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05 いっぱい食べて、魔法を使おう!

 異世界から来たお医者さんの言うことは、つまりこうだ。


 私はMPマジックポイントの代わりに、体内のエネルギーを消費して魔法を使ってる。エネルギーがなくなると、体を動かすことが出来なくなって、目を回して倒れてしまう。それを防ぐには……


「美しいお嬢さまには大変申し上げにくいですが、太る(・・)ことです。人は体に蓄積された脂肪を燃焼して、カロリーというエネルギーに変えることが出来ます。あなた様は、カロリーを消費して魔法を使う魔術師なのです」


 ポールソンとエリスティアの顔がサーッと青ざめた。太るなど、レディにとってあるまじきこと。だが、当のアリスティアは気にも留めずに尋ねた。


「太ればいいのね。どれぐらい?」

「治癒魔法を使われた際にドーナツ4つを食されたとのことですが、ドーナツ1つが約350キロカロリーなので、治癒魔法1回に1400キロカロリーが必要と思われます。体重に換算すると……」

「すると?」


 皆が固唾を飲んだ。


「脂肪1グラムが燃焼すると約7.2キロカロリーになりますので、194グラムとなります」


 大人しいエリスティアが、両手で口を覆ったとはいえ大きな声を出した。


「そんなに!?」


 身長の伸びと関係なく200グラムも太れば、きっちりと採寸された細い腰回りのドレスがすべて着られなくなる。そんなことになれば、お母様は激しくお怒りに――。


「10回は使えるようにしたいから、2キロは太らなきゃね」

「お姉さま?」


 まったく動じないアリスティアに、エリスティアは目を丸くした。


「それに、私の頭の中にある魔法リストの……そうね、真ん中ぐらいまでは使えるようになりたいから、20キロは太りたいわね」


 20キロ!? ポールソンの体が飛び跳ねた。ポッテリと太ったアリスティアの姿が浮かぶ。


「アリスティア様! なりませぬ! 20キロも太れば、社交界のいい笑いものです!」

「それがなに?」


 見返された真っ直ぐな目に老執事が気圧された。


「父のあと、この地を治めるのは私です。父が剣で領民を守るように、私は魔法で守りましょう。見た目などどうでもよいことです」

「アリスティア様……」

「お姉さま……」


 貴族の最高位である公爵家のプライドが、ポールソンとエリスティアの心を射貫いた。まだまだ幼い面影を残す令嬢には、すでに当主としての覚悟が備わっていたのだ。


「御意にございます。このポールソン、これまで以上にアリスティア様に尽くさせて頂きます」


 立派になられた……。頭を下げながらもほころぶ頬を、老執事は隠そうとしなかった。

 幼い妹が、そっとアリスティアの手を取った。


「お姉さま……お姉さまはきっと……太られても美しいと思います」

「ありがとう、エリス」


 アリスティアは、小さな手を握り返すと皆に告げた。


「私が脂肪を使って魔法を使うことは、ここにいる4人の秘密です。誰にも口外してはなりません!」


 エリスティアの碧い目が、ビックリして大きくなった。


「そんな! ナイショにしたら、お姉さまがただ太ってるだけの子になります!」


 すべてを察したユージン医師とポールソンが、同時にうなずいた。


「お嬢さまは賢明な方ですな」

「はい。適切な処置でございます」


 エリスティアは納得がいかない。


「どうして!?」

「あのね、エリス。魔術師はね、あと何回魔法が使えるかバレたらまずいの。例えば、【フレイムアロー】をあと1回しか撃てないってわかったら、みんなで襲いかかってくるでしょう? だから、魔法を使うと痩せる理由は、何としても隠し通さなきゃ」

「そんな……」


 ――理由もなく、ただ太っていくお姉さまを、お父さまもお母さまも許すわけがない。


「せめて、お父さまとお母さまにはお知らせを……」

「ううん……」


 ピンクの髪が、残念そうに揺れた。


「お父様はウソをつけない方よ。酒の席でつい、私が魔法を使えることを自慢してしまうでしょうね。お母様は……娘が太ってることを奥様方に笑われたら、理由を言わずにいられないわ」


 酒を飲みながらガハガハ笑う父と、洋扇を口に当ててオーッホッホッと高笑いする母の姿を思い浮かべて、エリスティアの肩ががっくりと落ちた。


「お姉さまの……言う通りです。ヒミツを守ってくださるとは思えません。家の格を重んじてしまいますから……」

「でしょ? 気にしない、気にしない。私が太ったダメレディになって、怒られればいいだけなんだから」

「お姉さま……」

「強いお方ですね、アリスティア様は」


 ユージン医師が、あらたまって身を乗り出した。


「急激な過食は避けられますように。運動もしっかりして、じっくりと脂肪を蓄えることを心がけて下さい」

「どんなものを食べればいいの?」

「肉、魚、野菜をバランスよく摂取できるもの……例えば、具だくさんの山盛りスープなどがよろしいでしょう。私の元の世界では、それをちゃんこ鍋と呼んでおりました」

「チャンコナベ? ……ふうん、試してみるわ」

「あとは、ドーナツなどのスイーツもカロリーが高いので、オススメです」

「いいわね! スイーツを体重を気にせず食べられるなんて、うれしい!」


 テヘッと、小さな舌が出た。


「お姉さま、私……」


 垂れた金色のまつげが、思い悩むように憂いを含んでいる。


「なに? どうしたの?」

「私……お料理を勉強します! きっと、料理人たちはお姉さまのお料理を少なくするようにお母様に言われます。だから、足りない分は私が作らなきゃ!」

「エリス……」


 幼い妹の思いがけない申し出に、ふわりとした金色の髪を撫でた。


「ありがとう。よろしくね」

「はい! エリスも、お姉さまと一緒にがんばります!」



  ◆  ◆  ◆



 ――それから、4年後。


 今日は、10歳になったエリスティアが、神託を授かる日。

 オーキン家の面々は馬車に乗り、神殿に向かってガタゴトと揺られていた。


 もぐもぐもぐもぐもぐもぐ。


「ん~っ、エリスの作ってくれるドーナツは、いつも絶品ね~」


 車中でドーナツを頬張るアリスティアの口の周りは、砂糖でベットリだ。


「はい、ひと口あげる」


 丸みを帯びた指が、ドーナツを小さくちぎって差し出した。エリスティアは、そのまま手ずからパクリと食べた。


「ん……おいしい。我ながら上出来です。まだいっぱいありますから、たくさん食べて下さいね」


 母イサドラが、これでもかと目を吊り上げた。


「エリス! 甘いものをそんなに与えるものではありません! ますます太ってしまうでしょう!」

「いいんですっ。太ってもお姉さまは、とっても素敵です」


 天使の笑顔で言い返されては、何も言えない。イサドラも父グレゴリオも、なぜエリスティアが、淑女にあるまじき体型のアリスティアに懐いているのかわからない。イサドラにしてみれば、実子であるエリスティアを引き立て、太ったアリスティアを追いやりたいところなのだが、エリスティアが絶対にそれを許さない。2人の絆には、実母であっても割り込めないのだ。


 ――エリスには、ちゃんとした魔法や恩恵が授かるといいんだけど。


 ドーナツを口いっぱいに頬張る少女は、かわいい妹が自分のような運命を背負わないことを願っていた。

次回更新は、3/6(日)に『転生少女の七変化キャラクターチェンジ ~病弱だった少女が病床で作った最強7キャラで、異世界をちょっと良くする物語~』をアップ予定です。

https://ncode.syosetu.com/n2028go/

もしくは画面上の、作者:イリロウ のリンクから

どちらも読んでもらえるとうれしいです!


【大切なお願い】

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

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