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MOLD

作者: 転転悠悠
掲載日:2020/10/30

特性:かたやぶり

型をブチ壊せ!



人は自らの"型"というものから決して抜け出せない。

それは僕がこの28年という比較的短い歳月を生きてきて、唯一確信していることだ。僕らは常に型にはまっている。社会、常識、人格、礼儀…


ただ一人、無謀にもその"型"を打破ろうとして、消えてしまった人間を僕は知っている。

その人は自らを取り巻くありとあらゆる"型"を嫌悪し、それらを破壊してきた。…それ自体が"型"であると気が付いたときにはもはや手遅れであったのだが。




彼女はまず、女であるという型を嫌った。彼女の話によると、物心付いたときには既に行動を始めていたという。

彼女の母は、厳格で規律に厳しい人であった。だから常日頃、「女の子なんだから〜」という言葉が口癖になっていた。

彼女は、その全てに反発した。女の子は髪を伸ばすものと言われれば短く切り、おしとやかであるべきと言われれば近所の悪ガキに喧嘩を売り、怪我をして帰って来た。


そんな彼女の姿に母は頭を抱えていたが、彼女にとってはその母の姿が自己の証明であった。


「自分は歪んでると思う」


彼女は自らそう語っていた。

彼女は母に恩義を感じていない訳では無かった。成人して家を出てからも、彼女の兄弟の中で母の面倒を一番看ていたのは彼女であった。そして、母が息を引き取るその日も彼女が看取った。

その行為に関して、彼女は


「型を壊してきた自分という型を壊すことで、自分を保っていた」


と語っていた。




僕らは一体彼女の事をどれほど理解出来るのだろう?いや、もしかしたら彼女は、理解可能というような"型"に収まりたくなかったのかもしれない。今となってはそれは誰にも分からない。




「私は無を目指している」


彼女は僕にそう打ち明けた。あれはクマバチが煩く飛び始めた去年の6月だったはずだ。


「それはつまり"死"ということ?」


僕は少し心配になって尋ねた。


「違う。無。ただの無。それは死とは全く異なる」


彼女はそう言った。

その言葉が僕には理解出来なかった。僕がそれまでに身に着けてきた価値観では計れない。


「私は無になれるかもしれない」


彼女はそう続けた。



正直に言おう。

彼女が生きているか死んでいるか、それは僕にも分からない。最早誰にも知る由もない。まるで『シュレディンガーの猫』みたいだ。観測するまで、状態は定まらない。しかし、彼女の場合は観測不能だ。それが彼女の意味した"無"なのか?




「なぜ我々は生きているか?」


彼女は皆の前でそう問いかけた。

聴講者達は静かに彼女の講演に耳を傾けていた。


「成長するためだ。成長し、殻から出てこそ、生きる意義がある」


彼女はそう訴えた。

『世界的成功を収めた敏腕女性が伝える"生きる意義"』と題された講演会は、会場を揺らすほどの喝采の拍手で幕を閉じた。

聴講者の一人の女子大学生はこう感想を漏らした。


「彼女の生き方に感銘を受けました!私も女性として、殻を打ち破り、成長したいと思います!!」


果たしてその女の子には、彼女の意図するものが理解出来たのだろうか。否。




これは共通の知人が僕に話したことなのだが、彼はやたら熱心に僕に訴えた。


「あの人は異世界に転生したんだよ!きっとそうだ!!」


馬鹿馬鹿しい。彼のアニメ脳もついにここまで来たか。僕は呆れ返っていた。

しかし、彼にはそう主張する根拠があった。


「あの人は消える前、僕に転生とは何なのかを聞いてきたんだ!僕はあの人に5時間掛けて教えてあげたんだ!5時間もだよ!!!」


彼はそう熱弁した。

なるほど、あり得るかもな。僕も少しばかりそう感じた。それ程彼女の生き方、いや、存在そのものが"型"に収まることが無かったのだ。

そう熱弁した彼は、先月交通事故でトラックに撥ねられて亡くなった。果たして彼は異世界に転生できたのであろうか?




僕は今病室でこの文章を書きながら彼女に思いを馳せている。

今の僕という不自由な存在にとって、彼女はどれほど自由に見えたか。

そして、"型"から抜け出せない僕という人間にとって、どれほどの憧れであったか。

今となっては、彼女に会うことは叶わない。

誰の目の前からも彼女は突然姿を消してしまった。その存在の痕跡すらも。

今では彼女という人間そのものが存在しなかったのではないか?と疑う人まで、存在する。


しかし、彼女はいた。間違いなく。


だが、そう考える僕の思考すらもその内に消えていくのだろう。

人は決して自らの"型"から抜け出せない。


廊下を看護師が歩く音がする。どうやら点滴の交換の時間らしい。

僕はそろそろ筆を置くことにする。


…全く一体僕は何を書きたかったのか。


病室の扉が開く。


"彼女"が現れる。


ーーー

感想や需要がありましたら、執筆活動続けます。無ければ(おそらく)その内辞めます。

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