06 妹が天使姫になったよ
遙か昔のこと、オーキンの地名はオークキラーと讃えられた公爵がオーキンを名乗ったことから来ている。それぐらいこの地には魔物のオークが多く現れ、オーキン家が討伐してきたのだ。それなのに……
馬車からアリスティアが降りると、遠巻きに囲んでいる民衆がざわついた。
「オーク姫だ……」
「ますます太ったんじゃねぇか?」
「節制も出来ない豚が姫様とは、グレゴリオ様も不憫なことで……」
聞こえてるよ~。不敬だよ~。いつものことなので慣れているが、さすがのアリスティアも半目を空に向ける。続いて、エリスティアが馬車を降りた。
どんよりとした空気が、パアァと華やいだ。
「ほほ~ぅ、ますますお美しくなられた!」
「まるで天使様のよう……」
「きっと素敵な神託を授かるわ」
わかってたけど、ずいぶんな扱いの差ねぇ。
いたたまれないのか、グレゴリオは民に手を振ることなく神殿に入っていく。イサドラに手を引かれて、エリスティアが続いた。太ったアリスティアはいつも置いてきぼりだが、ポールソンが見守るように背後に仕えていた。
神殿の礼拝堂には、4年前、前代未聞の魔法を授けてくれた水晶球がある。太らないと使えないとか、戯れにも程があるでしょ?
「さ、手をかざされよ」
年老いた神官の言葉にためらい、エリスティアは不安そうに振り返った。
そこには、アリスティアのまん丸の笑顔があった。何があっても大丈夫、私がついてるよ――。はち切れんばかりのほっぺたがそう言っていた。
ほっと心を落ち着けたエリスティアは、跪いて祈りを捧げた。
(どうか、お姉さまの力になれる魔法をお授け下さい)
窓から射す光の中で手を合わせるエリスティアは、まるで絵画に描かれた天使のように美しく、見守る神官たちの「ほう……」というため息が聞こえてくる。
青く輝く大きな瞳を開くと、エリスティアは右手を水晶球にかざした。金色の穏やかな輝きと共に浮かび上がったのは――
「おお! 聖魔法じゃ! 数百年ぶりに聖女様となるべきお方が降誕なされたぞ!」
礼拝堂が感喜に沸いた。それもそのはず、聖魔法は究極の癒やしの魔法で、どんな怪我や病も治すといわれている。何より聖魔法とは、天使のような見目麗しい姫に相応しい。
「MPは!? MPはどうなのだ!?」
グレゴリオが大声で問うた。無理もない、アリスティアのようにMPが0では、宝の持ち腐れなのだ。
「ご安心下され、10歳に相応しい量をお持ちだ。歳と共に増えていかれますじゃろう」
「そうか……」
ほっと胸をなで下ろしたグレゴリオが、肩の力を緩めた。
「あなた……」
同じく安堵したイサドラが、グレゴリオの逞しい腕に寄り添った。うんうん、仲が良くてよろしい。
老神官が、チラリとアリスティアを見た。
「して、アリスティア様のMPはあれから……」
「増えてないわよ。0のまま」
「そうですか……。あれほどの魔法を授かりながら、なんと残酷な……」
まぁまぁ、気にしないで。脂肪を燃やせば使えるから――とは、ナイショなので言えない。ゴメンね。
聖魔法を授かった妹が、金色の髪を揺らしながら駆け寄ってくる。我が妹ながらマジ天使。
「お姉さま、私……」
「よかったね、エリス、ちゃんとした魔法が授かって。ほっとしたよ」
「けど、聖魔法だなんて……。これでは、ますますお姉さまに心ない言葉が……」
オーク姫の姉と、聖なる力を授かった妹。この格差は領民の格好の話のタネになるだろう。
「自慢の妹を持てて、うれしいよ」
ふくよかな体が、華奢な体をすっぽりと包んだ。丸々とした笑顔にウソはなく、心から美しい妹を祝福していた。
「お姉さま……お姉さまは本当は……誰からも敬われるお方なのに……」
「私のことは気にせず、授かった力でみんなを幸せにしてあげて」
「はい……お姉さま……」
イザベラは、実の娘であるエリスティアが、真っ先に太った血の繋がらぬ娘の元に向かったことが気に食わない。どうにかして、この醜い娘から美しい愛娘を引き剥がしたいと思うが、どうにもならずに唇を噛むばかりだ。
妻がそんなことを考えてることは露知らず、グレゴリオは仲の良い娘たちに目尻を下げていた。
◆ ◆ ◆
それから瞬く間に、聖魔法を授かった天使姫の誉れは、オーキンの領地を越えて、バレンシアの国中に広まった。
“天使のように美しい天使姫様が、聖魔法を授かったぞ!”
“天使姫様の微笑みは、万病を癒すらしい!”
“毎日聖水を作られて、領民に配られているそうよ!”
“それに比べてオーク姫は、ますます太って嘆かわしい……”
最後が余分だけど、ウソじゃないので仕方ない。
「ん~っ、いつもながらエリスの作ってくれたケーキは、おいしぃ~」
「レアチーズケーキはさっぱりとして食べやすいのに、カロリーたっぷりで太りやすいんですよ」
「いいね~、ホールでいけちゃいそ~っ」
「フフッ、お姉さまったら」
ドン引きしてる侍女たちの視線を尻目にお茶を嗜むのは、昼下がりのテラスのいつもの風景。すると、ポールソンが足早に王宮からの知らせを届けに来た。王太子であるアーヴァイン殿下と、第二王子であるエルウィック殿下が、聖魔法を授かったエリスティアを祝福に訪れるとのこと。
「ふうん……要するに、エリスの品定めね。私の時は便りも寄こさなかったくせに」
10歳になったばかりなのに――。顔をこわばらせるエリスティアに、アリスティアがいつものまぁるい笑顔を向けた。
「そんな顔しないの。貴族の娘は、嫁ぐのが何より大切な務めなんだから」
「それはそうですが……私は、お姉さまのそばに……」
「成人するまで、お父様が手放さないわよ。それより……」
アリスティアはレアチーズケーキを大きめに切り分けると、あ~んと大きな口に運んだ。
「これからバレンシアの国を背負う2人の王子殿下が、どんなお方なのか楽しみね」
もぐもぐと動くほっぺたの中、チーズの香りと甘味が広がっていった。
次回更新は、3/15(火)に『転生少女の七変化 ~病弱だった少女が病床で作った最強7キャラで、異世界をちょっと良くする物語~』をアップ予定です。
https://ncode.syosetu.com/n2028go/
もしくは画面上の、作者:イリロウ のリンクから
どちらも読んでもらえるとうれしいです!
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