04 ハンガーノックってなに?
それから、アリスティアは魔法が使えたり、使えなかったりした。共通してるのは、魔法を使ったあと目を回して倒れること。【ファイア】で燭台に見事に火を付けても、失敗しても、必ず倒れた。
父親であるグレゴリオは娘の身を案じ、無理をしないように言いつけたが、アリスティアはひたすらMPを増やすべく努力を続けた。――だが、MPは一向に増えず、魔法が成功する条件もわからなかった。
“神託”から、半年が過ぎようとしたある日――。
オーキン城に1人の老人が訪ねてきた。グレゴリオとイサドラ夫妻が、毎年王城で行われるコーエル王の生誕パーティに呼ばれ、留守にしていた時のことだ。
「アリスティア様にお目通り願いますかな?」
衛兵が守る城門に出向いたポールソンにお辞儀をした老人は、薄汚れたローブを羽織っていて、お世辞にも身なりがよいとは言えない。後ろでまとめられた白い髪の下には、大きな麻袋が背負われていた。
ポールソンは、その珍しい黒い瞳の老人が誰なのか察した。
「あなたはもしや、ユージン様ですか? 転生人のお医者様といわれる……」
「転生とはまた懐かしい。もう40年も前のことなので、今ではすっかりこの世界の住人ですよ」
老人は白い無精髭に、穏やかな笑みをたたえた。害のなさそうな老人だが、留守を預かるポールソンは警戒を解かない。
「……失礼ですが、王都の外れの森で世捨て人のような暮らしをなさっているとか。わざわざアリスティア様に、どの様なご用件でしょう?」
「魔法を使う度に倒れると聞いたのでね。助けになれるかも知れないと」
「原因がおわかりになるのですか!?」
「噂に聞く症状に思い当たる節があるのでね。もっと早く来られればよかったのだが……」
ポールソンは老人の足下を見た。布の靴がすり切れて、汚れている。
「まさか、王都から歩いてこられたのですか!」
「金がないもんでね」
照れくさそうに頭を掻く老人に、ポールソンは畏敬の念を覚えた。王都からここまで歩きだと1ヶ月はかかる。そうまでして来て下さったのだ。
「あなた様は数々の発明をなされ、裕福だと聞いておりましたが?」
「発明で得た金は身寄りのない子にみんなあげたよ。金も権利も、持ってると身が危ないのでね」
「そうでございましたか……」
ポールソンは頭を下げて、門を開けた。
「失礼いたしました。お越し頂いたこと感謝いたします。どうぞ、ご診察下さい」
◆ ◆ ◆
ユージン医師が部屋に通されると、アリスティアはベッドで体を起こし、エリスティアからスプーンで何かを食べさせてもらっていた。
ポールソンが、部屋に押しかけた非礼を詫びた。
「お食事中、失礼いたします」
ユージン医師が歩を進め、エリスティアが持つ器をのぞき込んだ。
「すりおろしたリンゴですか。栄養補給にはとてもよいものです」
「今朝、魔法をお使いになって倒れられたところでして」
「そうでしたか」
話を進める2人に、アリスティアがぽかんとして尋ねた。
「ポールソン、そちらの方は?」
「医師のユージン様です。転生人の知識でアリスティア様のご診断をしてくださります」
「転生人!? 初めて見ます!」
「もうただの老人ですよ」
ポールソンは、アリスティアの傍らに座るエリスティアの隣に、椅子を運んだ。
「ユージン様、こちらへ」
ユージン医師は座ると、アリスティアの顔をまじまじと見た。
「フム……痩せておられる」
「太らないように気をつけておりますから。レディとして当然のことです」
嘆かわしい……と思ったが、ユージン医師は口に出さなかった。
「魔法を使おうとすると、目を回して倒れられるとか?」
「はい……せっかくたくさんの魔法を授かったのに使えないなんて……。けど、何度か使えたことがあったのです。特に、初めての時は、ポールソンの傷を一瞬で癒やせて……」
アリスティアの話に、エリスティアがこくこくとうなずいた。
「あんな回復魔法は見たことがありません。すごい力でした」
「なるほど……その時、いつもよりたくさんお食事を取られてませんでしたか?」
「え? あ……」
アリスティアの頬が赤く染まった。
「ポールソンが買ってきてくれたドーナツがおいしくて、4つも食べてしまいました」
「ほう、4つも」
ユージンのしわが刻まれた目尻が、子供はそれでいいのだと言わんばかりに下がった。
「ドーナツは異世界のスイーツでね。私が若いころ、作り方を広めたのです」
「そうだったのですか!?」
「栄養が足りず、痩せた子供が多いのが気になってね。診療所で振る舞い始めたのですが、人気が出すぎてしまったので、作り方を街中の食堂の店主に教えたのです」
「無料でですか?」
「そうですよ」
「私は……てっきり、ドーナツを考えた方は大きな財を成したと思っていました」
「権利を独占しようと貴族が押しかけてね。面倒なので、独占できないようにしたまでです」
ポールソンが咳払いをした。
「ユージン様、ご診断を」
「おお、すまない。余計な話でしたな」
ユージンは、麻袋から聴診器を取り出した。
「これを、私の指示通り、肌に当ててもらえますか?」
「それは?」
「聴診器ですよ。あなた様の心の臓や胸の音を聞いて、正常か診断するのです」
「私の……体の音を聞くのですか?」
アリスティアが顔を真っ赤に染めた。
「この診察法が異端なのは承知してますよ。投獄されそうになったこともありますのでね。ですから、私が直接肌に当てるのはやめました。それでも――お嫌ならやめますが?」
どうすればよいのかわからず、アリスティアはポールソンを見た。
アリスティアの視線に、ポールソンはうなずいた。
「ドーナツ同様、脅威となる者は抱え込もうとするか、排除されるもの。その診察には効果があると見受けられます。ただし――」
ポールソンの目が威嚇するように細められた。
「このことはくれぐれもご内密に。お嬢さまの将来に関わります」
「わかっていますよ。領主様のお嬢さまにあらぬ噂が立ってはまずいですからな」
ユージンは、聴診器の左右の管を両耳に入れると、丸い先端をアリスティアに渡した。
「これを、右の首筋に当てて下さい」
「こう……ですか?」
小さな体がピクンと飛び跳ねた。
「ひゃっ!」
「冷たかったですか? すみませんね。我慢してしばらく当ててください」
「はい……」
言われるまま、しばらく当てると……
「次は、左の首筋へ」
「はい……」
「そのまま、襟元から入れて、右の胸の上を」
「え……」
アリスティアが、また頬を染めた。
「目をつぶっているから大丈夫ですよ」
管が繋がった先を見ると、確かに老医師は目をつぶっている。アリスティアは恥じらいながらも、そっと聴診器を胸元に入れた。
「!」
首筋よりずっと冷たい感触に、体がビクッと反応した。
「そのまま動かずに。……次は左の胸へ」
右、左と交互に、下へ向かって聴診器を当てていく。
「それでは、そちらにいらっしゃる……」
「妹のエリスティアです」
「エリスティア様にお手伝いいただいてもよろしいですか?」
「私に?」
「はい。聴診器をアリスティア様の背中に当てて下さい」
「え……」
エリスティアは、手渡された聴診器の丸い先端をしばらく見つめていたが、意を決して、アリスティアの襟首から背中に突っ込んだ。
「ひゃあっ! 冷たっ!」
「お姉さま、辛抱ですよ。診察ですから」
エリスティアの口元からは、笑みがこぼれている。
「もう! なんで楽しそうなの!?」
「楽しいなんてそんな、お姉さまの助けになりたい一心です」
「ウソ! 絶対楽しんでるって!」
きゃっきゃとはしゃぐ姉妹を、ユージンがニコニコしたまま注意した。
「お2人とも、お騒ぎになりませんように。音が聞こえませんゆえに」
こうして、体の表も裏も、上から下まで体の音が確認され、ユージンは告げた。
「体に異常はないようです。いたって健康ですよ」
「では、どうして魔法を使うと倒れるのでしょう? 私には……魔術師がMPを使い切った時のような、心の辛さではない気がするのです」
「なるほど……心ではなく、体の辛さだと?」
「はい」
ユージン医師の耳から、聴診器が外された。真剣な眼差しをアリスティアに向ける。
「今のお言葉で確信が持てました。お嬢さまが倒れた原因は……ハンガーノックですな」
「はんがー……」
「のっく?」
きょとんとして、姉妹が声を合わせた。
「そう。体内のエネルギーを過度に失ったことで、気を失ってしまうのです。アリスティアお嬢様は、おそらく――体内のエネルギー、つまりカロリーを消費して魔法をお使いになっています」
「かろ……」
「りー?」
また声が揃った。
異世界から来た医師の知識によって、アリスティアの魔法の謎が解けた瞬間だった。
次回更新は、2/24(木)に『転生少女の七変化 ~病弱だった少女が病床で作った最強7キャラで、異世界をちょっと良くする物語~』をアップ予定です。
https://ncode.syosetu.com/n2028go/
もしくは画面上の、作者:イリロウ のリンクから
どちらも読んでもらえるとうれしいです!
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