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11 第二王子の悩み

 王家バレンシアの別邸はオーキン城にほど近い、街の中心部にある。森を隔てる高い壁とオーキン城の後ろに控えている形だ。


 街が静けさを取り戻した夜更け――。エルウィック第二王子の部屋を宰相のジェラルドが尋ねてきた。まだまだあどけなさの残る第二王子は、12歳の小柄な体を大きなソファにちょこんと預けている。


「どうしたのだ? こんな夜遅くに」


 ジェラルドはエルウィックの傍らに歩み寄ると、頭を下げた。


「本日はいかがでしたか? 2人の姫君と同行されて」

「そのことか」


 エルウィックは困った顔をしたが、第二王子が辺境の姫君2人とどの様な時を過ごしたのかは、宰相にとって重要な関心事なのは違いない。


「いきなり走ることになったのは驚いたけど、とても有意義な時間を過ごせたよ」

「それは何よりです。エリスティア姫は礼儀正しく、聖魔法が使える上にあの美しさ。お年も近いですし殿下に相応しいかと」

「そうか……」


 幼き王子は少しの間、思案を巡らした。


「私は……アリスティア姫の強さこそ、国に必要であると思う。兄上が望まぬのであれば……と、感じさせてくれる」

「太っていることは気になさらないので?」

「見た目などどうでもよい。国に益をもたらすかどうかであろう?」


 ジェラルドは深々と頭を下げた。女子の見目が気になる年ごろだというのに、国のことを優先するとはさすが王族である。


「ご慧眼に感服でございます」

「魔物を食い止め、隣国との盾となってくれているオーキン家の姫を迎えることは、国家安泰に欠かせぬと承知している」

「そのお考えの一端でも、アーヴァイン殿下がお持ちになって下されば……」

「口が過ぎるぞ、ジェラルド。兄上は真っ直ぐなお方なのだ」


 あどけない瞳が怒気を帯び、ジェラルドは胸に手をあて謝罪した。


「失礼いたしました」

「それに、アリスティア姫の気品と強さは、太っていても失われていない。――いや、だからこそ強いのではと感じた。陛下はまだ痩せていたころしか存じていないそうだが、兄上の妃にと望むわけだ」

「御意に――」


 幼さに似合わぬ深い思慮を見届け、ジェラルドは部屋を後にした。


 エルウィックは昼の出来事を思い出す――。アリスティア姫からも、エリスティア姫のことを聞かれたな、と。



  ◆  ◆  ◆



 湖畔に最初に着いたのは、当然ながらアリスティアだった。それからしばらくして、エルウィックと歩調を合わせたエリスティアが一緒にゴールした。


「はぁ……はぁ……お2人とも、速いですね」

「フフッ、お姉さまに鍛えられてますから」


 こういう時に見せるエリスの笑顔は、まさしく天使だと思う。どんな男の人も好きになっちゃうんじゃない?


 まだまだ元気いっぱいの大根足が、小柄な殿下に歩み寄った。


「息を整えがてら、湖畔を散歩いたしませんか?」



 朝もやが漂う湖の水面は美しく、見る者の心を洗ってくれる。飛来してきた白鳥が、優雅に羽を伸ばして着水した。


「とてもきれいな湖ですね」

「透明度が高くて、池の底をのぞけるんですよ」

「それはすごいですね」


 穏やかに会話を交わす姉と殿下を、エリスティアはニコニコしながら見ている。


「美しい姫2人に挟まれて、両手に花とはこのことです」


 美しい? 私が? エリスはともかく、私まで……?


 戸惑うアリスティアをよそに、天使の笑顔がこれでもかと花開いた。


「殿下こそ、素敵なお方です。ご一緒できて光栄です!」


 ほんのり桜色に染まった頬が、我が妹ながら愛くるしい。これはもう、惚れるしかないでしょ?


「殿下、エリスティアをどう思われますか? 自慢の妹ですのよ?」

「お、お姉さま!」


 自慢の妹がますます頬を染めた。あれ? 思った以上に脈がある?


 妹の幸せを願う姉はワクワクと胸を躍らせたが、幼い第二王子は落ち着き払って答えた。


「とても美しい方だと思います。けど、それは……とてもよき姉君に恵まれているからではありませんか?」

「え……」


 今度は、アリスティアの頬が染まった。


「そうです! お姉さまは、とっても素晴らしいお方なんです!」


 エリスティアはこくこくとうなずいて、はしゃぎ気味だ。


「私は……あの強い兄上に立ち向かったアリスティア姫をすごいと思います。思わぬ方法で“軍神の威光”を封じたのも、見事な機転でした」

「あ、あれは……アーヴァイン殿下に、ちょっと申し訳なかったかなって」

「いえ、むしろ勝負をうやむやにして、兄上の顔を立ててくれたのだと思います」

「そ、そんなことは……」


 エルウィックには全てお見通しだった。兄がアリスティアに勝てなかったことも、王家のためによい落とし所を整えてくれたことも。


「私は……兄上に頭が上がらないのです。体を動かすことが苦手だし、“神託”で何も授かりませんでしたから」


 2年前――。エルウィック王子は王族でありながら、何の魔法も、恩恵も授からなかった。国の民は落胆したが、第2王子であるが故に大きな騒ぎにならなかった。アーヴァイン王太子が国を担うに相応しい“軍神の威光”を授かっていたことが幸いしたのだ。


 エルウィック王子は兄を支えるために、より一層勉学に励むようになったという。


「アリスティア姫、あなたも魔法を授かりながらMPマジックポイントがなくて使えない身。それなのに挫けずに剣技を磨かれた。――私も見習わなければなりませんね」

「エルウィック殿下……もったいないお言葉です」


 ホントは魔法を使えるのに隠してることで、アリスティアの胸はチクリと痛んだ。けど、脂肪がMPマジックポイントであることに気づかなかったころは歯がゆい思いをしたし、エルウィック第二王子の気持ちがよくわかる。


 力を持たないが故に、力を持つ者を認めることが出来る――。国を率いるのは、こういうお方なのかも知れない。


 そんな思いが、2人の姫の胸に浮かんだ。


次回更新は、5/3(火)に『転生少女の七変化キャラクターチェンジ ~病弱だった少女が病床で作った最強7キャラで、異世界をちょっと良くする物語~』をアップ予定です。

https://ncode.syosetu.com/n2028go/

もしくは画面上の、作者:イリロウ のリンクから

どちらも読んでもらえるとうれしいです!


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ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

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