魔女の絨毯
「炎」、「絨毯」、「禁じられた魔法」を使って童話を作りました。
昔、あるところにアプリコットという少女がいた。彼女は病気がちの母親と育ち盛りの弟のために、毎日村の仕事の手伝いをして暮らしていた。彼女の仕事は畑の手伝い、家畜の世話、魔法で火を付けるといった決して楽ではないものばかりだった。そんな彼女を隣に住むジョットという青年が支えていた。彼は王様の住む町から来ており、村の子供たちに勉強を教えている。アプリコットは彼を尊敬していたが、村人たちからは完全によそ者として扱われていた。
ある日、ジョットは面白いものをもらったと言って彼女を自分の家に招いた。彼の家はアプリコットの家より一回り大きいが、中には5人ほどの男がおり、狭い。男たちはぼろぼろの布を身にまとい薄いスープをすすっていたが、表情は明るい。彼女の姿を認めると挨拶をした。彼女も彼らに無邪気に笑顔で手を振る。ジョットとアプリコットは居間を抜け、奥の部屋へ進む。そこは天井近くに開いた窓から細い光が差し込む薄暗く、寒い部屋だった。
「アニー。こっちだよ。これを見せたかったんだ」
「わあ、きれい! なにこれ?」
それは木のテーブルの上にのっていた。液体に満たされた手のひらに収まりそうな大きさのガラス容器で、太陽の光を受けて紫がかった不思議な色を発している。
「森の薬屋のおばあさんからもらったものだよ。飲むと体が軽くなって空を飛べるらしい」
「鳥になれるのね!」
期待に胸を膨らませて彼女はその瓶を見つめる。そばかすの浮いた白い頬が興奮でわずかに紅潮している。彼女の前で彼はふたを開け、中身を飲み干した。テーブルに空の容器を戻した瞬間、彼の体は膨れ上がり、縮む。あとには独特な刺繍の施された立派な絨毯が残されていた。
「だ、大丈夫かしら、ジョット?」
心配する彼女と、それを見て歓声を上げる居間の男たち。すると絨毯はわずかに身じろぎをした。
「安心して、アニー。僕は体が変わったけど君のことはちゃんと見えるよ。それにこの通り、しゃべることもできる」
彼は体を起こした。絨毯が蛇のように頭をもたげて立ち上がる。アプリコットは感嘆の声を上げ、その感触を確かめる。この薄汚い床には場違いなほど滑らかでうっとりするほど気持ちいい手触りに彼女は夢中なようだ。
「さあ、空を飛ぼう、アニー。今ならどこへだっていけそうだ」
彼は地面に広がり、彼女は恐る恐る手をついて乗る。煌びやかな布は軽々と浮き上がり、彼女を乗せて家を出る。天井がない空をふたりは駆け抜ける。彼女は無邪気に眼下に広がる畑や見上げる人を指さして笑う。彼もそんな彼女の様子を見てさらに速く飛び回る。
「ねえ、ジョット。私、あなたの生まれた町を見てみたいわ」
「うん、いいね。僕も丁度行きたいと思っていたよ」
彼らは山と川を二つ超え、大きな町にたどり着いた。そこでは村では見られないほどの人がおり、楽し気な音楽や見たことも聞いたこともない動物がいた。そしてそこは高い石の壁に囲まれており、ふたりは壁の上にいる兵士に呼び止められる。
「おーい。君たちは何者だ?」
驚いた様子で尋ねる彼にアプリコットは
「遠い村から来たの! 彼の家に行く途中よ!」
と答えた。彼とは誰のことだろう? そう疑問を浮かべた一瞬のうちに彼らは壁を飛び越えて町に入ってしまった。
「緊急! 緊急!」
遠くで鐘の音が鳴り響くのを聞きながら、彼女はジョットに尋ねる。
「あのおじさんは何をしている人なの?」
「彼は町の案内をしてくれる人だよ」
「ふーん。あんな高いところで仕事なんて。落ちたら大変だわ」
ふたりは町をぐるりと周り、やがてジョットが口を開く。
「アニーに頼みたいことがあるけど、いいかな」
「いいよ。どうしたの?」
「実は僕の住んでいる町では火をともす魔法がないんだ。日が落ちるとみんな寒い思いをして大変だろう? だから君に火をつけてほしいんだ」
「うん。それなら任せて。私得意なんだあ。どこにつければいいの?」
日は落ちかけている。夜になれば寒くなる人々を思い浮かべて彼女は身を乗り出す。
「あのオレンジ色の屋根の家があるよね。あそこにつけて」
「でも家が燃えちゃうよ」
「大丈夫。あそこは空き家なんだ」
半信半疑で彼女は魔法を唱えた。火の球は彼の言ったとおりの家にぶつかり、燃え上がる。その周囲が明るくなり、人々の大きな声が聞こえる。
「喜んでくれているみたいだよ。まだまだあるからやっていこう」
彼は空を飛び、町のあちこちに彼女を連れていく。彼女は彼の言葉を頼りに火をつけていく。赤い屋根の家、青い屋根の家、緑の屋根の家。いくつもの家に火をつけ、夜にもかかわらず、町は煌々とした明りに照らされていた。
「やったね。ありがとう、アニー。君のおかげでこの町は救われたよ」
絨毯の真下から聞こえる声はどこか悲鳴のように聞こえた。彼女は無邪気に笑いながら
「よかったあ。じゃあジョットの家に連れて行ってよ」
その時、絨毯に向けて矢が放たれた。何本かは刺さり、布に赤黒い液体が広がる。ふたりは悲鳴を上げて燃え盛る町に真っ直ぐに落ちていった。
焼け跡から少女の遺体が見つかったのは夜明けの数時間後だった。鎧をまとった兵士がそれを十字架にかけ、町の人々はその黒い人型に向けて石と憎悪を投げかけた。憎悪は彼女を黒い魔女として形どり、その噂は国中を駆け巡った。そして日が頭上まで登り切った時、王は火をおこす魔法と空を飛ぶ魔法を禁じた。空を飛んだ彼女は災厄の魔女として後世まで語り継がれ、飛行機を発明するまで空は彼女の霊がいると恐れられていたとさ。
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