ドルフィンダイブ
俺はFPSスキルを起動するため、リストカットした。
ぶしゃああああああと血が噴き出し、俺は気絶した。
落ちていく。
ずっと落ちていく。
どこまでも落ちていくような感覚にとらわれた。
際限のない、ゆるやかな下降。
『はっ』
意識を取り戻した俺は、すぐさまロードアウトとにらめっこした。
先ほどARを使って失敗したので、変える必要があると思ったからだ。
少し考えた挙句、俺はとある武器を選んだ。
ゲームを開始すると、敵は相変わらず頭上を飛び交っていた。
俺は選んだ銃を構え、すぐさまトリガーを引いた。
だだだだだだだだだだ
と少し重たい音を響かせ、俺は先ほどと同じ31発を撃ち切ってリロードモーションに入った。
その瞬間―――
―――敵は猛スピードで突っ込んできた。
だが、俺はこれを待っていた。
すぐさまインスタスワップ。近付いてくる敵に、腰だめで銃弾を浴びせた。
つまり、31発撃ち切ってもなお、この銃にはまだ十分な弾数が残っていたということ。
そう。俺は1マガジンの装弾数が多い、LMGを選んでいたのだ。
その装弾数、裕に200発。いくら外しても、そうそう弾切れするような弾数ではない。
さらに俺は念には念をと、先ほどの銃とは違うと悟られないよう、わざわざHK416と同じ連射速度のLMG、M249軽機関銃を選んだ。
ひょっとして、銃声の違いで悟られやしないかと少しひやひやしたが、敵はちゃんと騙されてくれたみたいだ。
撃発された銃弾は確実に、敵を捉えていた。
裕に十発ほどが、敵が纏うバリアに着弾し、バリアには大きくひびが入っていた。
だが次の瞬間には、敵に回避行動をとられていた。
そのせいで、本体にダメージを与えることはかなわなかったみたいだ。
それでも、敵は俺の攻撃に驚いたのだろう、すぐに逃亡を図った。
だが、もう逃がすわけにはいかなかった。
俺はLMGの特性、多弾倉であることを活かし、銃弾を浴びせるように撃ち続けた。
だだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだ
と、けたたましい銃声が長く響いた。
敵は挙動を大きく左右に振って、回避行動をとった。
ところが、次の瞬間に敵が掴んだ枝は、既に俺の銃撃によってボロボロになっていたのだ。
「……!?」
思いがけず折れた枝に、敵は成す術なく地面に落下した。
そう。俺は敵本体ではなく、敵が次に掴まりそうな蔦や枝を狙っていたのだ。
敵本体に弾を当てるのは相当難しい。
何せ、敵は有り得ないくらい機敏に動き続けているのだ。
次の瞬間の敵の位置を事前に把握できないため、狙うことは非常に難しい。
だが、敵が次に掴まるであろう枝や蔦ならどうだろう。
確かに、敵の動きを見た後で一瞬で打ち抜かなければならないことに変わりはないが、そこには動いているか止まっているかの明確な差異があった。
俺は落下した敵に、すぐさま駆け寄った。
そして、敵に掴まれたエルカの姿を認めると、すぐにゲームをログアウトした。
急激な上昇感に襲われて、俺は意識を取り戻した。
そして、すぐさま敵の手からエルカを引きはがした。
その時ふと、敵の顔が見えた。
木から木へ飛び移っていた時は早すぎて、その姿を追いきれなかったが、それはフードを目深にかぶった美しい女性だった。
俺達はSランク討伐クエストに向かわされた筈だったが、これはどう見てもモンスターではなかった。
だがそんなことはどうでもいい。
こいつが俺達に、殺さんとする勢いで攻撃を仕掛けてきたのは事実だ。
とにかく今は、逃げなければ。逃げることが先決だ。
俺は走り出した。エルカを抱いて。
すると敵も、同じく逃げ出したのだろう。
背後では、木々を飛び交う音が遠ざかって聞こえた。
俺は走った。
俺達を追いかけ回す雑魚モンスターも、
倒したモンスターの残骸も、
道半ばで立ち往生する冒険者たちも。
皆置き去りにして走った。
そしてもうすぐで、森の出口に辿り着くというその時だった。
「…殺気」
俺はふと、頭上に殺気を感じた。
まさか、さっきの敵が俺達を追ってきたというのか。
先ほど敵は逃げ出したように感じたが、まさか。
俺はその姿を見ようと、頭上を見上げた。すると―――
「うおりゃああああああああああああ」
木々で邪魔されて姿こそ見えなかったものの、明らかに攻撃する際に発するような雄叫びが聞こえてきた。
俺は咄嗟に、COU内ではダッシュしながら伏せ動作することで発動できる、緊急回避行動をとった。
ドルフィンダイブ。
飛び上がって地面に飛び込み、そのまま伏せるという一連の挙動だ。
イルカが、空中にジャンプしてから水面に突っ込む姿に似ていることから、この名がつけられた。
まさかこの動作を、現実の肉体でで行う日が来るとは、夢にも思っていなかった。
どかーん!
ドルフィンダイブをした俺の背後では、腐臭漂う腐葉土をあちこちに飛び散らせ、小さなクレーターができていた。
「ひゅう、相変わらずくっせーなこの森。ったく、そのSランクの敵ってのは一体どこにいるんだよ」
その男は、クレーターの中心にいた。
男は腐葉土に顔から突っ込んだ俺を見ると、
「ん、どうした?顔から土に突っ込んで」
「……」
俺はわなわなと怒りに拳を震わせながら、お前のせいじゃい!と心の中で突っ込んだ。
「あさると、痛い」
そうだった。
俺は今、エルカを担いでるんだった。
だめだ、この怒りを鎮めないと。
「もう。あなたって人は何でこう、いつも先走っちゃうかな」
声のした方を見ると、森の入り口の方面から、全身鎧を身に纏った緑髪の女性が歩いてきた。
「わりいわりい。飛び上がって、空中から索敵したら手っ取り早いと思ったんだがよ。こうも深い森だと、いかんな」
「あなた、気づいてないかもしれないけど。危うくそこにいる冒険者さんを、叩っ切るところだったのよ?」
「おお、まじか。そいつぁ、すまねえ」
男はどうやら、言われるまでそのことに全く気付かなかったらしい。
そのことに腹を立て、エルカは俺の腕の中でぷんっとそっぽを向いた。
「うちの者が、ご迷惑をおかけしまして」と女性も謝罪を重ね、
「ところでなんですが、Sランクの緊急討伐って、どうなりましたか?」
と話題を急に変えて質問してきた。
「ああ、それなら俺が追っ払ったよ。でもあの子、モンスターじゃなくて結構な美人の女性だったけど。あれって敵だったの?」
俺がそういうと、二人は顔を見つめ合わせた。
「え、あなた冒険者ランクはいくつ?」
「ああ、F3ランクですけど?」
「アリシア…こいつ、もしかして」
「ええ。これは、可能性ありますね」
俺のランクを聞き、二人は何かを納得した様子だった。
その時。ふと、俺は足元をふらつかせた。
「待って。あなた、大けがしてるじゃない!」
言われて気が付いた。
さっきまで、敵から逃げるのに必死で意識していなかったが、気絶するためにリストカットした手首が、乾いた血で赤黒く染まっていた。
「う…っ」
俺は貧血で倒れた。