17 おいしい一時も働く紳士の鏡
もっ、もっ、もっ、もっ、もっ、もっ、もっ、もっ、もっ。
大ぶりなドレスに身を包んだ少女が、重さにして2キロはあろうかという巨大なサーロインステーキの肉塊をみるみる平らげていく。
あまりの勢いに、“バレンシアの盾”と謳われる領主グレゴリオも狼狽するばかりだ。
「ア、アリスティアよ、いつも以上に食が進んでいるようだが、どうしたというのだ?」
淑女たる者、口に食べ物を含んで喋るなどもってのほか。ゴクリと飲み込んでから答えた。
「ウフッ、アーヴァイン殿下が面倒なことばかり持ち込むので、お腹が減ってしまって」
「オークキングが現れたことは聞いておるが、お前は部屋にいただけであろう?」
うっ、と返答に詰まった。
「エ、エリスが心配で、身も細る思いだったのです!」
「む……それはワシとて同じだ。エリスティアを連れて森の奥へ踏み入るなど言語道断。殿下でなければ、八つ裂きにしてくれるところだ……」
テーブルナイフを握る右手が、ワナワナと震えている。公務から戻ったグレゴリオが、事情を知った時の怒りはこんなものではなかった。剣を抜いて王家の別邸に押しかけようとするのを、お付きの騎士たちが取り押さえてなだめたほどだ。
血の繋がる娘であるエリスティアを王太子妃にと望むイサドラが、ふんと鼻先で笑った。
「アーヴァイン殿下が討伐したのですから、何も問題ありませんでしょう? むしろ、オークキングを倒した剣の腕を褒め称えませんと」
エリスティアの顔がこわばった。
「けど、お止めしたのにどんどん森に入って行かれて……私……怖かったです」
「それだけ、自らの剣に自信がおありになるということですよ。あなたは黙って、殿下に付き従えば良いのです」
「そんな……もう殿下とご一緒するのはイヤです。護衛の騎士たちも傷ついて……あれでは、命がいくつあっても足りません」
「エリスティア!」
声を荒げたイサドラを、グレゴリオがたしなめた。
「そういきり立つなイサドラよ。アーヴァイン殿下はどうも……娘の心をつかむのが下手なようだ。王都では貴族令嬢からモテモテと聞いておったのだが……」
周りは王太子妃の座に着きたい女ばかりしょうからね――とアリスティアは察していたが、ステーキの最後の一切れを頬張ったばかりだったので言わずにおいた。
(ポールソンは何か手がかりをつかんだかな?)
脂肪がMPの最強魔法使いの口いっぱいに、程よく焼かれた肉のおいしさが広がった。
◆ ◆ ◆
その頃、アリスティアの忠実な従者である老紳士の姿は、闇夜の森にあった。――風のように駆け抜けるその先は、オークキングが現れた付近。
(これは……)
草木がなぎ倒された行き止まりに、巨大な魔法陣の跡がある。中央に置かれているのは、赤い魔石。
(王家の剣に備わる魔石と同じ色ですね。アーヴァイン殿下が近寄ることによって、発動する魔法陣……といったところでしょうか)
「むっ!」
近寄る気配がある――。ポールソンは魔石に伸ばした手を引っ込め、手近な木の陰に身を潜めた。
茂みに分け入ってきたのは黒いフード付きのマントを被った3人の男たち。顔は見えないが、腰に剣を帯びているのがマントの膨らみでわかる。
「さっさと魔石を回収しろ。草をならして魔法陣の痕跡も消せ」
マントの裾から露わになった鉄靴が、無造作に草を蹴り上げていく。
(この辺りでは見かけぬ流麗な装飾……。王都の騎士は足下のオシャレも疎かにしませんね)
アーヴァイン殿下の命を狙うのは、王都の騎士。殿下の命を守るべく同行している騎士の中に、刺客が紛れ込んでいる。――このことをアリスティアに急ぎ告げるべく、老紳士は音も無くその場を離れた。
次回更新は、7/31(日)に『転生少女の七変化 ~病弱だった少女が病床で作った最強7キャラで、異世界をちょっと良くする物語~』をアップ予定です。
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