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低空ジャンプとクイックスコープ

 俺達は腹ごしらえしたその足で、受注したAランククエストへと転移魔法陣で向かった。


「ここは、カルタット高原です。勾配の急な斜面に剥き出しの岩肌。そんな厳しい環境に適応した、生命力のあるモンスターが生息する高難易度の地域です。進むのであれば、覚悟を持ってください」


 転移魔法陣から出るや否や、守衛の男がこのダンジョンの特徴を伝えた。

 だが、今回はそのことを織り込み済みで、俺達カートレット分隊はしっかりと対策してきた。

 そのため、前回言われた「そんな装備で大丈夫か?」は、今日はお休みだ。


 さて。

 ダンジョンに入る前に一つ、必ずやっておかなければならないことがある。


「エルカ。そんじゃ、今日もいっちょ頼む」

「んーよいしょ」


 俺はさも当たり前のように、土下座の姿勢で昏倒した。




  落ちていく。

 ずっと落ちていく。


 どこまでも落ちていくような感覚にとらわれた。

 際限のない、ゆるやかな下降。




『はっ』


 なんだか、エルカに殴られるのがクセになってきている気がするが、それは置いといて。

 俺は今回のために、あらかじめ決めておいたロードアウトを選択した。


 COUのFPS視点が起動し、まず最初に目に飛び込んできたのは、その武器の鮮烈な迷彩だ。

 銃の表面を、輝く稲光が絶えず胎動していた。全体に青っぽいの色遣いのその迷彩は、時折その表面を飛び出して、空中に電撃をほとばしらせた。


 それは、重課金者にのみ持つことを許される代物だった。


「うおおおおお、なんだその武器! かっけえええええ!!」


 ゴレアスは俺の武器に、男の子特有の興奮を覚えているようだった。


 だが、この迷彩(カモフラージュ)には、何の戦略的優位性(タクティカルアドバンテージ)もない。

 試合に用いる銃は、なるべく目立たないように黒一色で統一するのが通例だ。これでは、敵にどうぞ俺を発見してくださいといわんばかりだった。


 もちろん、この銃は試合用に用意したカスタムではない。

 これは普段、個人的に楽しむために作った、狙撃銃(スナイパーライフル)のカスタムだ。


 S(スナイパー)R(ライフル)は、COU内では一撃で敵を倒すことができる、威力の高い銃だ。

 だがその分、取り回しを非常に悪く作られていた。


 まず、腰だめ精度が著しく低い。射撃の際は必ずと言っていいほど、覗き込むことが求められた。

 そこに来て、覗き込み速度が極端に低く設定されているのだ。

そのため、基本的には敵と遭遇する前に銃を構えていることを求められた。

いわゆる、ガン待ちスタイルだ。試合でSRを用いる際は、必ずこの立ち回りだった。


 だが、これは銃をカスタマイズすることによって、ある程度軽減できる。

 俺が使っているSRは、ストックは軽量型のもの、バレルは最短のものを選び、銃身を徹底的に切り詰めた。もちろん、バレルが短いと弾速が落ちて射程距離が短くなり、ストックが軽いと手ブレが激しくなる。

しかしそうした犠牲を払う事によって銃身が軽くなり、より速いスピードで覗き込むことができるのだ。


 これならガン待ちせずとも、接敵する度に覗き込んで射撃すれば間に合うという寸法である。

 いわゆる、突撃型()スナイパー()だ。


 凸砂は、プレイ映像を録画すると画面映えするので、多くのFPSプレイヤーが憧れるプレイスタイルだった。だが、勿論その難易度は著しく高い。

 少なくとも、ミスが許されない試合で用いることなど、到底できない所業だった。


 俺はSRを握りしめ、分隊の先陣を切って、斜面を登って行った。

 俺達は遠回りしてでも、なるべく斜面が緩やかなところを通るよう心掛けた。

 FPSスキル発動中は地面に手をつけないので、二足歩行で登れる程度の斜面しか俺は登れなかったのだ。


 このマップは見晴らしがよく、射線の通りがよかった。

 なので、敵がこちらに気づいた時には、既に俺のSRの餌食となっていた。


 最初に遭遇したのは、クマの胴体にオオカミの頭を乗せたような姿の、ベアウルフだった。

 オオカミとクマの接合部分の毛並みは、美しいグラデーションを描いていた。クマのと黒い体毛とオオカミの銀色のたてがみが、溶けあっていた。


 だが、その美しいたてがみは、一瞬にして血で濡れた。覗いたスコープの向こう側は、俺の射撃によって瞬時に赤く染まった。


 次に現れたのは、マウンテンボア。

 山岳地帯の気候に合わせて、ふわふわと暖かな毛を蓄えた、巨大なイノシシだった。


 俺はSRのスコープを覗き、息を止めた。

 とはいっても、実際に呼吸を止めたわけではない。これはゲーム内の仕様で、スコープを覗きながらシフトキーを押すことで、手ブレを軽減できるのだ。

 実際のスナイパーも厳しい訓練を経て、射撃の瞬間は呼吸どころか、心臓さえ止めてしまうという。


 そして俺は、射撃するタイミングをじっと伺った。


 ほどなくして、ボアが何の気なしにこちらを向いた。

 俺はその脳天に狙いを定め、左クリックで射撃した。

 流石にこの敵は体力が多いらしく、SRでヘッドショットしても一撃では倒れなかった。


「ふぅ、ったく。あさるとがいると、俺達に出番が回ってこないかと思ったぜ」


 ゴレアスが少し嬉しそうにマウンテンボアに肉薄し、その残り少ない体力をゼロまで持って行った。




 それからも、俺達は順調に進んでいった。

 ほとんどの敵を俺がさばいていくので、3人はともすればただの登山旅行気分だったかもしれない。


「一応この山岳地帯、Cランク以上のモンスターだけで構成されているのですが。こうも簡単に進めるなんて、やっぱりあさると君は素敵です」


 アリシアは、うっとりと目を細めて言った。



 だが、カルタット高原は、上に登るほどに起伏がどんどんと激しくなってきた。

 最初こそ平面が広がり、見晴らしがよかったが、徐々に視界を遮る切り立った崖が乱立し始めた。

だんだんと、死角が増えてきた。


 そうなってくると、俺のSRの射線も通らず、突然の接敵も増える。


「あさると、上だ!」


 突如、ゴレアスが声を上げた。

 言われて空を仰ぎ見ると、目の前の崖から俺めがけて飛び掛かる、ベアウルフの姿があった。

 俺はすぐさま、スコープを覗き込んだ。




 クイックスコープ。

 それは、SRを覗き込むとともに、射撃するというテクニックだ。

 COUの仕様上、覗き込むアニメーションと覗き込み判定には少しずれがある。

そのため、覗ききる直前に撃った弾も、真っすぐ飛ぶのだ。

 こうすることで、正確な一撃を、最速で射撃することができる。




 俺は、ベアウルフの眉間を狙った。

 クイックスコープなので、スコープの照準線が画面に映る前に狙わなければならない。

 そのため、狙いをつけるのは画面の中央だ。

 もちろん、覗き込み動作の途中なので、まだ像を結ばず黒っぽい色を湛えるだけのスコープが、視界を遮っている。


 トリガーを引き絞ると、果たして、命中を示すヒットマーカーが画面中央に現れた。

 ほどなくしてキル通知が、画面端に表示された。


 ほっとしたのも束の間、どさっと音を立てて俺はベアウルフの死体の下敷きとなってしまった。


『ちょ、動けない。誰か、こいつをどかしてくれ』


 エルカがすぐさま、ハンマーを振るって俺を救出してくれた。


『さんきゅ、エルカ』

「ああ。あさると様が囚われている姿、もうちょっと見たかったです…」


 アリシアが俺達に聞かれないよう、ボソッと何かつぶやいていたが、俺の高級なヘッドセットはその音をしっかりと拾っていた。


 それからは、上方にも常に気を配るようにした。

 もちろん地べたで遭遇する敵も、後を絶たない。つまり、全方位に警戒しなければならないわけだ。


 困ったのは、角を曲がる際だ。

 もちろん、クリアリングを行うのがFPSの基本だが、ことSRともなるとスコープを覗き続けることで視野が狭くなり、周囲への警戒が疎かになりかねない。

 そんな時に、使えるテクニックがある。




 低空ジャンプ。

 角から、最速で飛び出す方法だ。

 ダッシュから飛び上がり、空中でしゃがみの姿勢を取る。

 こうすることでジャンプの飛距離が伸びて、敵からこちらが狙い辛くなる。




 俺は低空ジャンプの挙動を取り、空中でクイックスコープした。

 角の先に敵が居れば、瞬時にエイムを合わせて射撃。

 いなければ、銃弾が空を切って岩肌に命中する、ということを繰り返した。


 このクリアリングは少々、リスクを伴うものではあった。

 もしクイックスコープを外してしまったら、飛び出したことにより遮蔽物を手放してしまっているので、無防備な身体を晒すことになるからだ。


 だが、こちらには優秀な兵士が3人もいる。

 ミスしたときには、彼らが全力でカバーしてくれた。


「よしきた。俺らの出番だな」


 ゴレアスが、いのいちばんに突撃。


「私も手伝います」


続けて、アリシアが後方支援。ゴレアスへのバフと、敵へのデバフだ。


「……」


それから、エルカが俺の前に立ち、次弾装填(コッキング)する俺のカバーに入ってくれた。




 俺達は地上の敵を、順調に蹴散らしていった。

 すると、もちろん俺達が通った後には、血の匂いがプンプンと漂うわけで。


きぃいいいいいいいいいいい


 と鳴き声を上げて、一羽の怪鳥が俺達に突撃してきた。


 わざわざ向こうから存在を教えてくれたおかげで、俺は瞬時にスコープを覗けた。

 その鳥は巨大すぎて、高倍率のスコープを覗き込むとその巨躯の一部しか映らず、ただただその身を染める真っ黒しか見えなかった。

 そしてこちらに向かって直進しているらしく、その黒がどんどんと近付いてきていた。

 俺は急いで、トリガーを引いた。


きぃえあああああああああああ


 怪鳥は痛みに呻き、バサバサと翼をはためかせて逃げていった。


「あれもAランクのモンスターですが、今回の討伐対象ではありません。今は、見逃しておきましょう」


 すぐさま追撃の一発を当てようと、コッキングを終えて再びスコープを覗こうとした俺を、アリシアが手で制した。




 それからも順調に歩を進め、俺達は今回の討伐対象と対峙した。


 アンセストラル・パピルス。


 (バク)と言う名で知られるそのモンスターは、幻術を使ってくるそうだ。

 パピルスが見せる幻覚は、対峙した者の最も恐れるものを映し出すらしい。


 果たして俺は今、一体何を恐れているというのだろうか。

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