表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/34

03 ドーナツが起こした奇跡

 アリスティアは、エリスティアを連れて魔法の特訓を始めた。中庭で燭台に【ファイア】を唱えては倒れ、部屋で水差しに【ウォーター】を唱えては倒れ、その度にエリスティアは甲斐甲斐しく介抱した。



 そんな日々が3ヶ月ほど過ぎたある日――。


「アリスティア様、エリスティア様、本日のティータイムは、近くの湖で取られるのはいかがでしょう? 街でドーナツを買って参りました」


 執事長のポールソンの申し出に、2人の姉妹の声が揃って上ずった。


「ドーナツ!? 賛成~っ!」


 異世界から迷い込んできた転生人てんせいびとが伝えたと言われるドーナツは、そのとびきりの甘さから庶民のおやつとして定着していた。ただし、手づかみで大口を開ける習慣がない貴族からは、はしたないと敬遠されてもいた。


「奥様にはナイショですよ」


 ポールソンの白い口ひげが、悪戯っぽく揺れた。



  ◆  ◆  ◆



 オーキンの城はうっそうとした森の入口にあり、魔物討伐や、隣国との境を守る拠点を兼ねている。

 彼方の山まで続く森の奥には、数多くの魔物が潜み、定期的な討伐が必要だった。

 とはいえ、城のそばにある湖は開けていて見通しが良く、滅多に魔物が姿を現すことはない。


「いただきまーす!」


 湖のほとりのガーデンテーブルで、アリスティアとエリスティアは大きな口を開けてドーナツにかぶりついた。


 んぐんぐんぐんぐ……


「おいしーっ!」


 口いっぱいに広がる甘さに、声を揃えて大喜び。口の周りも、両手の指も、フルーツグレーズやチョコレートでベットリだが、気にせず頬張っていく。


(旦那様と奥様には、見せられぬ姿ですな)


 人目のない湖に連れ出したのは、ポールソンのいつもの配慮だった。おかげで2人は礼儀作法を気にせずドーナツを頬張ることが出来る。


(ドーナツはナイフとフォークで食べるより、手づかみの方が断然おいしいですからな)


 用意した6つのドーナツが、あっという間になくなっていく。


「お姉さま、はやーい! もう4つ目」

「だって、おいしいんだもの」


 2人に厳しい淑女教育を施しているポールソンだが、年相応の笑顔を前にすると、好々爺のように目尻が下がった。


「むっ!」


 そんな表情が一変した。ガサリと、草むらが不審な音を立てたのだ。


 ポールソンが身構えると、茂みの奥から鋭い牙を剥き出しにした狼の魔物が現れた。肩から胴体にかけて刀傷があり、血を垂らしている。


「グレイウルフ! 先日の討伐を逃れたのか!」


 ポールソンは上着を脱ぐと、グルグルと左腕に巻いた。


(手負いとは厄介な……。威嚇しても退くことはあるまい)


 毅然とグレイウルフに歩みを進めるポールソンに、アリスティアが悲鳴に近い声を上げた。


「ポールソン!」

「ご心配には及びません。片付けて参ります」


 エリスティアの体が小刻みに震えていた。その小さな体を、アリスティアの細い腕がそっと抱いた。


「お、お姉さま……」

「大丈夫、ポールソンは強いんだから」


 そう――この老執事は引退した名家の元騎士であり、グレゴリオがその腕と品位を見込んで雇い入れたのだった。


 グレイウルフが、上着を巻かれた左腕を警戒して右に回り込もうとする。そうはさせまいと、ポールソンは上着を正面に向けた。


 グアァッ!


 手負いのグレイウルフがじれて、飛びかかった。ポールソンはすかさず左腕を鼻面に突き出し、噛みつかせる。


「むぅ……」


 牙が食い込んだ上着から血が滴った。


「ポールソン!」


 アリスティアが叫んだ。


「ハアァァアァッ!」


 右の手刀がグレイウルフの首に叩き込まれた。己の牙によって頭部が固定されたグレイウルフは、のけ反るように首が折れ曲がり、あっけなくその身を横たえた。


「やれやれ、お気に入りのスーツが台無しですな」


 片膝をつき、グレイウルフが息絶えたことを確認すると、ポールソンはベットリと血のついた上着を引き剥がした。牙の痕から、ドクドクと血が流れ出ている。


「ポールソン!」


 駆け寄ったアリスティアの血の気が引いた。


「エリス、見ちゃダメ! 下がってなさい」

「けど、ポールソンの腕が……」


 老執事の額に汗がにじむ。


「ご心配には及びません。屋敷で治療すれば大丈夫です」

「指は……動く?」

「む……」


 ポールソンの指先は震えるばかりだ。


「お父さまがおっしゃってた。手首の筋が切れると指が動かなくなるって」

「博識でございますな、アリスティア様は」


 エリスティアの小さな指が、アリスティアの腕を取った。


「そんな……ポールソンの指、動かなくなっちゃうの?」

「問題ございません。ティーなら右腕だけでいれられますので」


 紳士らしい、穏やかな笑みだった。


「…………」


 アリスティアの唇が、きゅっと結ばれた。


 なんて歯がゆいんだろう。治す魔法を知ってるのに、使えない。今こそ、使うべき時だというのに。


 アリスティアは、天に向かって叫んだ。


MPマジックポイントがないなら、命を持っていけばいい! ポールソンの腕を治して!」


 両手を傷口にかざした。


「ヒーーーーール!」


 ……何も変化は起きない。いつものことだ……。知識はあっても使えないのであれば、ただの宝の持ち腐れ……。


 うつむくアリスティアの体に変化が起こった。内にある何か(・・)が両腕の先に集まり、手のひらが暖かくなっていく。そして――


 金色の輝きが吹き出した。


「えっ!?」


 アリスティアの戸惑いをよそに、輝きはポールソンの裂けた傷口をふさいでいく。


「これは……回復魔法……」


 ポールソンが言葉を失った。これほど強い光は、神殿の治癒師でも見たことがない。


 やがて光が収まると、腕の傷はすっかり元通りになっていた。腕を振り、指を握って開いてみるがなんともない。


「何て事だ……完全に治っている……」

「お姉さますごい!」


 どたーーん!


 しがみついたエリスティアを受け止めきれず、アリスティアが大の字に倒れた。


「お姉さま!?」

「アリスティア様!」


 全身に力が入らない。へこんだお腹が「ぐ~っ」と恥ずかしい音を立てた。


「お腹……減ったぁ……」


 きょとんとしたエリスティアが、クスクスと小鳥のように笑った。


「もう、お姉さまったら、さっき4つも食べたのに」


 ドーナツ1つがおおよそ350キロカロリーなので、4つで1400キロカロリー。多大なエネルギーを一気に摂取していたことが起こした奇跡だった。


 カロリーとは、人が生きるために必要なエネルギー。アリスティアは、望み通り命となる力を削ってポールソンを助けたのだ。

次回更新は、2/17(木)に『転生少女の七変化キャラクターチェンジ ~病弱だった少女が病床で作った最強7キャラで、異世界をちょっと良くする物語~』をアップ予定です。

https://ncode.syosetu.com/n2028go/

もしくは画面上の、作者:イリロウ のリンクから

どちらも読んでもらえるとうれしいです!


【大切なお願い】

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

 応援して下さる方、ぜひとも

 ・ブックマーク

 ・高評価「★★★★★」

 ・いいね

 を、お願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ