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ADSとヒップファイア

 あれからギルドにたどり着くまでの間、俺は少女に頼りっきりだった。

 何せ、FPSを奪われた俺には、戦う術が一切ないのだ。

 少しでも少女が俺から離れようものなら、「待ってくれ~」と情けない声を上げる他なかった。


 そして辿り着いたのは、辺境の地にぽつぽつと民家が建ち並ぶ、田舎町のギルドだった。




「次の方、どうぞ」


 ギルドの受付は田舎だからだろう、がらんとしていた。

 俺たちの前には誰もいなかったが、受付嬢は形式的に俺たちを"次の方"と呼んだ。


 少女は受付嬢に、ケイブオーク・ウォリアーの角を提出した。

 受付嬢はそれを確認すると、交換として金貨の入ったきんちゃく袋を渡した。

 少女が「んふふ」と満足げにそれを受け取ると、受付嬢は俺の方に視線を向けた。


「そちらの方は、何か御用ですか?」

「えっと、冒険者になりたいんですけど」

「分かりました。すぐに準備いたしますので、しばらく座ってお待ちください」


 俺は言われた通り、ギルドに備え付けられた、硬くて座り心地の悪い長椅子に腰かけた。

 すると、少女もちょこんと俺の隣に、さも当然のように座った。


「…」


 少女はやはり無言で、俺の方をジトっとした目で見ていた。

 暫くその状態が続き、俺は無言に耐えかねて、口を開いた。


「なあ。俺達、結構長いこと一緒にいるけどさ。そろそろ名前、教えてくれないか?」


 少女は「んー…」としばらくもじもじしていたが、やがて


「ひみつ」


 と返された。


「そうか、教えたくないなら別にいいんだ」


 とは言ったものの、これからも脳内で彼女を呼ぶ時は"少女"のままなのかと思うと、少し落胆した。


 それから再び、沈黙が流れた。

 こういう時、何を話せばいいのだろう。

 俺は普段、面と向かって話すよりも、ゲームしながら通話越しに会話することの方が多かった。

 アップデートで実装された内容だったり、最近発生したちょっとしたバグなんかを話していれば、会話が途切れることはなかった。

 話題の9割方は、ゲームの話だった。

 こうして、誰かと面と向かって話すのは本当に久しぶりだった。


 はて、何から話したものかと思案していると、


「でも、どうしても教えて欲しいなら、教えなくもない」


 と、少女から話しかけてきてくれた。


「え、いいの? じゃあ、教えてよ」


「…分かった」


 少女は力強く頷いた。

 そして、わざわざ立ち上がって、自己紹介してくれた。


「わたしは、エルカ。16歳。よろしく」


 ぴしっとちっちゃな胸に手を当て、姿勢を正してエルカは珍しくはきはきと言った。

 その様子はどこか、覚悟を決めているかのようだった。


 しかし、俺にはそんなことよりも引っかかる点があった。


「え、16歳!?」


 そう。少女は、年の割にはあまりに幼く見えたのだ。

 何せ、6歳から、せいぜい8歳程度の見た目だ。


「んむぅ。見た目よりも老けてて悪かったわね…」

「いやいや、見た目が若いってのは、良いことだと思うよ?」


「そうなの…?」


 俺のフォローに、なぜかエルカは疑問を呈した。




「よお、相変わらず空いてんなあ、ここのギルドはよう」


 声のした方を見ると、荒くれ者然とした4人組のパーティが、ギルドの入り口をくぐるところだった。

 声を発した先頭の男は、スキンヘッドで筋肉質でガタイがいい。恐らくタンクだろう。


「あれ、珍しいな。エルカちゃんじゃねえか」


 スキンヘッドはエルカを発見すると、まるでおもちゃを見つけた子供みたいにニヤリと笑った。

 当のエルカはというと、それに対して返事はしなかった。

 元々無口な子なので、それはいつも通りの事だったが、俺の隣で小さく震えていた。

 なんだか、嫌な予感がする。


「小便臭いガキが、またまた冒険者の真似事かい?」


「違いやすよアニキ。こいつドワーフだから、見た目よりも年取ってるんすよ」


 スキンヘッドに"アニキ"と付き従う男は、ギョロ目で目の下にくっきりとくまがある、見るからに輩といった風貌の男だった。

 口をあけて笑う度、その長い舌が見え隠れした。


「ああ、そうだったそうだった。ドワーフか」


 なるほど。エルカは人間とは別の種族(ドワーフ)だったのだ。

 だから実年齢よりも、若く見えたのか。


「それにしても。いつもは俺たちに会いたくなくて、そそくさとギルドから帰るってのに、今日はまたどういう風の吹き回しだい?」


 そこでギョロ目の男は、エルカの隣にいる俺に気が付いた。


「お、誰だお前。ここらじゃ見ない顔だけど?」


「ども。今日から冒険者になる、あさるとって者です。お見知りおきを」


 正直、こいつらに俺の事を見知って欲しくはなかったが、俺は社交辞令でそういった。


「へえ、そいつは珍しい。あんた、ここの出じゃないだろ?なんだってこんな、ド田舎で冒険者になるんだ」


 そういわれても困る。

 この村の近くに、異世界から転生(リスポーン)してきたからと言っても、通じないだろう。

 俺がしばらく答えに窮していると、


「っまあ何にせよ、このギルドは人が少なくて退屈だったんだ。新しい仲間が増えるのは、嬉しいことじゃねえか。よろしくな、新人君よお」


 ギョロ目の男は、ニタニタといやらしい笑みを浮かべて、手を差し出してきた。

 うわあ。この手、握りたくねえ。


 そんな俺に助け舟を出すように、


「冒険者登録の準備、できましたよ」


 と、受付嬢さんが言った。




■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪




 受付嬢さんはギルドのロビーに、滑車付きの荷台に何かを乗せて運んできた。


「"盟約石"とか、久しぶりに見たぜ。なんせ、こんな辺鄙なところで、新しく冒険者になるやつなんざ珍しいからな」

「さて。兄ちゃんがどんなステータスか、見守ってやろうじゃねえか」


 受付嬢さんは俺に、盟約石と呼ばれたその大きな石に、手のひらを乗せるよう指示した。

 俺は言われた通りにした。すると―――


「がっ…!」


 石から、無数のとげが伸びてきて、俺の手のひらをグサグサと貫いた。


「そうそう、痛いんだよなこれが。まあ、通過儀礼だと思って、我慢してくれや」


 石は手のひらから、俺の血をちゅうちゅうと吸い出していった。

 血液検査とか、献血とかより何倍も多く、俺の血は抜かれていった。

 目の前がクラクラしてきた。意識がもうろうとしてきた。


 もはや体中の血という血が、抜かれたんじゃないかと思い始めたころ、今度は体外に流れ出た血液が、逆流して体内に戻ってくるのを感じた。


 一通り血液が戻り、俺が元気を取り戻すと、石は空中に文字を映写した。


"アサキハルト殿

貴殿を冒険者ギルドに迎え入れる


以下に貴殿のステータスを記す"


「ぎゃはははは!こりゃ傑作だよ!」


 ステータスに目を通したギョロ目の男が、はしゃいでいた。

 見ると、俺のステータスは確かに酷いものだった。


"LV 11

HP 13

MP 15

STR 3

VIT 4

DEX 8

AGI 86

INT 5


Skill:FPS

Skill:気絶耐性減少・特"


 ゲームで鍛えられているからだろう。唯一、AGIだけは恵まれた数値だったが、その他は酷い有様なのが何となくわかった。

 もちろん、FPSスキルを持っていたが、そのすぐ下に記載されているものも少し気になる。


 ていうかこれ、わざわざロビーでやる必要あるか?

 別室で個別にやれば、良くないか?

 どうやらこの世界には、プライバシーのプの字もありはしないらしい。


「あー、良いステータスだったらパーティに誘おうと思ったんだが。まあ、もうちょい強くなったら声かけてくれや」


 スキンヘッドはぱんと、俺の背中を軽く叩いた。

 なるほど。ステータスを公表することで、パーティに誘うかどうか判断させるために、あえてそうしているのか。


 受付嬢さんは顔色一つ変えず、事務的な笑顔のまま言った。


「ではアサキハルトさん。あなたは、F3ランク冒険者からのスタートとなります」


「ぎゃはははは!最低ランクじゃねえか!!」


 ギョロ目の男は大笑いしていた。


「こちらはFランク冒険者の方に贈呈する、ギルド特製の短刀となっております。Fランクは採取クエストが主となっておりますので、ぜひご活用くださいませ」


 俺は鞘に収まったそれをうやうやしく受け取り、ポケットに入れた。


 俺の能力査定が済むと、ごろつきどもが受付でクエストを受注した。


「さて。俺たちはこれから、クエストに出かけるけどよ。今日は面白いもんが見れてよかったぜ、兄ちゃん」

「最後に聞くけどよ。エルカちゃん、お母さんは元気にしてるかい?」

「ぎゃはははは、アニキ!それ傑作っすよ!!」


 ごろつきどもは去り際に、そう言葉を残した。

 エルカは答える代わりに、俺の腕をがっちりと掴んだ。

 掴まれた腕から、今度は怒りを起因とする震えが、ひしひしと伝わってきた。

 エルカの母親には、何かあったのだろうか。


 ごろつきどもが冒険者ギルドを出た後、エルカと俺は手始めに、Fランクでもできる簡単な採取のクエストを受注した。

 簡単な採取クエストで危険はそんなにないと思われたが、受付嬢さんは形式ばって

「ご武運をお祈りしております」

と見送ってくれた。




 数分後、再び俺達は草原に立っていた。

 エルカは早速短刀を取り出すと、モンスターだらけの草原で無防備に採取し始めた。

 曰く、「守って」とのことだ。

 本当に、戦うことをめんどくさがる子だ。


 しかし今の俺にとって、それは困った相談だ。

 今の俺は、ただのF3ランク冒険者。

 一度気絶して、FPSゲームを起動しないとまともに戦えない。


 ん、気絶?


 確か俺は、"気絶耐性減少・特"スキルを持っている。

 つまり、何らかの気絶攻撃を受ければ、俺はすぐに気絶することができる、ということか。


 うーん、俺を気絶させてくれるような、鈍器的なものが都合よくあったりしないかなあ。


 ん?


 俺は、エルカの腰にぶら下がった、小さなハンマーに目を止めた。


「なあ、エルカ。一つ、つかぬ事を頼んでもいいか?」


 エルカは採取の手を止め、俺を見てパチパチと目をしばたかせた。

 俺はそれを勝手に肯定の意と解釈して、続けた。


「そのハンマーで、俺を殴ってくれ」


 エルカは少し首をひねって思案した後、ざざざっと後退った。


「いや違う違う違う!違うから!俺は殴られたがりのヘンタイじゃないから!」


 "ヘンタイ"という言葉を聞いて、エルカはさらにもう一歩後退った。


「いや、マジで違うんだ。俺のスキル、"FPS"は気絶によって発動するんだ。だから、守ってほしければ俺を殴ってくれ」


 俺は五体投地、いわゆるJAPANESE DOGEZAの姿勢で頼み込んだ。

 俺の説明を聞いて、ほんとかなあと首をかしげながらも、エルカはハンマーを横薙ぎに構えた。


「さあ、思いっきり!頼む!!」


「んーよいしょ」


 ぶんっと風を切る音が聞こえて、俺の意識は暗転した。




■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪




 落ちていく。

 ずっと落ちていく。


 どこまでも落ちていくような感覚にとらわれた。

 際限のない、ゆるやかな下降。




『はっ』


 意識を取り戻すとすぐさま俺は、殴られた頬を確認した。

 どうやら意識のみの俺は、肉体に起きた痛みを感じないらしい。

さながら、俺の身体はゲーム内のキャラクターのように、画面のこちら側には痛みが伝わらないようだった。


 にしても、意識を失う直前、俺は言い知れぬ快感を覚えた気がするが、気のせいだろう。

 ここにきて、新たな性癖の扉を開けたわけではあるまい。


 俺は首を振って、これ以上深く考えることを辞めた。

 いかんいかん、今は早くエルカを助けに行かないと。


 俺はSMGの装備構成(ロードアウト)を選択し、ゲームを開始した。


 画面が切り替わるとすぐに、画面いっぱいにエルカの顔が映し出されていた。

 俺が動き出したことを確認すると、エルカ「うわっ」と後ろに一歩後退った。


 見れば、エルカの頭上には分隊(パーティ)(メンバー)を示す緑色で、"エルカ"と書かれていた。

 恐らく、俺が彼女の名前を認識したから、表示されているのだろう。


 分隊員の表示は、他の味方や敵の表示とは違い、どこにいても例え壁も裏側にいても、貫通して表示される仕様だった。これでFPSモードの間は、エルカを見失うことはないだろう。


『よし。この状態なら、エルカを守ることができるぞ。ほら、採取を始めてくれ』

「…」


 エルカは普段からぶっきらぼうだが、FPSモードに入ってからはいつにも増して口数が少なくなるようだ。

 エルカは無言で、短刀を生えている草に突き立て始めた。


 すると、スライムが近付いてきたので、俺は腰だめ撃ち(ヒップファイア)で射撃した。




 腰だめ撃ち(ヒップファイア)


 読んで字のごとく、腰の位置で銃を構えて、大雑把に撃つことだ。

 覗き込んで(A D S)撃つよりも、銃弾がばらけて思ったところに飛ばない。

 しかし、ADS時に発生するデメリットを受けず、近距離での射撃効果を発揮しやすい撃ち方だ。




 覗き込み(A D S)


 ADSとはエイム・ダウン・サイトの略で、銃の上部に取り付けられたサイト越しに狙いを定め、射撃することを指す。

 腰だめ時よりも精度が上がるので、精密な射撃をすることができる。

 主に、遠距離での射撃効果を発揮しやすい撃ち方だ。


 しかし、こちらにもデメリットはある。

 まず、サイトが視界に張り出して、敵を潰して見辛くなることがある。

 これには適宜、覗き込みを解除たり、視線を振ったりして死角になっている部分を極力減らす必要がある。


 次に言えるのが、反動(リコイル)が敵を狙い辛くすることだ。

 これには、反動制御(リコイルコントロール)と言って、上に上がっていく反動なら視線を下にずらし、右に寄っていく反動なら視線を少し左にずらすといった、テクニックが必要となる。




 しかし今目の前にいるモンスターは、そんな難しいことしなくても、テキトーに撃ったらさばけるような敵だ。

 腰だめで十分と判断し、俺は銃弾をばらまいた。

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