっている。
冷静になれ……24日を越えられた日との違いはなんだ!?
詩織とは付き合えたから、これはトリガーじゃない。
なら何だ……?
──1つの可能性にたどり着く。
「キス……?」
そうだ、これじゃないのか……?
昨日はキスをせず、普通に帰った。手は繋いだけど。
……チキった訳じゃないよ?
そして疑心は確信へと変わった。
──プルルル……
僕のスマホに電話が入ったのだ。
相手は詩織だった。
「もしもし?じん君?」
「あ、あぁ……どうしたんだこんな朝から……?」
この時、僕は気付くべきだった。
昨日は詩織から電話なんか無かった。
「あ、あのさ。今から私が言うこと、頭がおかしくなったとかじゃないから、よく聞いてね──」
曰く、詩織には昨日の記憶があり、僕と同じように昨日を繰り返しているという。
ブルータスお前もか……
いや待て。
と言うことは、僕がキスをしたから、このループに巻き込んだんじゃ!?
「し、詩織……とにかく今から会えないか?R&ABCで待ち合わせしよう」
「わ、分かった!」
R&ABC、これは僕の祖母が経営している喫茶店だ。
よくこうして二人で話す時に昔から使っている。
電話を切ってから15分後、僕達は店に集まり、テーブルに着いてから状況を確認した。
「いいか?僕達は今何かの条件を満たさない限り、このループから抜け出せない。そしてその条件とは──」
「キス、だね」
「!」
さすがだな……ループに気付いてこの短期間でそこまで頭が回ったのか。
なら話は簡単だ。
「詩織、下心があって言う訳じゃない。もし嫌なら断ってくれても構わない──」
「いいよ」
「え?まだ何も言ってない……」
「1日1回キスをしてくれって言うんでしょ。いいよ、私も……したいから……き、キス」
頬を染めていじらしいことを言ってくれる詩織は、まるで天使のようだった。
僕は天使の手を取り、真剣な顔で見つめた。
「結婚しよう」
「じん君、私の初めてを奪ってから言おうね?」
「初め……!?」
「ほら、今お客さん居ないし、顔近付けてよ」
「さ、さっそくですか!?」
「……何なら1回じゃなくていいんだけど」
「詩織さん!?」
詩織は彼女になってからグイグイ来るタイプだった。
……お婆ちゃんも今キッチンだし、やるなら今か。
「はい、どーぞ」
「ず、ずるいって……ったく──」
そして、付き合ってから2回目のキスを僕達は交わした。
……ホント、唇やわらかいなこいつ。
※
「12月26日だーーー!!!」
僕はとうとうこのループのルールを把握した!!
1日1回のキスでこのループは抜け出せる!!
間違いない!!
ハハハ!!僕は今究極のパワーを手に入れたのだーーーっ!!!
理由なんてどうでもいい!
これは使えるぞ……!!
……まぁ悪い事をすれば、全部詩織にバレるからそんなに使えないかもだけど。
そんなこんなで僕は毎日詩織と会い、キスをした。
幸せな日々だったよ。
だが新学期を迎えた時に問題が起こった。
「朝日ヶ丘君、好きです。付き合って下さい」
「へ?」
僕の目の前に居るのは同じクラスの、時岡 御幸さん。
放課後に突然呼び出され、中庭なのに誰も居ない穴場スポットに僕は居る。
鈍感という言葉とは程遠い僕は、この状況に一つの可能性を見出だした。
「いくら積まれた!?僕に告白してOKするかというゲームを行うのにいくら積まれたんだ!?」
「違う。本気。私は貴方を愛している」
……なんで?
いや同じクラスだけど喋ったことあったっけ?
名前と顔は分かる。その程度の仲だろう僕達。
それに君、表情がずっと一緒で感情が何一つ伝わって来ないんだよ!
はっきり言って怖いよ!
何で告白してるのにそんなに無表情なんだ!!
「あ、あのさ、時岡さん。僕達ほとんど喋った事無いよね?なのにいきなり告白されても……それに僕、彼女いるし……」
そうなのだ。
僕には可愛い彼女が居るんだ!
君と遊んでいる場合じゃ──
「関係ない。2番目でもいいし、体だけの関係でも良い。だから貴方の側にいさせて」
「ど、どうしてそこまで……」
「私の気持ち、伝わらない?だったら──」
僕はこの日、油断大敵という言葉を、深く身に染み込ませた。
「ちょ、お前──」
「……ん……」
僕の頭を優しく包み込んで、唇に唇を重ねられた。
詩織よりも薄い唇だが、ひんやりと気持ち良いキスは、僕の思考を完全にショートさせた。
「もっとしたくなったら言って。また明日、同じ時間にここで返事を下さい。今日はこれで──」
時岡さんはそのまま僕に背中を見せて走り去って行った。
去り際の彼女の頬は、僅かに赤らんでいたような……
「な、なんだったんだ……」
僕は、頭がパンクしたまま帰路へついた。
※
「じん君、遅いなぁ……」
いつもなら校門の前で待ち合わせして、そのまま一緒に帰るのに……
何かあったのかな?
──ブブッ
お、スマホにメッセージが。
「じん君!」
メッセージを開くと、じん君はどうやらクラスメイトに掃除を言い付けられたらしい。
……怪しい。
今までそんな事あったっけ?
友達の少ない彼が、クラスメイトと交流を持つなんて……
いつものじん君なら、「知るか、僕は帰る」って言ってクラスの反感を買いながら、即私の元に来る。
……それが私はちょっと嬉しい。
じゃなかった。
そうだよ、このメッセージはかなり怪しい。
んー……でも、あまりじん君の事は疑いたくない。
「仕方ない……今日だけだよ……じん君のバカ」
私は少々待ち惚けを喰らったものの、じん君よりも先に家へと帰った。
そして、最近あまりにも当たり前になっていた、二人の大切な儀式を忘れていた事に次の日の朝に気付く。
「あ!!しまった!キス!!!」
昨日はキスをするのを忘れてた!
と言うことは、また昨日が繰り返されちゃうんじゃ……
何かの間違いで日付が進んでたりしないかな!?
別に何か困る事が有るわけじゃないけど、同じ授業を受けるのは、正直かったるい……
「スマホ──」
私はさっさと今日の日付を確認する為に、スマホの画面を見つめた。
驚いたのはその時だ。
「え……明日になってる……」
……昨日は間違いなくキスをしていない。
今まで、キスをしなければ明日が来ないのか、不安だからちょくちょく確認をしながら今日まで来てたんだけど……
キスをせずに次の日が訪れる事は、一度足りとも無かった。
──フフフ……
そう……そういう事……
……何かの間違いであって欲しかったよ……
じん君……私は絶対許せない事があるの……
──私はスマホを手に取り、じん君へ電話を掛けた。
「もしもし!詩織?どうした?」
あー……まだ気付いて無いんだね。
おっけぇ……なら、戦争だね……!!
「じん君、だーいじなお話があります」
「え、う、うん……今、聞いてもいいか……?」
「もちろん!!」
「あ、ありがとう……それで……?」
私は明るいトーンから一転、一気に声を落として、決定的な一言を告げた。
「じん君の浮気についてのお話だよ──昨日一体どこの女とキスをしたの……!!!」
お読み下さりありがとうございます!
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