34 2人の殿下と王家の秘密
もっ、もっ、もっ、もっ、もっ、もっ。
オーキン城の豪華なダイニングルームで、一心にステーキを頬張る脂肪がMPの最強魔法使いの姿があった。頬は丸々と太り、恰幅も元に戻っている。だがそれは【幻影魔法】による偽りで、エリスティアとポールソンには、ほっそりとした美しい姿のアリスティアが見えていた。
「まったく……淑女でありながら、朝からそんな大きなお肉を……見ているだけで胸焼けがします」
イサドラがいつものように眉をひそめた。
「お母様、1日の始まりに栄養をとるのは良いことですわよ。昨夜の魔物暴走で体を動かしましたし」
アリスティアと同じくステーキを口に運びながら、グレゴリオがむすっと口端を下げた。
「お前はいつの間にかいなくなっていたではないか。痩せることが叶わぬのであれば、せめてその武を領地のために活かすべきであろう……」
アリスティアの隣に座るエリスティアの顔が曇った。オークエンペラーを倒したのはお姉さまであるのに、そのことを知る者は自分とポールソンだけなのだ。
姉は気にせず、もくもくとステーキを食べている。
エリスティアも気を取り直して、天使の微笑みを親愛なる姉に向けた。
「お姉さま、私のパンケーキも半分食べますか? バターたっぷりでお肉に合いますよ」
「いいの? 食べる食べる! ちょうだい!」
「ちょうだいではありません! それ以上、太るつもりですか!?」
イサドラが思わず立ち上がり、公爵夫人らしからぬ大きな声を上げた。
「ん~、あと30キロは太りたいかなぁ」
「さ、さんじゅっ……キロ……」
目まいを覚えたのか、イサドラが椅子の背もたれに倒れ込んだ。「奥様!」そばにいたメイド2人が慌てて駆け寄る。オーキン家ではよくある光景だ。
戻ってきた日常をアリスティアはうれしく思う。大好きなエリスと辺境の地が護られさえすれば、自分が悪し様に言われようと些細なことなのだから。
◆ ◆ ◆
その日の午後――。壁の正門に王家の騎士団が集まっていた。それぞれが組織だった動きで旅の支度を調えている。
昨日の魔物暴走により、帰途に着く日程が早まったのだ。一刻も早く王都へ戻り、王太子と第2王子の安全を確保しなければならない。
罪人であるジェラルドと3人の騎士たちは、鉄格子で窓を覆われた馬車に乗せられた。
見送りに来たオーキン家一行の前に、アーヴァインとエルウィックが歩み出た。
「我が臣下が魔物暴走を引き起こしてしまい、申し訳ないことをした。――すまぬ」
深々と頭を下げるアーヴァインと続くエルウィックに、グレゴリオは慌てて両手を振った。
「気に病むことはございませぬ。国を護るために共に戦えてうれしく思いますぞ」
顔を上げたアーヴァインの前には、辺境の猛者らしい屈託のない笑みがあった。
少し変わった――。エリスティアは、誇らしげに父と語り合うアーヴァインを見て思った。虚勢を張るだけであった王太子に、魔物暴走を食い止めたという自信が宿ったのだ。たとえオークエンペラーを倒したのが記憶のない虚勢であっても、多くの魔物を斬り伏せたことは体の傷が覚えているのだろう。
視線に気づいたアーヴァインがエリスティアに歩み寄って、右手の甲にキスをした。
「天使姫に会えなくなることが唯一の心残り。共に王都へ参らぬか?」
「……傷ついた騎士たちや、森を癒やさねばなりませんから。もっと魔力が回復していれば、今ここで王都の騎士たちも癒やせるのですが……」
「なぁに、昨夜の【範囲回復魔法】で十分。オーキンの騎士同様、我が騎士たちも鍛えられているからな」
後ろの馬車の側で、ジャレンスがペコリと頭を下げた。額には包帯が巻かれているが、元気そうだ。
「また……会えるか?」
真っ直ぐな視線がエリスティアの瞳を見つめた。
エリスティアは寂しく思う。――その眼差しは、記憶を失うまでは大好きな姉に向けられていたというのに。
「この地が落ち着いたら、きっと――」
「約束したぞ」
振り向きざまにアリスティアにも一瞥した。
「アリスティア姫もまた会おう。今度剣を交えたときは、打ち負かしてみせるぞ!」
「楽しみにしておりますわ」
丸々とした指がスカートの裾をつまみ、優雅なカーテシーを見せた。太っていること以外は、淑女として完璧なのだ。
ジャレンスが整える馬車へ向かうアーヴァインと入れ違いに、エルウィックがアリスティアの前に出た。
「グレゴリオ殿、少し姫君たちと話してもよいか?」
「もちろんでございます」
グレゴリオはイサドラを連れて、後ろに下がった。ポールソンも遠巻きに退き、エルウィックとアリスティアとエリスティアだけが残された。
エルウィックは回りに聴き取られぬ声量で、語りかけた。
「アリスティア姫、あなたはお美しい。太っていても、痩せていても」
「えっ?」
アリスティアの丸い瞳が、ますます丸くなった。
「周りには太って見せているのですよね? 【幻影魔法】の魔法ですか?」
「どうしてそれを……。まさか、痩せた姿が見えているのですか?」
「はい。私は……神託で“恩恵”を授からなかったとされていますが、それは偽りなのです」
「偽り?」
「そう。私は、神から【皇人の護り】という“恩恵”を授かりました。それは――」
エルウィックがにっこりと微笑んだ。
「全ての魔法を無効化するのです」
「えっ!?」
姉妹が声を揃えた。エルウィックの告白はそれほど驚くべき事だったのだ。
「それって、【隕石落下】が効かないってこと?」
「効きません。【隕石落下】の衝撃で飛んできた岩や木が当たれば、傷を負いますが」
「じゃあ、【氷結弾】や、【火炎波】は!?」
「全く効きません。なので、【記憶消去】で失われたはずの全ての記憶が、私にはあるのです」
「お姉さま……」
「なんてこと……」
アリスティアは思わず王族のエルウィックを指さした。ワナワナと指先が戸惑いで震える。
「殿下って、私の天敵じゃない! 魔法が効かないなんて、反則よ!」
「アリスティア! 殿下を指さすなど、なんたる不敬!」
グレゴリオとイサドラが背後からすっ飛んでくる。
エルウィックが、フフ……と白い歯をこぼした。
「貴方は魔法が使えぬ魔法使いと偽り、私は恩恵を授からなかった第2王子と偽っている。――似た者同士ですね」
エルウィックは胸に手をあて、アリスティアに敬意を示した。
「私は――王都に帰って、剣技に励もうと思います。貴方の横に立つに相応しい男となるために」
「え?」
「私の“恩恵”のことはあなたのMPと同様、内密に。また、お会いしましょう」
グレゴリオとイサドラが側に来る前に、エルウィックは小走りで去って行った。
「お姉さま……」
「エリス……」
遅れて着いたグレゴリオとイサドラが「お前というヤツは」とか「家を潰すつもりですか!」だの言ってるが、アリスティアとエリスティアの耳には入らない。
「“恩恵”を授からなかったのはエルウィック殿下ではなく、アーヴァイン殿下だったんですね」
「うん……。全てはエルウィック殿下を護るための芝居……。魔法が効かなくても、まだ幼いから剣で襲われれば命がない……」
「アーヴァイン殿下は、素敵な方ですね。虚勢を張って、政敵になりかねない第2王子殿下をお護りしてるなんて」
「そうね……強い人だと思う」
親愛なる姉の瞳が熱を帯びるのを感じて、エリスティアはぽつりとこぼした。
「お姉さまは……どちらの殿下と……」
「――え?」
「ううん、なんでもないです。さ、お昼にしましょうか。食後のデザートもたっぷり用意してありますよ」
「さすが、エリス! いっぱい食べちゃうわよ!」
意気揚々と丸い腕を振るアリスティア。
天使のように優しく微笑むエリスティア。
――その向こうに、晴れ渡った辺境の空が広がっていた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
本作はこれでいったんおしまいです。
また気が向いたら続きを書くかも知れません。
来週は1回お休みして、
次回更新は、5/21(日)に『転生少女の七変化 ~病弱だった少女が病床で作った最強7キャラで、異世界をちょっと良くする物語~』をアップ予定です。
https://ncode.syosetu.com/n2028go/
↑もしくは画面上の、作者:イリロウ のリンクから
どちらも読んでもらえるとうれしいです!
【大切なお願い】
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
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