12 王太子殿下のお誘い
夜。いつものように一族揃って夕食をとっていると、母のイサドラが上機嫌で口を開いた。
「アーヴァイン殿下は、随分エリスティアをお気に入りのようね」
「……」
エリスティアから返事はない。
「明日、アーヴァイン殿下が森の視察へ出向かれるとのことで、あなたに同行して欲しいそうですよ」
「私が……ですか?」
天使があからさまにイヤそうな顔をした、苦い薬でも飲んだあとみたいに。
「何です、その顔は。もっと喜びなさい。将来の王妃となれるかも知れないのですよ?」
「私は……お姉さまを軽んじるお方のところへは嫁ぎません」
天使がプイッとそっぽを向いた。そんな仕草もかわいいんだから、殿下に気に入られるのも無理ないよね?
「またそんなわがままを……。アーヴァイン殿下は強引に婚約するのではなく、お互いを知る機会を作ろうとしてくださっているのですよ?」
「お姉さまへの態度を改めない限り、親しくなることはありません」
「エリスティア!」
イサドラの眉が吊り上がったところで、分厚いステーキを飲み込んだアリスティアが助け船を出した。
「まぁまぁ、一緒に歩くぐらいいいんじゃない? エリス。エルウィック殿下とは一緒に湖へ行ったわけだし、アーヴァイン殿下だけ無視したら体裁が悪いでしょ?」
「……お姉さまも……ご一緒していただけますか?」
「うん、もちろ……」
返事をしようとしたところで、イサドラがナプキンで口を拭いながら先に答えた。
「ジェラルド宰相から、くれぐれもエリスティアだけでと申し使っています」
「どうしてです!?」
「また剣を交えるようなことにでもなったら困るでしょう! 辺境は王家の支援なしには成り立たないのですよ!」
辺境の護りなしに王家も成り立たないけどね。と、アリスティアは思ったが口にはしない。
エリスティアはむーっと口を膨らませたが、しぶしぶ同行を承諾した。
――そんなこんなで、家族がギスギスとしたやり取りをしている間、当主である父グレゴリオは、触らぬ神にたたりなしとばかりに、黙々とステーキを口に運ぶばかりであったのだ。
◆ ◆ ◆
雲がゆっくりと棚引く晴れやかな空の下、どんよりとした天使が背中を丸めて歩いている。あからさまな不機嫌さに、後ろで付き添うポールソンも気が気ではない。
手の届かぬ2歩後ろを歩くエリスティアに、アーヴァイン王子は振り返ってカッコいい顔を作った。
「エリスティア姫、心地よい鳥のさえずりが聞こえてきますね。さすが田舎だ」
田舎で悪かったですね――。半目を向けるエリスティアの気持ちを慮って、ポールソンが会話を繋いだ。
「これはコマドリでございますな。オレンジ色の愛くるしい鳥で、民から愛されております」
「ほう、愛くるしい上に民から愛されるとは、まるでエリスティア姫のようだな」
「左様でございます」
(執事よ、お前と話したいわけではないのだ)
(どうか、もっと軽妙なトークを)
目を合わす2人から、そんな会話が聞こえてきそうだ。
アーヴァインとエリスティアの周りには、エルウィックが散歩していた時にも同行していた騎士たちが警護に就いている。もちろん、宰相ジェラルドも一緒だ。
「エリスティア姫はエルウィックとここを走ったそうだが、俺は弟とは違い足には自信があるぞ。共に走ってみるか?」
「その……今日はドレスですので……」
「はは……それもそうだな。では、今度、あらためて誘うとしよう」
「……はい」
アーヴァイン殿下……。ため息を吐いたのはポールソンだけではない。騎士ジャレンスも天を仰いだ。
このまま上滑りな会話が続き、盛り上がらないのでは天使姫を誘い出した意味がない。
「ジェラルド、この道は穏やかすぎる! 魔物が出ないのでは剣の腕を見せられんではないか」
「では、そこの横道より森へ入るのはいかがでしょう? 低レベルの魔物が現れます」
ジェラルドが指を指した先には、森の深部への入口がある。エリスティアが慌てた。
「殿下、危険です。オーキンの騎士たちが定期的に討伐を行っていますが、思わぬ魔物と出くわすことも」
アーヴァインは前髪を払うと、白い歯を覗かせた。
「なぁに、心配は無用だ。俺のみならず、ジャレンスや選抜した騎士たちもいる。魔物どころか、隣国の刺客が来ても余裕で返り討ちにしてみせよう」
「それは……そうかもしれませんが……」
不安を隠せないエリスティアを勇気づけるように、アーヴァインの手が腰の王家の剣に置かれた。鍔では、魔石が誇らしげに赤い輝きを携えている。
「陛下の土産にフォレストウルフの皮を持って帰りたいのだ。つき合ってはくれまいか?」
エリスティアはポールソンを見た。――コーエル王を持ち出されては、断るわけにはいかない。忠実なる執事はこくりと頷いた。
「わかりました。ご一緒いたします」
しなやかな指先でスカートが持ち上げられ、均整のとれた花を思わせるカーテシーが披露された。
この美しさ、やはり我が妃に相応しい。アーヴァインは顎に手を当てながら、ひとり悦に入るのだった。――森に潜む、ただならぬ気配に気づかずに。
次回更新は、5/14(土)に『転生少女の七変化 ~病弱だった少女が病床で作った最強7キャラで、異世界をちょっと良くする物語~』をアップ予定です。
https://ncode.syosetu.com/n2028go/
もしくは画面上の、作者:イリロウ のリンクから
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