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09 オーク姫って褒めてないからね!

「お姉さま?」


 キョトンとして、エリスティアがアリスティアを見上げた。


「お父様だと手加減しちゃうかも知れないからね。私なら、結果がどうあれ納得できるでしょ?」


 エリスティアの顔が、パアァとほころんだ。


「はい! お姉さまにすべてを託します!」


 エリスティアにそう言われてしまっては、グレゴリオにも止めようがない。ゆったりとしたドレスの淑女は、のしのしと演習場へ向かって階段を降りていった。


「何だ? グレゴリオではなく、太いほうが降りてくるぞ。まさか、俺の相手をしようというのか?」


 憮然としたアーヴァインに、顔色を変えたゲイブルが背後で耳打ちした。


「恐れながら申し上げます。決して油断なさらぬように」


 あ? 見下したような一瞥が返ってきた。


「魔法が使えぬデブに何が出来るというのだ?」

「あのお方は……オークです」

「あぁ?」


 ますます意味がわからない。貴族らしからぬ体型から、平民に“オーク姫”と揶揄されているのは知っているが、配下の騎士にまでオーク呼ばわりされた上に、なぜか恐れられている。


 そんなことを考えている間に、アリスティアが正面に来た。


「ゲイブル、剣を貸して」

「はっ!」


 武骨な騎士が腰の剣を抜いて、握りを差し出した。


「まさか、アリスティア様がお出ましになるとは……」

「何でも命じればいいと思ってる殿下に、女の意地を見せないとね」

「どうか、お手柔らかに……」


 ゲイブルは、ささっと身を引いた。太っていることから貴族や平民から冷ややかな目で見られているアリスティアだが、騎士だけは対応が違っていた。剣技においては一目置かれているらしい。


「女だてらに俺と剣を交えようとは、身の程知らずとはこのことだな」


 見下すアーヴァインを無視して、ゲイブルの剣がブンブンと確かめるように振られた。


「ちょっと重いけど、いい剣ね。じゃあ――ジャレンス、だっけ? 勝負の立ち会い人をお願いね」


 王都からきた若き騎士は、意外そうな顔をした。


「私でよろしいのですか?」

「その方が公平でいいのよ。地の利は私にあるからね」


 若き騎士は、都会の男らしく洗練された所作で頭を下げた。


「畏まりました」


 アーヴァインの剣の切っ先が、真っ直ぐアリスティアを指す。


「かかってくるがいい。その体型で何が出来るのか、確かめてやろう」

「お言葉に甘えますわ」


 スカートの裾がつままれ、音もなく頭が下げられた。右手に剣を携えながらの見事なカーテシーに、立ち会い人を引き受けたジャレンスは目を奪われた。太っていなければ――と思わずにいられない。


「始め!」


 ジャレンスの宣告が会場に響いた。「ワアァ」と見守る者たちが盛り上がった、その瞬間――。


 アリスティアの丸い体が、砲弾のようにアーヴァインに向かって放たれた。体型からは想像のつかない瞬発力だ。


「なっ!?」


 目を見開くアーヴァインのみぞおちに、アリスティアの肩からの体当たりが炸裂する。


 げふっ!!!! 情けない呻きを残して、アーヴァインの体が吹き飛んだ。


「バ、バカな!」


 2メートルほど先の地面で尻餅をついたアーヴァインは、すぐさま立ち上がろうと身を起こすが、一足先にアリスティアの剣が突きつけられた。


「私の勝ち、ですね?」


 丸い顔に、満面の笑みが浮かんでいる。


「驚かれましたか? 太っていても鍛錬を欠かしたことはありませんの」

「し、勝者、ア……」


 アリスティアに軍配を上げようとするジャレンスを、アーヴァインの手が制した。


「待て! 油断しただけだ! 勝負はこれから!」


 油断した時点で負けだと思うが、アリスティアは口に出さない。どうせ、アーヴァイン(そっち)の納得がいくまで勝敗はつかないのだ。


「その体で突進してくるとは、まさしくオークだな!」

「それ、褒めてませんわよ? 殿下」

「ぬかせ!」


 先ほどゲイブルを攻め立てた剣がアリスティアに迫る。目にも止まらぬ連撃は鋭く、まるで敵に振るうかのように一切の容赦がない。だが――

 アリスティアはクルクルと回りながら全て弾き返した。正面で、背中で、剣が自在に弧を描き、危なげなく凌いでいく。


(くっ、円の動き……だと。バカな!)


 堪らずアーヴァインは、後ろに飛んで間を取った。剣を持つ手がビリビリと痺れて、小刻みに震えている。体重が乗った上に回った反動まで加わり、一撃一撃がかつて味わったことがないほど重いのだ。


「すごい……」


 観覧席のエルウィック第二王子が感嘆を漏らした。その声をエリスティアは聞き逃さない。


「そうでしょう!? アリスティアお姉さまはすごいお方なんです!」


 キラキラ輝く天使姫の瞳に、エルウィックは思わず頬を染めた。


「は、はい。兄上の剣をあんな華麗に防ぐなんて、素晴らしいです」


 敬愛する姉を褒められ、エリスティアはもうニッコニコだ。そして、その様をグレゴリオは見逃さない。


(エリスティアとエルウィック殿下が親しく……。あるのか!? そっちは脈があるのか!?)


 グレゴリオの拳がエリスティアに見えないところで、グッと握られる中、演習場はどよめきを抑えられなかった。


「オークだ……」

「強い……」

「これが、オーク姫たる所以か……」


 主に、王都の騎士たちから心の声がだだ漏れている。


「もーっ! お姉さまに対して無礼ですよ!」


 エリスティアの一喝に、騎士たちが慌てて口をつぐんだ。辺境の天使姫は、太った姉のことになると人が変わったように声を荒げる。


 アーヴァインが乱れた前髪を直しながら睨んだ。黙っていれば美形なのに、とアリスティアはちょっと思った。


「……女だてらに剣技を磨くなど、無駄とは思わんのか?」

「辺境は厳しいところなのです、殿下。魔物も隣国も、女だからといって手加減してくれませんから」


 まさしく正論だった。王都の騎士たちは気づかされ、辺境の騎士たちはうなずいた。この姫君は、辺境領主の第一後継者としての心構えをすでに持っている。――淑女にあるまじき太さであること以外は。


「おのれ……俺に口答えとは……覚悟の上だろうな?」


 あれ? 言い過ぎた? まずい展開じゃない?


「わが威光を受けて後悔するがいい! “軍神の――」


 アリスティアの芝居がかった悲鳴が上がった。


「あ~~れ~~~~っ! レディを動けなくしてどうするつもり~~っ!」


 ピタリとアーヴァインの動きが止まった。何を言い出すんだ? この女は。


「あんなことや、こんなことをするつもりね~~っ! イヤ~~~ン!!!」


 観覧席のエルウィックが立ち上がって、精一杯の声を張った。


「あ、兄上! 女性を動けなくするなど、破廉恥です!」

「何を言う、エルウィック! こいつを女扱いなど……」

「隙ありっ!」


 アリスティアの丸い体が、再び突進した。最初に見せたぶちかましだ。


「しまっ……!」


 ドーーン! アーヴァインの体が為す術なく吹き飛ばされ、またしても無様に尻餅をつく。


「くっ!」


 すぐさま立ち上がるが、そこに勝ち誇った姫騎士の姿はなく、あるのは――剣を地に置き、優雅に跪く淑女の姿だった。


「王家の威光を示さずとも、我が忠義は殿下にあります。お気に召さぬようでしたら、お手討ちに」

「なん……だと……」


 しおらしく目を伏せるまつげは長く、痩せさえすれば美少女であることをうかがわせる。


「お前は……剣技のために、太っているのか?」


 真ん丸の顔がニッコリと微笑んだ。


「いえ、太っているから、この剣技を編み出したのです」

「では、痩せればよいではないか! それならば……俺も……」

「え?」

「もうよい! 不意打ちばかりで不愉快な剣だ! 引き上げるぞ、ジャレンス!」

「は、はっ!」


 幼いころは妹以上の美しさとされた姫……いつか顔を合わせることを楽しみにしていた。それなのに、10歳を境にしての突如の激太り……。それ故に歯がゆさが募る。


 結局、勝負はうやむやとなり、王都の騎士と辺境の騎士の合同演習は終わりを告げた。

 ジャレンスは静かに頭を下げると、「引き上げだ!」と号令を発した。


 演習場を去る王都の騎士たちの列に逆行して、可憐なドレスの少女が駆け込んでくる。


「お姉さま、大好き!」

「もう、走るなんてはしたないわよ」


 エリスティアを抱き止めながら、脂肪がMPマジックポイントの最強魔法使いは、これでトラブルも一段落かなと胸をなで下ろすのだった。


次回更新は、4/14(木)に『転生少女の七変化キャラクターチェンジ ~病弱だった少女が病床で作った最強7キャラで、異世界をちょっと良くする物語~』をアップ予定です。

https://ncode.syosetu.com/n2028go/

もしくは画面上の、作者:イリロウ のリンクから

どちらも読んでもらえるとうれしいです!


【大切なお願い】

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

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