33 幕引きは天使姫にお任せ
白い光が消えると、まるで時が止まったかのように動かない騎士たちがいた。皆無言で息をしてるのかすら怪しく、虚空を見ているように目は瞬きもしない。
パァン!
エリスティアが手を叩いて大きな音を立てると、はっとした騎士たちが、まるで夢から覚めたように動き始めた。
「ど、どうしたんだ?」
「戦っていたはずだが……」
「魔物は!? 魔物はどこだ!?」
「痛てっ! 痛たたたたた! なんで傷だらけなんだ!?」
「うわあぁっ! デカいオークが転がってるぞ!」
見たこともない巨体が横たわる様に、騎士たちが驚きの声を上げた。――しかも、辺りをよく見ると、息絶えた魔物たちが無数に転がっている。
「これは……」
息を飲むグレゴリオの傍らに、アーヴァインが立った。
「一体何が……」
戸惑う2人に向かって、白々しくも可憐な声が上がった。
「お父様! アーヴァイン殿下! なんと素晴らしい! オークエンペラーを倒すなんて!」
自分の体ほどもあるオークの足の裏を、グレゴリオは剣で指した。
「オークエンペラー!? こいつがそうだと申すのか?」
「はい! アーヴァイン殿下と共闘されて、見事に討ち果たしたのです!」
「殿下と……ワシが……?」
顔を見合わすグレゴリオとアーヴァインだったが、これは好機であると気づいたアーヴァインが、これでもかと胸を張った。
「フッ、ハハハハハハ! オークエンペラーなど俺が一刀に伏してやったわ! グレゴリオ、お前の援護も役立ったぞ!」
「……はっ? ははーっ! ありがたき幸せ!」
グレゴリオは腑に落ちない様子ながらも、アーヴァインに跪いた。
エリスティアの芝居は続く。
「騎士の皆様も、見事に魔物暴走を止めてくださいました! あまりにも激しい戦いでよく覚えていないでしょうが、私たちは勝ったのです!」
お……おお? ……おおおおおおおおお!
戸惑いだった声が、やがて地響きのような感喜に変わった。
天使姫様がおっしゃるなら、我々は勝ったに違いない! 妻や家族がいる街を護ったのだ!
喜びのあまり放り上げられた兜や籠手が、次から次へと宙を舞った。
「バカな……何が起こったのだ……。魔法陣はどうなった? なぜ……森に穴が空いているのだ……」
魔物暴走を企てた宰相ジェラルドは、膝を折って呆然としている。
エルウィックが見下ろしながら断じた。
「貴様の独りよがりな野望も、これでおしまいだ」
続けて、ジャレンスに命じた。
「ジャレンス! この男は魔物暴走を引き起こした首謀者だ! 拘束せよ!」
「は、ははっ!」
戸惑いながらもジャレンスは、ジェラルドの両腕を後ろ手に押さえた。それを見て、3名の騎士がフードを被り、逃げ出そうとする。
「この男と行動を共にしていた、そこの騎士も捉えろ! 森に魔石を置き、魔方陣を発生させた疑いがある!」
騎士たちがフードの騎士たちを取り囲み、剣を突きつけた。フードの騎士たちは観念して剣を地に落とし、がっくりとうな垂れた。
「背後に手引きした黒幕がいるかもしれん、王都に送って徹底的に調べろ!」
ははっ! と、騎士たちが頭を下げた。
「ポールソン、どうかしたの?」
何か疑念があるのか、ポールソンはエルウィック殿下をじっと見ていたが、エリスティアに問われて目を伏せた。
「いえ、大したことではございません。それより、皆に回復を」
「そうね」
エリスティアは両手のひらを頬に添え、精一杯の大きな声を出した。
「皆さーん! 残りの魔力を全て使って【範囲回復魔法】をかけます! 完全回復とはなりませんが、かなり傷が楽になるはずです!」
「おお! 天使姫! これだけの傷兵を癒すというのか! そなたの慈悲の心、うれしく思うぞ!」
大げさな身振りで喜ぶアーヴァイン殿下だが、今では“軍神の威光”を持つ者に相応しい不遜なフリをしているだけだとわかる。――本来は、賢明なお方なのだ。
エリスティアは初めて、心よりの微笑みを贈った。
その微笑みは――まさしく天使そのもので、アーヴァインは顔を思わず赤らめた。
そんなアーヴァインを、エリスティは少し寂しく思う。
お姉さまに想いを寄せた殿下は……もういないのね。
どんなに人を救おうと、街を救おうと、誰からも感謝されないお姉さま……。
私とポールソンだけは、あなた様への感謝と――愛を忘れません。
「【範囲回復魔法】!」
天に広げたしなやかな指先から、金色の光が解き放たれた。――その詠唱に至る所作は、姉のアリスティアにそっくりだった。
次回更新は、4/30(日)に『転生少女の七変化 ~病弱だった少女が病床で作った最強7キャラで、異世界をちょっと良くする物語~』をアップ予定です。
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