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アリーナ系FPSとトラッキング

 エルカは顔をしかめながら、敵の死体を漁っていた。

 この気味の悪い森に踏み入ってからというものの、エルカはずっと顔をしかめっぱなしだ。


 手伝いたかったが、FPSスキル発動中の俺はキーボードマウスで動いているため、複雑な動作ができない。

 できることといえば、エルカを見守ることぐらいだった。

 俺はしばらくの間、近づいてくる敵がいないかと周囲を警戒していたが、考えてみれば近くの敵はあらかた倒した後だ。敵が来るはずもなく。


 俺はFPSスキルを解除し、エルカの手伝いをすることにした。


 俺はEsc(エスケープ)キーから表示できるメニューウィンドウから、"ゲームを終了する"を選択した。

 そして、出てきた確認のダイアログに、Yを入力した。


 途端、俺は急激な上昇感に見舞われた。

 



 FPSスキルを解除すると、やはりエルカは少し嬉しそうな顔をした。


 だが、俺はとある事実にはたと気が付いた。

 そういえば俺、力仕事できないんだった。


 長年ひきこもり続けた俺の非力さは、舐めてもらっちゃ困る。

 この目の前にあるヒュージ・バットでさえ、持ち上げるのにひいひいと音を上げるに決まっている。

 ましてや、スパイダーやトレントなんて以ての外だ。

 手伝うつもりが寧ろ、邪魔になるのが関の山だろう。


 とはいえせっかくFPSスキルを解除したのに、突っ立っているだけじゃダメかと思い、エルカの作業を少し手伝うことにした。


 手始めに、ヒュージ・バットを持ってみる。


「……!?」


 持ち上がった。軽々と。

いや、実際は全然軽くないし、その重さはズシリと手に伝わっていたが、なぜか持ち上がった。


 続けてスパイダーや、自分の体重の何倍もするであろうトレントも試しに持ち上げてみたら、軽々とはいかなかったものの、しっかりと持ち上げることができたのだ。


 なぜだ、俺はいつの間にこんなに力持ちになったのだと思い返してみた。

 すると思い当たる節が、一つだけあった。


 FPSスキル中、俺は大量のモンスターを倒した。

 倒した中には、Bランク冒険者相当のアンデッド・ロードも含まれていて、つまり俺はかなりの経験値を稼いだはずだ。レベルの上昇と共に、筋力値(S T R)が上がっていてもおかしくない。


 俺とエルカはしばらく2人で敵の亡骸を探し続け、遂にアンデッド・ロードを見つけ出した。


 エルカはそいつから盾と剣を奪い取り、腰のポーチにいれた。

 どうやらこのポーチ、四次元ポケットのように、小さな見た目で大量のものを運べる代物らしかった。まるで、ゲームのインベントリみたいだ。




 必要なものは拾ったので、俺達は帰路についた。


 FPSスキルは解除したままだったが、倒した敵の死骸を辿って、来た道をそのまま帰れば、敵に遭遇しないだろうという甘い考えの元だった。

 確かに、トレントは基本的に移動しないモンスターだったので現れることはなかった。


 しかし、スパイダーやバット、ゴブリンなど移動するモンスターとは数回遭遇した。


 その度に、エルカが一発お見舞いし、敵が怯んでる隙に逃げた。


 俺はステータスにおいて、敏捷性(A G I)の数値のみが異様に高かった。

 これはFPSによって鍛えられたためだと思われるが、この数値はこの世界では、足の速さにも寄与する。

 なので、俺は物凄い速さ、ともすればエルカを置き去りにしてしまいかねない勢いで、逃げることができた。




 しばらく走り続け、俺達は転移魔法陣まで戻って来た。

 あとは村に帰って、ギルドで報告するだけだと俺は気を緩ませていたが、何やら魔法陣の周囲は騒然としていた。

 冒険者たちが、20人ほど転移魔法陣の周囲でたむろしていたのだ。


「よお、エルカちゃんにあさるとくん。なんだ、まだ死んでなかったのか」


 見れば、ギルドでいつも因縁をつけてくる、あのごろつきのパーティもいた。

 どんな時でも、口を開けば嫌味か。


「何事ですか、こんなに冒険者が集まって」


 転移魔法陣の守衛の男も、驚いているようだった。


「いやな、どうやらSランク緊急クエストらしくてよ。手の空いていた冒険者たちが、こぞってここに集められたってわけよ」


 冒険者たちの中の一人が、説明してくれた。

 今Sランクと言ったが、見た限りそこまで強そうな冒険者は居なかった。

 恐らくは、Sランク冒険者が到着するまでの時間稼ぎ。

 本当にただの寄せ集めの連中なのだろう。


「エルカちゃんとあさるとくんも、もちろん来るよな?」


 これだけ低ランクの冒険者が寄せ集められる緊急クエストということは、本当に人手が足りないのだろう。

 村に帰還したところですぐにまた駆り出されるのは目に見えていた。


 俺はギョロ目に向かって、返事する代わりに頷いた。


 なるほど。エルカが無口な理由が何となくわかった気がした。

 これだけ明確な敵意を向けてくる相手とのコミュニケーションなら、こうなるのは必然と言えよう。


 俺達は後ろにぞろぞろと冒険者を引き連れて、来た道を戻ることになった。


「……」


 あんなに威勢が良かったごろつきどもだったが、道に転がるモンスターの死体のランクの高さに、言葉数が少なくなっていた。


「こいつら、Cランクはあるぞ…」

「まさかこれ、あの二人が倒したってのか…?」

「んなわけあるか。どうせあいつらより先に高ランクの冒険者が来て、倒してったのに決まってら」


 小声で話していたようだが、全部俺達に聞こえていた。


 そしてアンデッド・ロードと対決した場所に来た時、ごろつきどもは死体の山を前に、絶句した。


「……嘘だろ、この数を二人で…?」

「いやいや、だから、絶対あいつらじゃないって」


 俺達は、さらに森の奥へと進んだ。


 途中途中、モンスターと何度か遭遇したが、FPSスキルを使っていない俺に代わって、エルカと周りの冒険者たちが戦ってくれた。


「あいつ、全然戦わねえぞ」

「まあ、ギルドでは大見得切ってたが、所詮F欄冒険者だからな。戦えなくて当然だ」

「ったく、しょーがねえなあ。戦えない僕ちゃんの代わりに、俺らが戦ってやらんとなア」


 ごろつきどもは、都合のいいことだけやけに大声で話した。

 俺は聞こえないふりして、そのまま先頭を歩き続けた。


 俺は先ほどから、頭上に敵の気配を感じていた。

 隠密(ハイド)スキルがよほど高いのか、音一つ立っていなかったが、俺はFPSをやっている時に察する殺気のようなものをひしひしと感じていた。

 俺は近くにいた、杖を持った冒険者に話しかけた。


「なあ、俺達の頭上、何かいるかもしれない」


「そうですか?念のため、索敵魔法を使ってみますね。"主神が眼力を与え給う!"」


 冒険者は、どこか(エーペッ〇ス)で聞き覚えのある呪文を唱えた。

 すると、杖から敵を可視化するスキャンが、頭上を生い茂る不気味な木に向かって放たれた。


 やはりだった。敵の姿が、黄色く浮かび上がった。


「敵を発見!頭上!」


 遠距離攻撃できる冒険者たちは、一斉に頭上の木に向かって放った。

 矢、火球、ブーメラン。様々な攻撃が飛び交った。


 しかし敵は、驚くほど俊敏だった。

 木の枝から枝へ、蔦から蔦へと巧みに移動していく。


「待ちやがれ!」


 俺達は地べたを走って追いかけた。

 だが、地の利は明らかに向こうにあった。


 ぬかるんだ地面に足を取られながら、平面的な移動しかできない俺達。

 木から木へと飛び移りながら、立体的な移動が可能な敵。


「が…っ!」


 声のした方を見ると、冒険者がすでに一名負傷していた。

 敵がその異常なまでの機動力で、既に肉薄していたらしい。


「エルカ、一旦下がるぞ」

「おい、どこへ行く!」


 俺とエルカは、一旦冒険者たちから離れた。

 類稀なAGIから来る足の速さを活かして、俺とエルカはその場を抜け出すことができた。


「エルカ、いつもの頼む」


 エルカは「しょーがないわねえ」と、文句をたれた。

 そして次の瞬間には、「んーよいしょ」と、俺の意識は飛んだ。




 落ちていく。

 ずっと落ちていく。


 どこまでも落ちていくような感覚にとらわれた。

 際限のない、ゆるやかな下降。




『はっ』


 目が覚めた俺はすぐさま、ARのロードアウトを選択し、ゲームを開始した。




『大丈夫か?』

「ダメだ、もうもたない…!」


 俺はスキルを発動すると、エルカを連れてすぐさま冒険者たちに合流した。

 既に彼らの中には戦闘不能者が出ており、それをかばうので必死で、最早攻撃などできたものではなかった。


 俺は冒険者の頭上をずっと飛び交っている敵に対して、すぐさま発砲した。


「……!」


 敵は、これまでとは明らかにテイストの違う俺の攻撃に一瞬戸惑ったが、そこで行動パターンを変えてきた。

 これまでは一直線に移動することを繰り返していたが、今度は弾を避けるようにじぐざぐと小刻みな動きを始めたのだ。

 俺はこんな動きを、とあるゲームで見たことがあった。




 アリーナ系FPS。


 スポーツ系FPSとも呼ばれるそのFPSのジャンルは、難易度の高さで有名だ。

 多めの体力。ダメージの低い武器。現実を超越した移動方法と移動速度。

 このタイプのFPSでは、特に追いエイム(トラッキング)が重要とされている。




 追いエイム(トラッキング)


 読んで字のごとく、早く動く敵を追いかけるように狙い続けることだ。

 これには、かなりの鍛錬が必要とされる。

 何せ敵は、上手ければ上手いほど予想外の動きをしてくるわけで、それを捉えられるだけの動体視力と、それについていけるだけの瞬発力が求められるのだ。

 特にアリーナ系FPSにおいて、顕著に求められる技能である。




 俺は小刻みに軌道を変える敵を、一所懸命トラッキングした。

 恐らく、方向転換の度に魔法でブーストしているのだろう、慣性力による挙動が最低限に抑えられていた。

 そうなると、敵の動きを予測するのは本当に難しくなってくる。

 慣性に流れる動きだと、ある程度次の瞬間の敵の位置を予測できるのだが。

 予測が全く立たないとなると、アドリブで敵に狙いを定めていくしかなくなる。


 それに加え俺は、特にトラッキングが苦手だった。

 勿論、そこらのゲーマーよりはかなり抜きんでているとは思うが、俺が主にプレイしていたCOUはアリーナ系FPS程の難しさはなかったからだ。


 俺はマガジンを撃ち切った。

 31発撃った中で、命中弾はたったの11発ほどだった。

 それも、どうやらバリアに防がれていたらしく、ぼとぼとと音を立てて地面に落ちた。


 すぐさまリロードの体勢に入る。

 エルカはもうこのルーティーンに慣れつつあり、自然と俺の前に立って守る(カバー)態勢を整えてくれた。


 その時だった。

 突然、敵が軌道を変えてこちらに真っ直ぐ突っ込んできたのだ。


 エルカはすぐさま、ハンマーを振った。

 しかしそれを見越していた敵は、瞬時に横に反れた。


 ハンマーは大きく空を切り、エルカは無防備な背中を敵に向ける形になった。

 その瞬間、敵はエルカをかっさらっていったのだ。


『エルカ…!』

「あさると!!」


 エルカが珍しく叫んだ。

 敵はエルカを掴んだまま、再び木から木へと飛び移っていた。


 俺はFPSスキルを発動した状態で追いかけたが、ダメだ。

 COU(このゲーム)で設定されている足の速さでは、俺は到底敵に追いつけなさそうだった。

 寧ろ、AGIの高い通常状態の方が、追いつけそうな気がした。


 俺はすぐさま、ゲームをログアウトした。




 急激な上昇感と共に目覚めると、俺はすぐさま敵めがけて走り出した。


 腐葉土に沈み込む足を、無理やり地面から引っぺがして走った。

 泥水を跳ね上げ、風を切って走った。


 時々モンスターが出てきたが、そんなことはお構いなく走った。

 後方に、全て置き去りにした。




 しばらく追跡していると、俺の足の速さでは振り切れないだろうと判断したのか、敵は逃げることを辞めた。


 敵は再び、俺の頭上を飛び交い始めた。

 どうやら、俺と対決すると決めたらしい。


 だが、FPSスキルを使用していない俺は、攻撃手段を持たない。

 レベルが上がったことによって多少、強くはなったかもしれないが、武器も防具もない。


 エルカがこちら側にいてくれれば、殴打してもらってFPSスキルを発動できるのだが。

 居なくなって初めてわかる、有難みだ。


 ふと、敵の攻撃にわざと当たって気絶してみるというのも考えたが、敵はSランク冒険者相当。

 一撃で死んでしまう可能性だって、大いにあった。

 出るにはあまりにも、大きすぎる賭けだった。


 どうにかして、気絶できないものか。


 俺は考えながら、ふとポケットに手を突っ込んだ。

 すると手に何か当たる感触があった。


 引っ張り出してみると、それは採取用にギルドでもらった、短刀(サバイバルナイフ)だった。

 ……これだ。

 もう他に、考えるだけの余地はなかった。

 これしかない。


 俺はすぐさま、短刀を手首に押し当て、しゃっと力いっぱいに引いた。


ぷしゃああああああああ


 と、血が噴き出した。どうやら、動脈が切れたらしかった。


「ぐっ…」


 思わず、痛みに顔をしかめた。

 同時に、クラクラと眩暈がし始めた。そしてどんどんと呼吸も荒くなる。


 痛い。苦しい。気持ち悪い。


 様々な不快感が、一気にこみ上げた。

 だが、それを断ち切るように。次の瞬間、俺の意識は暗転した。

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