リスポーン
復活。
それは一度死んだゲーム内のキャラクターが再び命を吹き返して、マップ上のどこかに出現することを指す。
プレイヤーは残機の数だけ、リスポーンを繰り返すことができるのだが、
ことFPSを始めとするシューター系対戦ゲームにおいては、リスポーンする位置というのが非常に重要となってくる。
仮に運悪く敵の目の前でリスポーンしようものならば、生まれたての小鹿状態、右も左も分からぬうちにハチの巣にされてしまうからだ。
FPSゲーマーは、こういった運の悪いリスポーンを、通称糞リスと呼ぶ。
そして、俺が異世界に転移した位置は、どう考えても糞リスと言わざるを得なかった。
「……ひっ!」
目の前には、俺を見て舌なめずりする巨大な生き物が立っていた。
その身長、裕に20メートルはあろうかとも思えた。
腹を減らしているのだろう、高層ビルの最上階くらいの高さにある巨大な口から、よだれをひっきりなしに垂らしていた。
ゲーム画面の中、モニター越しに見たことがあるような見た目その生き物だったが、モニター越しと現実で見るのとでは迫力が全く違った。恐ろしすぎてもう、直視できない。
ここ最近ずっとモニター越しの仮想世界しかみてきておらず、唯一現実味を感じるのが排泄と食事と入浴の時ぐらいだった俺は、この圧倒的現実味に気圧された。
「ああ、もう、ダメ」
俺は気絶した。
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落ちていく。
ずっと落ちていく。
どこまでも落ちていくような感覚にとらわれた。
際限のない、ゆるやかな下降。
『はっ』
目が覚めると、また真っ白な空間にいた。
頭上には、また地面のテクスチャが抜けた世界が広がっていた。
しかし自宅周辺の、建築物が立ち並ぶ近代的な風景とは打って変わって、
今の俺の頭上には迷路状の洞窟が広がっているようだった。
まるでRPGのダンジョンみたいだ。いや、みたいだというより、間違いなくダンジョンだろう。
洞窟を抜けた先には暫く草原が広がっていて、その先にちらほらと民家が建ち並び始めるのが辛うじて確認できた。
草原の反対側は山がちになっていて、むき出しの岩肌に透明な、鉱石なのか氷なのか分からないが、とげとげと先端の尖った巨大な結晶がたくさん析出していた。
そう。そこにあったのは、噂に聞く異世界の光景そのものだった。
そして今回、前回この白い空間に来た時とは大きく異なることがもう一つあった。
目の前にゲーム機材が一式、デスクごと置かれていたのだ。
いや、この空間においては、置かれているというよりは浮かんでいるといった方が正しいだろう。
・最先端・最高級のパーツで組んだ、廃スペックPC
・秒間240枚もの描写が可能な、高精細モニター
・高音質7.1chサラウンドヘッドセット
・無線充電ゲーミングマウス
・入力遅延が少ないゲーミングキーボード
・長時間座っていても疲れない、ふかふかのゲーミングチェア
それらはどれも、これさえあれば生きていけるとさえ思われる、俺のマストアイテムたちだった。
俺はゲーミングチェアに、軽く腰かけた。
キーボード上に左手を、ホームポジションに軽く指をかけつつ置いた。
同時に、右手で軽くマウスを握った。手のひら全体で、
マウスに覆いかぶせるような握り方だ。
そう、これこれ。
これまでの人生のうち、何万、何十万時間をずっと、この姿勢で過ごしてきたのだ。
俺は落ち着かずにはいられなかった。
そう、今まさに俺に危機が迫っていようとも。
ふぅと一つ息を吐きリラックスしたところで、タイミングを見計らったかのようにモニターの電源が点いた。
そこに映ったのは見慣れた、COUの装備構成選択画面だった。
・広大なマップで遠くの敵を狙うために銃身を長くし、高倍率スコープを載せたSRの構成
・元々多弾倉な上に、さらに拡張マガジンを搭載し、大量キルを狙うLMGの構成
・近中距離にバランスよくカスタマイズされ、汎用性の高いARの構成
などなど、普段俺が使っているロードアウトが並んでいた。
すぐさま俺は何の疑問も抱かずに、最も使い慣れているロードアウトを選択した。
近距離に主眼を置いた、SMGの構成だ。
異世界にて脅威を目の前に気絶してしまっているという、中々に切迫した状況だったが、そんなことよりも俺は目の前のゲームにしか興味がなかったのだ。
そしてロードアウトを選択すると画面がすぐに、ゲーム内の兵士の視点に切り替わる―――筈だった。
『なっ……』
そこに映っていたのは、気絶する直前に目撃したクリーチャーの姿だった。
その視点の高さ、視線の角度からしてどうやら俺は、俺自身を操作しているらしだった。
愛銃を抱える腕はやはりやせ細っていて、どう考えても銃撃の反動に耐えかねるだろうという見た目をしていた。
という事はつまり、今ここにいる俺は肉体を伴っておらず、意識だけの存在なのだろう。
肉体を、頭上に広がっている世界に取り残して、意識だけをここに飛ばされているということか。
ぐおおおおおおおおお
目の前のクリーチャーが、一声大きく唸った。
さっきは生で見たから怖かったが、モニター越しに見れば何のことはない。
それこそ俺にとっては、“異世界”の出来事でしかなくなる。
さっきは驚いて実際より大きく見えていたが、よくよく見てみれば体長は5メートルくらいしかなかった。
まあ、牙は鋭いし目玉もおどろおどろしいし、実際恐ろしい姿をしているっちゃしているのだが。
棍棒を振り回し、こちらを威嚇する姿はまさしく。
『あ、こいつ、ばかだ』
そう思わせた。
知能の低さを物語る、隙だらけの挙動だった。
「きゃ…っ」
その時、隣で誰かの声が聞こえた。
声のした方を振り向くと、そこにはモンスターの咆哮に恐怖する、一人の幼い少女がいた。
その咆哮は、画面越しに聞く俺には何ら影響を与えなかったが、か弱い少女には大きな衝撃を与えてしまったらしい。
『てめぇ…許さねえ!』
俺はVC越しに吠えた。
すぐさま右クリックして、愛銃に標準で取り付けられているアイアンサイトを覗き込み、
目の前のクリーチャー(恐らくオークと思われる)のあほ面に照準を合わせた。
オークが棍棒を振りかぶり、攻撃の予備動作に入ったところで、
俺はすかさず左クリックでトリガーを引き、銃を発射した。
ばばば
と分間800発の連射速度で、銃弾が吐き出される音が3発分だけ響き。
頭部を真っ赤な血に染めて、その手からするりと棍棒を落としながら、オークはゆっくりと倒れた。
つい先ほどまで、俺との明らかな戦力差にイキりたって棍棒をブンブン振り回していたオークが、今となっては随分とおとなしいものだ。
頭に空いた3つの穴から、ドクドクと溢れ出る血液が少々グロいが、それはモニターの向こうで起きていることだ。俺には関係ない。
そんなことよりも、銃を撃っている間、俺のやせ細った腕が銃の反動をしっかり制御出来ていたことに驚いた。
試しに、視線を左右に振ったり、ジャンプしたり走ったりしてみたが、全て違和感なくゲーム内の兵士の挙動をとることが出来た。
特にCOUは、スライディングの挙動が明らかに物理法則を超越した速度、滑走距離をしているのだが、それも問題なくこなせた。
岩肌が剥き出しの、摩擦係数の高そうな洞窟の中で。
現実にやったら、足が岩にヤスリがけされて擦り傷だらけになりそうなものだが、オレは無傷だった。HPゲージも減っていない。
どうやらこの視点で操作している限りは、ゲーム内の物理法則が適用されるらしかった。
つまり、ゲーム内で人類最強を謳われる俺は、この世界においても人類最強と言えるだろう。
この世界に転移する直前、神様的な存在は俺に追加の能力は与えないと言っていた。確かにその通りだ。
俺は与えられた力ではなく、自分自身がゲームで鍛えた技術のみを用いているのだから。
「……」
俺があれこれと、この世界の仕様について考察していた時、少女は無言で近付いてきた。