18 バカな王子の命を狙うのは……
夕食が終わり、自室の小さなテーブルで食後のティーとエリスティアお手製のクッキーをたしなんでいると、「ポールソンでございます」との声が、ノックと共に聞こえてきた。
アリスティアは音もなくティーカップをソーサーに置いた。
「入って」
そっと開かれた扉から老紳士が身を滑らせると、すみやかに扉を閉めた。会釈をした顔を上げると、ベッドに膨らみがある。
「エリスティア様がお休みですか?」
「1人で眠るのは心細いって」
「……無理もありません。オークキングの醜悪な姿は、百戦錬磨の騎士でも震え上がります」
「聖魔法も使いすぎたみたい。よく眠ってる」
すやすやと寝息を立てるエリスティアの寝顔はマジ天使。頬にかかった金色の髪を耳の後ろになでつけると、アリスティアは窓に歩み寄り、少しだけカーテンを開けた。城の向こうに広がるのはオーキンの森林だ。
「何か手がかりはあった?」
「魔法陣の跡と、魔石が――」
「魔石?」
「王家の剣の鍔にあるものと似た赤色をしておりました」
「そう――。アーヴァイン殿下が近寄ると発動する罠……ってところかしら?」
「おそらく――。証拠となり得ましたが、魔石は持ち出さずにおきました」
「賢明ね。私たちが察知したことを知られると、面倒だもの」
ポールソンは、背を向けて森を見つめるアリスティアに頭を下げた。――我が主はまだ14歳であるが、常に先を読んでおられる。
「アーヴァイン殿下の命を狙うとしたら、一番怪しいのは――」
「王位継承権二位であらせられます、エルウィック殿下でございますな」
丸い顔がポールソンに向けられた。
「う~ん……あの子、まだ12歳なのよね。兄の命を狙うには早くない?」
「王都では次期王位を巡って、“軍神の威光”の神託を授かったアーヴァイン殿下派と、神託を授からなかったものの聡明なエルウィック殿下派に分かれていると聞きます」
「バカなアーヴァイン殿下よりエルウィック殿下がいいって? 気持ちはわからないでもないけど、辺境視察にかこつけて命を狙うなんて、大胆すぎじゃない?」
「殿下の命が失われた責任を、オーキン家に負わせる算段もあるかと」
「……そんなことになったらお父様の爵位は剥奪ね。辺境は大混乱よ」
森の向こうの隣国が手を引いているのかも知れない――。
そんな考えがよぎったが、口にすることはなかった。血の繋がらぬ母であるイサドラは、隣国である大国ゲンドルフの出身なのだ。
「いかがいたしますか?」
アリスティアは幾重にも重なる丸々とした顎に手をあてると、あえて口にしながら考えをまとめ始めた。
「――魔物に襲われた事故を装いたいなら、命を狙うのは森の中に限られるわね。別邸で寝首をかかれることはなさそう」
再び、老紳士に丸い顔を向けた。
「明日から、私がアーヴァイン殿下に貼り付きます。エルウィック殿下が関与してるかわからないし、向こうから動くのを待ちましょ」
「畏まりました」
(エリスじゃなく私がそばにいるなんて、殿下はイヤでしょうねぇ)
脂肪がMPの最強魔法使いは、やれやれと息を漏らした。
◆ ◆ ◆
灯りの落ちた王家の別邸の一室。アリスティアと同じように森を見つめる男の姿があった。暗くてその顔は判別できないが、細身のシルエットは常に二人の殿下のそばで付き従う者を彷彿とさせた。
「魔法陣を隠滅し、魔石を回収して参りました」
背後で報告するマント姿の騎士たちを見ようともせず、男は懐から布袋を投じた。――布袋は騎士たちの眼前に転がり、赤い魔石がこぼれ出た。
「これは?」
「魔石があと4つ入っています。森の奥地を覆うように、強大な魔法陣を構築しなさい」
騎士たちがざわめいた。森を覆うように? そんな広範囲で何を召喚しようというのだ? 男が狙っているのは、まさか――。
「この地には滅んでもらいましょう。無能なアーヴァイン殿下と共にね」
月にかかっていた雲が動き、射した月明かりで男の顔が浮かび上がった。不敵にほくそ笑むその顔は――ヴァレンシア王国の頭脳とも言うべき宰相、ジェラルドであった。
次回更新は、8/14(日)に『転生少女の七変化 ~病弱だった少女が病床で作った最強7キャラで、異世界をちょっと良くする物語~』をアップ予定です。
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