フリックとレレレ撃ち
ごほうび回()
街を出てすぐ、目の前にある初級ダンジョン、"はじまりの草原"。
俺はここで、練習をすることにした。
選んだ銃は、CBJ-MS。
弾薬が100発入る、大容量のドラムマガジンが付いたSMGだ。
その魅力は何と言っても、その使用弾薬(6.5mm×25 CBJ)にある。
弾丸本体はタングステン製の4mm径31グレインの弾芯を、軽量なポリマーの装弾筒で覆った徹甲弾であり、初速も非常に速いため貫通力が高いのが特徴だ(Wikipediaより)。
また、発射レートが分間700発と比較的遅く、多弾倉であることと併せて、継続戦闘能力が著しく高かった。
俺はより長く練習に撃ち込みたかったので、この銃はまさにぴったりだった。
ここにいるのは、体力の低い雑魚ばかり。
テキトーに撃ち放っておけば、敵は死ぬ。
だが、意識して取り組めば、ちゃんとした練習になるのだ。
フリック。
それは主に、敵が複数いる場合に有効な、射撃方法だ。
特に、敵の体力が低い場合に、より射撃効果を発揮する。
フリックの撃ち方は、至ってシンプル。
まず一人の敵に銃弾を浴びせ、その敵の体力が削り切れると同時に、射撃ボタンから指を離すことなく次の敵を照準に捉えるのだ。
これを次々と繰り返し、3人・4人・5人と捌いていったりする。
俺はゴブリンからスライム、スライムからボアと、キルチェーンを繋いでいった。
敵の体力が削り切れるたびに、照準が次の敵へと瞬時に切り替わっていった。
画面端には、キルしたことを通知するログが、途切れることなく流れ続けていた。
しかしその間、俺はただ漫然とフリックしていくだけでなく、もう一つとある事を意識して射撃していた。
レレレ撃ち。
それは「天才バカボン」に出てくる、あの「レレレのおじさん」の挙動に似ていることから、名付けられた。
射撃しながら左右に揺れ動くことで、敵の狙いを絞りにくくするのだ。
その際、敵の狙いをずらすと同時に、自分の狙いもズレる。
そのため、ずらす度に逐一狙いを補正する必要がある。
レレレ撃ちは主に、銃で撃たれることを想定した動きだが、この前のアンデッド・ロード戦で、どうやら剣撃を始めとする近接攻撃にも有効であると分かった。
分かった以上、練習しない手はない。
また、レレレ撃ちは各銃に設定された、"ADS時の移動速度"によって効果が大きく異なってくる。
今回選んだのは、ADS時移動速度が比較的速いSMGという種別だ。
なので、最大限に早い、レレレ撃ちが可能だった。
俺は没頭して、BOT撃ちに取り組んだ。
この草原では、雑魚敵が無限にリスポーンするらしく、モンスターは列をなして途切れることがなかった。
そして裕に1500体ほど捌いた時だった。
不意に、背後から声を掛けられたのだ。
「へえ。こんな夜更けから、精が出ますね」
振り返ると、そこにいたのはアリシアだった。
アリシアもかなり酒を飲んでいたので、少し足元はフラついていた。
『ああ。酒飲んで気失って、FPSスキルが発動してしまってさ』
「だからってすぐさま修行しに来るあたり、あさると様も真面目なんですね」
『だから、様呼びはやめてくれって』
「もう、あさると様ったら、照れちゃって」
だめだ、相当酔ってるみたいだ。
アリシアは、顔を赤らめて俺にもたれかかった。
「あら。華奢な見た目して、意外とがっしりしてますのね」
アリシアは俺に肩を預けると、なぜか少し残念そうな声を出した。
『いや、それはFPSスキル発動中だけさ。普段の俺は、見た目通りのへなちょこだよ』
「…そうなのですか?」
アリシアはなぜか、それを聞くと少し嬉しそうだった。
「あの、ところで、あさると様?」
『どうした? あと、様呼び恥ずかしいから、やめて』
「私、ここまで来るのに疲れちゃいました。ちょっと、家まで、送って欲しいなあ、なんて」
アリシアはわざとらしく、小首を傾げて言った。
『いや、そう言われても。俺、アリシアの家知らないし』
「でしたら、あさると様の家でもいいので…。と、 とにかく、連れて行ってもらえないでしょうか?」
アリシアは、一層俺に体重を乗せた。
緑色の美しい髪が、艶やかにたなびく。
『いや、俺一応入院中だし、病院に戻らないと。あと、様呼び…』
「じゃあ病室でもいいですから…!」
半ば、懇願するような口調だった。
そう言われても、俺の個室には一つしかベッドがないのだが。
しょうがない、俺は床で寝るとするか。
『ああ…まあ、そういうことなら。連れてくけど…?』
「ふふふ、ありがとうございます」
アリシアの顔が、いっそう赤らんだ。
それはどうも、お酒のせいだけじゃない気がした。
俺は、歩く際に入力するAltキーに親指を乗せて、千鳥足のアリシアの歩調に合わせてゆっくりと歩いた。
横を見ると、肩を俺に預けて歩くアリシア。
そのあどけない様子が、いじらしくも感じた。
「ふふふ。がっしりしているあさると様も、解釈違いではありますが、それはそれで…」
アリシアは何事かを、ぶつぶつと呟きながら歩いていた。
「ねえ、もうFPSスキル解いてくださいよ」
病室に着くや否や、アリシアは俺にねだった。
『今スキルを解いたら、酒が回っててクラクラしちゃいそうだけど』
「それがいいんじゃないですか!」
まあ、そこまで言うんなら、と俺はCOUを終了した。
それが、重大な判断ミスだと、その時は気づきもしなかった―――。
ぐっと上昇感を感じた後、意識を取り戻した俺はすぐに、とてつもない酩酊感に襲われた。
「ぐわあ…からだにちからがはいらにゃい」
俺はフラフラと力なく、ベッドに倒れこんだ。
床で寝る予定だったのに、一度倒れこむともう、体を起こせない。
「ふふふ、あさると様はやっぱり可愛いですね…萌えちゃいます」
アリシアが、どこか遠い目で俺を見つめていた。
なんだか俺は、嫌な予感がした。
「こんなに幼い見た目で…確認しますけど、本当に18歳なんですよね?」
「うん、そうらお…」
思考も呂律も回らなかったが、俺は何とか返答した。
確かに俺は、年齢の割に身長が小さく、どちらかと言うと童顔の部類だった。
幼い印象を抱くのも、当然かもしれない。
「じゃあつまり、あさると様は"合法ショタ"じゃないですか…じゅるり」
おっと。
アリシアはどうやら、ショタコンらしい。
それも、大分やばいタイプのやつだ。
おまわりさん、こっちです。
「ぐへへぇ…あさると様ぁ」
アリシアはニチャアと、美しいその顔に汚い笑みを浮かべて舌なめずりした。
「ひっ…!」と一つ、俺の背筋に悪寒が走った。
そして次の瞬間には、アリシアは俺に飛びついていた。
「スゥ―――、ハァ―――。ショタの香りだぁ」
アリシアは俺に顔をうずめて、深呼吸した。
確かにその様子は、気持ち悪いはずなのに。
くそっ。悔しいけど、可愛い。
俺は思わず、アリシアのさらさらと指通りのいい緑の髪に、手を通してしまった。
それを肯定の意と捉えたのだろう、アリシアが優しく口づけしてきた。
あまりにも柔らかいその感触に、俺は溶けてしまいそうだった。
と、唐突に、俺の下半身に虫唾が走るような感覚が。
「いや、ちょっ、そこは…」
「んふふ、ここがいいんですか?」
アリシアが俺の服の中を、まさぐってきたのだ。
しかし俺は、酔っぱらって意識がはっきりしておらず、抵抗できなかった。
それからしばらく、俺はアリシアに愛され続けた。
何度も何度も、キスされた。
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ちゅんちゅん。
俺は今度こそ、小鳥のさえずりで目が覚めた。
俺の腕の中で、アリシアがすぅすぅと小さく寝息を立てていた。
ああ、こうして黙ってくれていたら、可愛いのにな。
神って、二物を与えないんだなー。
俺は、なるべく静かに起き上がったつもりだった。
しかし、アリシアを起こしてしまったようだ。
「あ、おはようございます、あさるとさ…じゃなくて、君」
「おはよ、アリシア」
アリシアは、どこか気まずそうに視線を彷徨わせていた。
「えと、昨日の事ですが、すみませんでした…。あさると君が可愛くて、つい……」
「いや、良いんだ。俺も、アリシアの事、可愛いと思ってたし」
そういうと、アリシアはかっと顔を赤らめた。
「あの、その。私の性的嗜好についてなんですが…」
「ショタコン?」
「ええ、その。どうか、他言無用という事でお願いしても、良いでしょうか…?」
アリシアは、縋りつくように懇願した。
「んー、どうしよっかなー。昨日かなりキモかったしなー」
「んぁはっ!キモいだなんて、そんな…/// 毒舌ショタ、ツボなんですよ~!
もっと激しく、私を罵ってください…!」
アリシアはなぜか喜んだ。
やっぱりこの娘は、かなりやばい。
「…アリシアって、いつもこんななの?」
「まさか! こんな醜態をさらしたの、あさると君だけですよ…?」
だけですよ、だけですよ、だけですよ…。
俺だけが、アリシアにとっての特別。
その事実が、俺は素直にうれしかった。
その後、身支度を整えると俺たちは、カートレット大隊の精鋭部隊と合流することになった。
大隊の総メンバーは実に、600名を超える。
そのため、昨日の飲み会に参加したのは分隊長以上だけらしかった。
そして今日これから集まるのは、その中でも最も優れているとされる分隊だ。
「紹介します。今日からはこのメンバーが、私の専属部隊です」
その分隊のメンバーは―――