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エモートとラグ

めちゃめちゃ寝かせてましたが、

今日から毎日投稿したいと思います。

この機会に、是非ブックマーク登録を。

 エモート。


 それは、キャラクターの特殊なモーションの事を指す。

 主に、ゲーム内で他者とコミュニケーションを図ることを目的として導入されている。

 敬礼、挨拶、指差し、謝罪などの基本的なコミュニケーションもあれば、ダンス、おどける、高笑いするなど、煽るモーションもある。


 ちなみにこの話とは特に関係ないが、昨今OKサインはWP(ホワイトパワー)サイン―――白人至上主義的な意味を持っているとして、ゲーム内から削除された。




 俺は少女の目の前で、ひたすらおどけるエモートを続けた。

 頭上で手を叩きながら、左右の足を交互に片足立ちをするモーションだ。


「…」


 しかし少女は終始無言。ずっとジト目でこちらを見ていた。

 少女と出会ってからしばらく、ずっとこんな調子だ。




『大丈夫か?』

「……」


 5分前、VC(ボイスチャット)越しに話しかけたが返事はなく、少女はただこちらを見つめるだけだった。


 訝しんでいるのか、怖がっているのか、何を考えているのか分からないすみれ色のつぶらな瞳。

 白百合色の髪を背中まで伸ばし、黒いワンピースを身に付けたその子からは、か弱い印象を受けた。どう見ても、この洞窟で戦えそうになかった。

 ここはひとまず、俺が安全なところまで連れて行ってあげた方が良いだろう。


『あー、あー、聞こえてる―?』

「…」


 続けざまに声をかけるが、少女は目をぱちくりさせただけで返事はなかった。


 普通なら目の前で手を振って「おーい」ってするのだろうが、俺はマウスとキーボードで操作している以上、手を振るコマンドがないのでその動きはできない。


 仕方なしに、俺はひょうきんなエモートをするのだった。




「その武器、なに?」


 エモートが功を奏したのか、5分ほどして少女はやっと口を開いてくれた。

 どうやら、見たことのない異世界の武器・装備を怖がっているようだった。


『えっと、これがMP5で、こっちがFN 57だよ』


 だが、見覚えも聞き覚えもないその武器に、少女は首を傾げた。

 さっと、もう一歩後退った。


『と、とにかく俺、君の味方だからさ。そんな引かないで…』

「…」

『あ、ああ、そうか、名乗ってなかったな。俺の名前は4sSauLTxX(あさると)。君は?』


 俺は咄嗟に本名(あさきはると)ではなく、ゲーム内IDを明かした。


 ちなみに、IDに数字・大文字・小文字を混在させたり、末尾に飾り文字を添えたりするのは、コアなゲーマーでの流行だった。普段ゲームをしない人から見たら、このIDは少々イタい部類かもしれない。

 まあ、口頭で伝える分には、そのイタさは伝わらないからいいか。


「…」


 やはり返事は無言だった。

 でも何とか悪いやつではないということは伝わったのか、しばらくして


「討伐、手伝ってくれてありがとう」


 と、無気力なトーンだが感謝を述べてくれた。


「ちょっとそのオーク、漁ってもいい?」


 言われて気づいたが、俺はずっとケイブオークの死体の手前でエモートしていた。


『あ、ああ。どうぞ』


 少女はそそくさと俺の横をすり抜け、その死体に短刀を突き刺した。

 何度か生肉を突き刺したり引っかいたりして、少女はオークの角を取り出した。


「これ、もらってもいいの?」


『あー、どうぞ』


 俺がもらったところで使い道が分からないので、あげることにした。

 少女はその角を大事そうに、腰に取り付けたポーチに入れた。

 それから少女は立ち上がると、再び俺の横を通って、洞窟の先へと進み始めた。


『え、ちょ、待って…!』


 か弱い女の子に、モンスターが巣食う洞窟を一人で歩かせるのは心配だ。

 俺は少女についていくことにした。

 少女は俺が付いてきていることなど気にも留めない様子で、ずんずんと洞窟を進んだ。


 すると危惧していた通り、早速少女はモンスターと出くわした。グリーン・ゴブリンだ。

 でも、俺が付いてるから安心だ。ADSしてトリガーを引けば、すぐ倒してあげr―――


 ―――否。俺が銃を覗き込む前に、ゴブリンは強烈な打撃音と共に弾け飛んでいた。

 少女が巨大なハンマーで、ぶん殴っていたのだ。


 おかしい。先ほどまで少女は、武器らしい武器は持っていなかった。

 またハンマーは、少女の体躯とはあまりに不釣り合いだ。持ち運びにさぞ苦労するだろうと思えた。


 いったいどこからそんなものを取り出したのかと考えていると、ハンマーは小さくすぼんでいった。


 俺が訝し気に見ていると、少女はハンマーを振って見せてくれた。

 ハンマーは振った瞬間だけ巨大化し、振り終わると縮小化した。


『おお、これはすごい』


 俺は感心した。

 丸腰に見えた少女が、ちゃんと戦う術を持っていたことに。

 そもそも洞窟の奥まで一人で来れている時点で、戦えなければおかしいのだ。


 これなら一人でも戦えるな。なら、同伴する必要もないか。


『人は見かけによらずだな。助けようと思ってついてきたが、その必要はなさそうだ。じゃ、これにて』


 俺はゲーム内のマップを開き、この洞窟の出口への経路を確認した。

 所々に分かれ道はあるが、マップがあるから迷うことはない。


 『よし』と一言意気込んで、俺は走り出した。


 走り出すと同時に背後から、たったったっと走る足音が聞こえてきた。

 それは軽い音だったが、俺のヘッドセットは高品質。聞き漏らすことはない(ゲーマー特有のデバイス自慢)。


 振り返ると、先ほどの少女が俺のすぐ後ろでぴたっと立ち止まった。


 まあいいやと気にせず再び走り出すと、また少女の足音が聞こえてきたので、

俺は進行方向と逆の(S)キーを入力し、ストッピングした。


「むぎゃっ」


 立ち止まる隙を与えず急停止したので、少女は俺に激突した。

 こてっとしりもちをついた少女に、振り返りざま俺は尋ねた。


『えっと、何か用?』

「別に。進む方向がたまたま一緒なだけ。気にしなくていい」


 少女はつぶらな瞳でジトっとこちらを見つめながら、そう言った。

 脱力感のある口調だった。


『あー、まあ、そういうことなら』


 俺は気にせず走り出した。

 走りながら、遭遇する敵をさながら交通事故のごとく、撃ち殺していった。


 モンスターを死骸に変える度、背後でそれを飛び越える音がした。

 たったったっと走る音、ばばばっと銃声音、ぴょんっと飛び越える音が連続して、


たったったっばばばっぴょん


 と、某天国系リズムゲームのような、軽妙なリズムを刻んでいた。


 もしかしてこれ、俺にモンスターを倒させて楽しようとしてないか?

 少女の醸し出す気だるげな雰囲気も相まって、俺にはそう思えた。




 しばらくリズムゲームを繰り返し、俺たちは洞窟の外に辿り着いた。


 目の前に広がるのは、見渡す限りの緑だ。

 数歩歩く度、某ポケットなモンスターにエンカウントしそうな、少し背の高めの草原だった。


 しかし困った。

 何となく洞窟の外に出てみたはいいものの、俺はこの先どこに行けばいいんだ?


 異世界物だとこの後、ギルドという冒険者の同業者組合に所属して、クエストを受注していくという流れが定番だが。


『なあ、お嬢ちゃん。ギルドってどこにあるか分かるか?』


 俺は振り返り、少女に尋ねた。

 少女は答える代わりに、こくっと頷いた。


『悪いけど、案内してもらえないかな?』


 少女は無言で、俺の前を歩きだした。

 もちろん少女が前に立っている以上、モンスターが先にエンカウントするのは少女なわけで。


 少女は終始めんどくさそうに、ハンマーを振っていた。

 ほとんどの敵はワンパンで沈んだが、時々体力がミリだけ残ることがあり、そういうやつには俺の鉛弾(MP5)をお見舞いした。


 しばらく順調に進んでいたが、突如として、ゲーマーが忌み嫌うあの現象が起き始めた。




 ラグ。


 それはオンラインゲームがインターネット回線を用いている以上、切っても切り離せない"呪い"だ。

 俺のPC(クライアント)とサーバーとの間に生じる遅延により、様々な不都合がゲーム上で発生することを指す。

 それは回線の応答速度を遅延させる様々な要因によるものだが、最も顕著なのがサーバーとクライアントとの距離である。

 例えば日本にいる俺が、地球の反対側、南米のサーバーと繋ぎようものなら、とんでもないラグが発生するのだ。




 最初は、画面右上にネットワーク遅延を示す、赤いインジケーターが表示された。

 と共に、急にキャラクターが俺の入力を受け付けなくなり、立ち止まった。

 しかし次の瞬間には、俺のこれまでの入力が一気に反映されて、瞬歩のごとき速さで前進した。

 だが進んだと思ったのも束の間、今度はものすごい勢いで後ろに引き戻された。


 この前後にびよびよと行ったり来たりする状態を、ゴムラグという。

 俺はゴムラグで瞬間移動を繰り返しながらも、何とか前進はできていた。


「…」


 前を歩いていた少女も、俺の様子に気が付いて言葉を失っていた。

 いや、無口なのはもともとか。


 ただ、大きくつぶらな瞳をいつもよりさらにぱちくりとさせて、驚きの表情だった。

 そらそうだ。ゲーム内でこそよく起こる現象として見過ごされるが、現実でゴムラグしてるやつを見たら、誰だって驚く。


 恐らく、俺がリスポーン直後に気絶した位置から遠ざかっていることが原因だろう。

 気絶した位置から一定範囲内でしか、COU(このゲーム)は機能しないのかもしれない。


 酷いラグの最中だが、俺は少しずつ前進できていた。

 しかしいよいよもう、一歩も動けず、にっちもさっちもいかないというところまで来た。


 こうなってしまっては、一旦ゲームを辞めざるを得ない。


 俺はEsc(エスケープ)キーから表示できるメニューウィンドウから、"ゲームを終了する"を選択した。

 すると確認のダイアログが出てきたので、Yを入力した。


 と―――


『……!?』


 俺は、急激な上昇感に見舞われた。

 上りエスカレーター数十倍のGを感じ、俺の意識は暗転した。




 再び意識を取り戻した時、目の前にあったPCはなくなり、自分を取り巻いていた白い世界もなくなっていた。

 そこに広がっていたのは、先ほどモニター越しに見ていた光景。


 一面に広がる草原と、訝し気に俺の顔を覗き込む少女だった。

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