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10 朝のランニングは淑女のたしなみですわよ

 日が昇って間もない澄んだ空気の中を、大根足がドスドスと駆けていく。身につける衣装はドレスではなく、ジャージに似た小豆色のパンツルック。腰には護身用の短刀が下げられている。

 お揃いのピンクのズボンを穿いた細い足が、必死についていった。


 オーキン城から湖へ続く森の道を走るのは、毎朝の日課だ。


「ハァ……ハァ……お姉さま、速いですぅ。もっと……ゆっくり……」

「な~に言ってんの? ちょっと無理するぐらいじゃなきゃ、トレーニングにならないでしょ?」

「あうぅ~、がんばりますぅ」


 砂利道の先に騎士の一団がいる。あの背中は――宰相のジェラルドと、昨日ゲイブルと試合をしたジャレンス、あとの3人の騎士はわからない。多分、護衛だろう……ってことは。


 アリスティアはスピードを上げて、騎士たちの前に回り込んだ。ついて行けないエリスティアは、「お、お姉さま……」と息を漏らすしか出来ない。


「やっぱり、殿下でしたか」


 騎士に囲まれるようにして、エルウィック殿下が歩いていた。


「アリスティア姫」


 あどけなさの残る第二王子の瞳が、少し驚いたように丸くなった。


 アリスティアは淀みなく片膝をつき、頭を下げた。ドレスならカーテシーを見せるところだが、持ち上げるスカートがないので騎士の倣いに従った。


「その姿は?」

転生人てんせいびとの医師に教わったトレーニングウェアですわ」

「とれーにんぐうぇあ?」


 遅れていたエリスティアが追いついた。


「エ、エルウィック殿下!」


 慌てて、エリスティアも片膝をついた。


「2人とも、跪くのはやめて下さい。私は……もっと気楽に話がしたい」


 どうするべきなのかわからないエリスティアは、アリスティアの顔をチラリと伺った。頼りになる姉は、ニッコリとしている。


「殿下の仰せのままに」


 すっと立ち上がったアリスティアとエリスティアに、騎士たちが頭を下げた。特にジャレンスは深く下げている。逆に宰相のジェラルドはピクリとも頭を垂れない。


「ユージンという、転生人てんせいびととされる医師をご存じないですか?」

「ユージン……聞いたことがあります。外れの森で世捨て人のような暮らしをしているとか」

「その方から健康の指南を頂いているのです。太っていては体に良くないので、毎日走りなさいと」


(ならば、痩せればよいのでは?)


 ジャレンスを除く騎士たちから、同じ疑問が浮かんだ気がした。


「では、そのとれーにんぐうぇあという出で立ちは、異世界の服ですか?」

「ユージンの話を元に作らせたものです。スカートで走るのははしたないですから」


(淑女はそもそも走る必要がないのでは?)


 と、また騎士たちから疑問が浮かんだ気がしたが、気にしない。


「エリスティア姫も、一緒に走られているのですね」

「朝走るのって、とっても気持ちがいいんですよ。汗をかくことはお肌にいいって、ユージン様がおっしゃってました」

「そのおかげで、エリスティア姫のお肌はツヤツヤしているのですね」

「えっ……」


 不意に褒められて、白い頬がピンクに染まった。うんうん、エリスの肌は白粉おしろいいらずだものね。うなずくアリスティアを見て、エルウィックが気づいた。


「あっ、アリスティア様のお肌もとてもきれいです!」


 慌ててフォローを入れるエルウィックに、アリスティアは手をひらひらと振った。


「私のことはよいのですよ、殿下。きれいだなんて……」

「いえ、アリスティア姫はおきれいです。そうであろう? ジャレンス」

「はっ。昨日の剣技の美しさは、その体型あってのもの。お見事でした」


 何? どうしたの? そんな持ち上げても何にも出ないよ?


「そうなんです! お姉さまはとってもお美しく、素晴らしいお方なんです!」


 エリスティアの頬が、パアァとほころんだ。姉を褒められると、天使の笑顔が花開く。


「はい、私もそう思います」


 うなずくエルウィック殿下の株が、エリスの中で爆上がり間違いなし。あれ? この2人、ホントにうまくいくんじゃない?


「失礼だが、お2人は護衛をつけておられないので?」


 ジェラルドの言葉に、アリスティアは腰の短刀に手をあて、胸を張った。


「私に護衛が必要だとでも? そもそも、賊は城のそばのこの森に近寄れませんし」


 昨日の見事な剣技であれば、護衛が不要なのはその通りだろう、であれば――。


「殿下も、ご一緒に走られてはいかがですか? こうして我々と散歩もよいですが、お2人の姫君と親睦を深められるのもよろしいかと」

「走る……か。運動は苦手だけど、ジェラルドの言うことはもっともだね」


 エルウィックは胸に手をあて、少し頭を傾けた。


「私も共に走ってよいだろうか? アリスティア姫」

「もちろんですわ、殿下。はい!」


 差し出した手のひらに、エルウィックは戸惑った。


「え?」


 アリスティアは構わず第二王子の手を握ると、ぐいっと引っ張った。


「さぁ、行きますわよ、殿下!」

「ア、アリスティア姫!?」

「フフッ、湖まで競争です!」


 金色の髪を揺らしながら、エリスティアも続く。


「ジャレンス、殿下のあとに」

「言われるまでもない」


 ジャレンスはすでに鎧を揺らしながら駆け出していた。朝の光の中を走る3人の姿が、王国を輝かしい未来に導くようで誇らしい。


 ――そんな光景を目にしながらも、宰相ジェラルドは何故か眉をひそめ、3人の騎士たちに何かこっそりと耳打ちするのだった。


次回更新は、4/24(日)に『転生少女の七変化キャラクターチェンジ ~病弱だった少女が病床で作った最強7キャラで、異世界をちょっと良くする物語~』をアップ予定です。

https://ncode.syosetu.com/n2028go/

もしくは画面上の、作者:イリロウ のリンクから

どちらも読んでもらえるとうれしいです!


【大切なお願い】

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

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