30 この胸の高鳴りって……もしかして?
屈強な辺境の騎士たちが盾となりながら足下を攻め、王都の騎士たちが密集した辺境の騎士たちを踏み台にして上半身に斬りつける。――だが、最凶のオークであるオークエンペラーの岩塊の様な体はビクともしない。僅かな切り傷から血が滲む程度だ。
グオオォオォォォォ!
水平に薙ぎ払われた戦斧で、辺境の騎士たちの密集隊形が打ち崩された。
「グレゴリオ! 肩を貸せ!」
「はっ!」
屈んだグレゴリオの肩を踏み台にして、アーヴァインが斬りかかった。天より授かったはずの“軍神の威光”は偽りであったが、手にする王家の剣は本物だ。
グアァアァァッ!
オークエンペラーの分厚い胸板から血しぶきがほとばしった。だが――。
「くそっ、骨は断てぬか!」
着地したアーヴァインにオークエンペラーの拳が迫る。間一髪、ゲイブルがアーヴァインに体をぶつけて、拳の軌道から無理矢理逸らした。
オークエンペラーの拳は空を切ったが、アーヴァインとゲイブルの体は地を転げた。
「申し訳ありませぬ! こうでもしないとあの拳は……」
血反吐を吐きながらも、アーヴァインは笑みを浮かべた。
「構わぬ……よくやってくれた。武骨な扱いにも……慣れてきたというものだ」
ゲイブルも傷だらけの顔で笑い返した。鼻持ちならぬ王子だと思っていたが、こうして戦場に立つとどうして――命を懸けて守らねばと思わせる。これが王の資質というものか。
グアァアァァァァァァ!
オークエンペラーが狂ったように戦斧を振るい始めた。人なら10人がかりでも持ち上げられそうにない巨大な刃が、小枝を振り下ろすかのように地を打ち付けていく。
騎士たちはかろうじて身をかわしていくが、刃によってえぐられた地がつぶてとなり騎士たちを痛めつけた。
――もう、立っていられる騎士は1人もいない。グレゴリオが、剣を杖に体を起こして叫んだ。
「アリスティアよ、まだか! もう保たぬぞ!」
「おっ待ったせーっ!」
場違いにおどけた声が響くと、そこには腰に手をあてながら最後のドーナツを頬張っているアリスティアがいた。
「みんなふぁがって! あとはふぁたしがひきふけふぁ!」
食べながら喋るという淑女にあるまじき行為に、ポールソンは額に手を当てうつむいた。
オークエンペラーは元気そうな人間がいることが気に入らないのか、低い唸り声を上げながらアリスティアと正対した。
「まったく……大切な森をメチャクチャにしてくれちゃって……。とっておきのお仕置きをしてあげなくっちゃね」
ドーナツを食べ終わり、不敵な笑みで口の周りの砂糖を拭うアリスティアを見つめながら、エリスティアは内心ツッコんだ。
(森に大穴を開けたのは、お姉さまですけどね)
騎士たちが肩を預け合いながら退いていく。アーヴァインもゲイブルとジャレンスに両肩を支えられながら、覚束ない足を動かしている。力及ばず退く己と違い、辺境の姫は両足を肩幅に開き、一歩も退かぬ覚悟を示している。その凛とした眼差しは、ただ……ただ……美しく、アーヴァインの心を射貫いた。
(パーティではなく……戦で輝く姫もいるのか……)
アーヴァインは精一杯の声を張った。
「アリスティア姫! 数々の非礼を許せ! そなたは美しい! 痩せたからではない、思えば……我に体当たりを食らわせた時も美しかった!」
アリスティアの長くウェーブを描くまつげが、パチクリと上下した。
「え? それって……太ってても、美しいってこと?」
「無論だ! たとえ太っていても、そなたは王都のどんな姫よりも美しく、尊い! アリスティア姫――」
アーヴァインが真剣な眼差しを向けた。
「どうか、私と結婚してくれ!」
なんと!? グレゴリオの険しい両目が見開いた。
まぁ! と、エリスティアが両手を口に当てて頬を染めた。ついに敬愛する姉に対して、太っていても美しいと言ってくれる男が現れたのだ。しかも、この国の王太子殿下である。結ばれれば、姉は国民全てから敬われる国母となるのだ。
当のアリスティアはというと――
「な……」
耳まで真っ赤にして、ワナワナと震えていた。
「こんな時に求婚だなんて非常識ですよ!」
「こんな時だからだ! どうか勝って、我が妃となってくれ!」
「も、もう……」
胸の前で合わせられた細い指先が、いじいじとうごめく。
「そんなこと言われたら……断れないじゃないですかぁ……。あ、王太子の求婚を断るなんて、誰にも出来ないんですけどぉ……」
騎士たちは皆、一斉に思った。――チョロい。
エリスティアにしても意外だった。姉がこんなにも告白に弱いなんて……。そこまで考えて、はっとした。
(お姉さまは男性に蔑まれることはあっても、想いを寄せられたことがない。免疫が……ないんだ)
恥じらう乙女が、真っ赤な顔をこっちに向けた。
「エリスぅ、どうしよう? 結婚してくれって……」
「お、お姉さま! まずはオークエンペラーをお倒しください! 婚姻のことは、あとで一緒に考えましょう!」
「ん……それもそうね」
頬の赤みが幾分引いて、ピンクブロンドの髪がふわりとオークエンペラーに向き直った。
「それじゃ――勝負よ、オークエンペラー。私の魔力が尽きるのが早いか、そっちの命が尽きるのが早いか、恨みっこなしだからね!」
脂肪がMPの最強魔法使いは、これまでにない胸の高鳴りを感じながら、魔法の詠唱を始めるのだった。
次回更新は、3/12(日)に『転生少女の七変化 ~病弱だった少女が病床で作った最強7キャラで、異世界をちょっと良くする物語~』をアップ予定です。
https://ncode.syosetu.com/n2028go/
↑もしくは画面上の、作者:イリロウ のリンクから
どちらも読んでもらえるとうれしいです!
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