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BOT撃ちとエイム合わせー後編

 王城。


 そこは、豪華絢爛の粋を固めたような場所だった。

 広大な土地を治める帝国中から、とにかく豪華なものをかき集めた。

 そんな光景だった。


 だが、学がない自分には、いかんとも形容しがたかった。

 きらびやかなのは確かだが、その趣味の良し悪しがよく分からないのだ。


 というか、俺が元居た世界の感覚だと、どう見ても悪い側の趣味だった。


「どうですか、これが我が帝国の中枢ですよ!」


 と、アリシアも自慢げに語るので、俺は本心を言うのがいささか躊躇われた。


「いやー、調度品のセンスが抜群ですねー」

「でしょ~!」



「私が国王だ。勇者殿。よくぞ参られた」


 俺がテキトーに話を合わせていると、国王様が御成りになった。


「ええ、国王陛下にあらせられましては、ご健勝の事とお喜び申し上げましまするますれ…」


 国王は俺の、崩れに崩れた敬語らしき言い回しに、思わず眉をひそめた。


「…構わんから、ため口で頼む」

「あ、はい。何分、敬語とか普段、使わないタチなもので」

「だろうな。話慣れてない口調だったよ」

「すみません。丁寧語くらいなら、使えるのですが」


 謙譲語・尊敬語は、一ゲーマーに使う機会などなかった。


「それで、本日はどう言ったご要件で?

わざわざ王城に迎え入れたのには、なにか理由があるんでしょ?」


 国王はここで1つ、小さくため息をついてから続けた。


「単刀直入に言おう。我が帝国は今、危機に瀕しておる」


 俺が"勇者"である以上、元凶はやはりこいつだろう。


「"魔王"の手によって、ですか?」

「そうだ。正確には、魔王を復活させようとする輩の手によって、だ」

「という事は、魔王は今現状はこの世界に居ないのですね」

「ああ。だが、いつ復活してもおかしくない。そなたがこの世界に呼ばれたということが、それを示している」


 なるほど。

 魔王の復活が近くなると、自動的に勇者が呼び出されるシステムらしい。


「それで、その魔王を復活させようとする輩というのが、帝国に仇なす共和国軍だと?」

「話が早いな。まあ、そういったところだ」


「だが、時に勇者殿。どうやら貴殿は、我が帝国の政治に不満を抱いているそうな」

「ええ、まあ、そうですね」


 俺は正直に答えた。

 アリシアの方を見ると、ちらっと舌を出していた。

 どうやら、アリシアが耳打ちしたらしい。


「ならば、我々はなるべく貴殿の希望に沿う事を約束しよう。その第1歩として我々は、貴殿のパーティメンバーであるエルカ殿の、母君の治療費を賄うことにした」


 なるほど、だから軍が治療費を肩代わりしたのか。

 これで俺は1つ、軍に恩を作らされたわけだ。

 だが、これだけで俺が協力すると思われては困る。


「それには感謝します。ですが…」


「ああ、分かっているとも。元居たの世界の尺度で測る貴殿には、この部屋の調度品が些か悪趣味に感じるのだろう? そうだな、アリシア」


 アリシアは頷いた。

 やはりアリシアには、隠し事は通用しないらしい。


「どれが気に食わん? この鏡か?」


 ぱりーんと、手始めに国王は近くにあった、装飾の凝った手鏡を床に叩きつけた。


「それとも、このステンドグラスか?」


 がっしゃーんと、次に国王は地面に落ちた手鏡を、緻密に描かれた色とりどりのステンドグラスに投げつけた。


「あるいは、この壺?」

 ばりん


「じゃあ、この花瓶?」

 ばしゃあ


「それとも、この絵画か?」

 びりびりびり


「 あ、それとも、このシャンデリア? ランプ? 絨毯?」


「どれでもありません!」


 俺は、国王のあまりの勢いにずっと気圧されていたが、ようやく声を絞り出した。


「それじゃあ―――この王冠か?」


 国王は王冠を、俺に差し出して見せた。

 俺は言葉に窮した。


「ああ、良いとも。それでこの国が救われるなら、私はこの王冠を捨てる覚悟だってあるとも。

何なら、貴殿がこれをかぶるというのも良いだろう」


「いりません」


「そうか? ならいいが。貴殿は私の政治に不満があるようだからな。

私の進退をもって、その不満が解決されるというのなら、そうしようというのだ。どうだ?」


「…いえ、俺はそんなこと望みません」


 あまりの勢いに気圧されていたが、俺は何とか声を絞り出した。


「エルカのお母様に支援してくださったことには、感謝します。

ですが、それだけでは足りません。

差別問題に関しては、今後どのような政策をとられるおつもりか。

具体的な展望を、お聞かせ願いたい」


 国王は、王冠を取った頭をかいた。


「…分かった。だがその前に、そもそも何故差別がまかり通っているのかという話をさせてくれまいか」

「いいでしょう。聞きますよ」

「では、話は少々長くなるぞ」


 国王は、帝国の成り立ちから話し始めた。


「我が帝国はそもそも、神の意思を持って建国されておる。私自身、神の手によって選ばれた国王なのだ」


 要するに、"王権神授説"か。

 "神"という架空の上位存在を引き合いに出すことで、権力に正当性を持たせる、言わばまやかしのような理屈だ。


「…そういうと、外から来た者は皆、口を揃えて『そんなものはまやかしだ』と言う」


 国王は、こちらの思考を読んでいるかのように言った。


「だが、神は実在するのだ。嘘だと思うのなら、一度神託を受けてみるといい。後で祭壇に連れて行ってやろう」

「……」

「とにかく、神は実在する。しかし、だ。神を信仰できるのは、人間だけなのだ」


 それは、一体…

「…どういう事ですか?」


「他の種族は、"信仰"することができない。そもそも、"信仰"という機能が欠如しておるのだ」

「どうしてですか…?」

「分からんが、最初からそういう生き物として、創られているのだ」

「……」

「故に、神は人間以外の種族に関して、何の権利も与えなかった」


「何の、権利も、ですか」


「ああ。神が我々にお与えになるご神託には、亜人に関することは何一つなかった」


「何一つなかった? ならば、この差別に加担しているのは……」


「ああ、神の意志などではない。(ひとえ)に、信仰の厚い人間によるものだ。

確かに、亜人の"権利"に関して、神は何も触れなかった。

同様に、亜人の"権利侵害"に関しても、何も触れられておらんのだ」

「だとすれば…!」


「そう。私の命によって、差別を撤廃することもできよう」


「では、なぜそれを今の今まで怠ったのです?」


「それが正しいことだと思ったからだ。信仰心こそが、我ら唯一の優位性。我ら唯一の特権だった。

エルフは知性、ドワーフは身体能力で、我ら人間を遥かに上回っておる。

故に、帝国の秩序を守るうえで、彼らは力で押さえつける必要があると感じたのだ」


「でも、その考えは間違っていた…」


「ああ。結果として彼ら亜人、エルフとドワーフの一部は我が帝国に反旗を翻し、

魔王の復活を目論む共和国軍となってしまった。

それは、私の責任だ。辞任せよと言われれば、すぐにでも国王の座から退くつもりだ」


「……」


「神がこの世界に与えられる影響は、単に信仰の力によるものだ。故に神は、我ら信者(にんげん)にとって得となる事しか、お与えにならない」


「……」


「我らはその、我らに都合の良い神託を、更に都合よく解釈したに過ぎない。

そこにあったのは、怠慢だ。それは認めよう」


「……」


「だが、我々の誰しもが、正義感を持っていたということは忘れないでほしい。

差別というのは決して、"差別しよう"などという意思で行われるものではないんだ」




■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪




 国王の言う通りだとしたら、国家の成り立ちにおいて人間以外が蔑ろにされるのは、もしかすると仕方なかったことなのかもしれない。

 だが、それは神が実在するという前提に立った場合の話だ。


 俺はそれを確かめる為に、王城の地下へと向かった。

 そこには神と対話するための祭壇があって、それは神聖さを表すかのように純白だった。


「では、儀式を始めようか」


 そう言うと国王は、俺が立つ祭壇に、魔力を流し始めた。

 魔法陣を構成する一本一本の線に、光が宿っていく。

 それを眺めていると徐々に、意識が朦朧としてきた。


「案ずるな。その酩酊感は、神との邂逅が近い時の、サインだ」


 その声を聴き終わると同時に、俺は意識を失った。




  落ちていく。

 ずっと落ちていく。


 どこまでも落ちていくような感覚にとらわれた。

 際限のない、ゆるやかな下降。




『はっ』


 目が覚めるとやはり、真っ白な空間にいた。

 この感覚は、FPSスキルを発動する時のものだ。

 だが、目の前にあるはずのゲーム機材一式がない。


"久しぶりだな あさきはると"


 どこからともなく、聞き覚えのある声が聞こえた。

 この声は、俺が転生(リスポーン)する前に聞いたものだ。


『なるほど。あんたがこの世界の神だったってわけか』


"そういうことになるな。どうだ、この世界は。楽しんでくれているかな?"

『ああ、お陰様で』

"それは何よりだ。時に貴様、我が帝国に味方するかどうか悩んでいるそうな"


『ああ。あんたからも、亜人への待遇を改善するよう言ってくれないか』

"それはできない。何せ、我は信者の利権を守る必要があるのでね"


『結局、神と言えども自分の身の上の心配ばかりするんだな』

"そうでもしないと、信者を獲得できないのでね。よく言うだろう、「信じる者は救われる」と"


『……』


"だが、国王が貴様の期待に沿うと言っているのは本心だ。どうか、それは信じて欲しい。

何なら神に誓ってもいい。とは言っても、我が神なのだがな。ははは"


『……』

 神は、めっちゃ滑ったことを言った。

 頼むから、真面目な話し合いの時に、しょうもない小ボケを挟まないでくれ。


"…こほん。もちろん差別意識など、根底にあるものだから一朝一夕で覆されるものではない。

しかし、改善に向けて動く、ということは分かってほしい"


 そういうことなら。


『分かったよ。俺は帝国に、力を貸すことにする』


 そう答えたものの、俺はなんだか、奥歯に何か引っかかるような気がした。

 心の奥底に、何かしら違和感を覚えていた。




■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪




「というわけで、本日から我がカートレット大隊に所属することになった、勇者のあさると君です!」

「よ、よろしくです…」


 俺は"本日の主役"と書かれたタスキを、肩からかけられていた。

 敬称が"様"ではなく"君"なのは、俺たっての希望だ。


「それでは、我がカートレット大隊の、新たな仲間に! 乾杯!!」


 そういって、アリシアは盃を天に掲げた。


「「「「「「「乾杯!!」」」」」」


 それからは、カートレット大隊の面々が列をなして、次から次へと俺の盃に並々と酒を盛っていった。

 最初に杯を交わしたのは、森で俺に飛び掛かって来た、あの男だった。


「よお、あさると君。あん時は、いきなり切りかかっちまってすまなかったな。

中尉のゴレアスだ。ささ、これはお詫びの印だ、受け取れ!」


 そういって、ゴレアスは盃のすれすれまで酒を注いだ。


「ヴぉえ…っ!」


 勿論俺は未成年。酒を飲むのは初めてだったので、最初は口に含んだそばから吐き出した。

 ちなみにこの世界の法律だと、16歳で成人なので酒は飲んでも構わなかった。


「ははは、若いねえ! でも、どうだい? エルカちゃんはグイグイ飲んでるよ? 負けちゃってるねえ」


 なに。エルカが飲んでいるだと?

 こうしちゃいられない。


「よーし、もう一杯行っとこうか!!」


 俺は酒で満タンの盃を、一息に煽った。

 飲み干した途端、胃の中からせりあがってくるものを感じたが、グッとこらえた。

(※彼にとって初めての酒だったのでこらえてしまっていますが、本来はよくないです。吐きたい時は吐きましょう)


「うぇーい、いいねえいい飲みっぷりよ!」

「はいはい、もう一杯行っちゃおう」


 もうそこからは、コールの無限ループだった。


「なーに持ってんの? なーに持ってんの? 飲み足りないから持ってんの!」

「ラララライ、ラララライ、ラララライ縦ライ横ライ斜め的な!!」

「乾杯パイパイパイナポー、どすこいパイナポー!」


 それは、潰れるまで終わらない、再帰的ループ(while関数)だった。




 そうやってしばらく飲んでいると、エルカがすたすたと歩み寄って来た。


「無理しないで。ドワーフは酒に強い種族なんだから。人間が勝てるわけないもの」

「それを早く行ってよお~」


 俺はとっくに、酔いつぶれていた。

 まっすぐ歩いてきたエルカとは対照的に、もう足元はふらっふらだ。


 何ならもう、意識がふわふわとしてきた。

 ふわふわしてきたどころか、意識はぷつんと途切れた。




 落ちていく。

 ずっと落ちていく。


 どこまでも落ちていくような感覚にとらわれた。

 際限のない、ゆるやかな下降。




『はっ』


 意識を失ったことで、俺はFPSスキルを発動した。

 だが、この白い空間では、俺の意識ははっきりとしていた。

 やはり、肉体に起こった状態異常(よっぱらい)は、こちらには反映されないらしい。


 しかし、折角FPSスキルが発動したというのに、周囲に敵は居ない。

 いるのは、FPSスキルを発動したことにたじろぐエルカと、酔いつぶれて寝てしまったカートレット大隊だけだ。


 俺は、BOT撃ちすることにした。




 BOT撃ち。

 BOTと呼ばれる、プレイヤーではなくコンピュータ制御によって動くキャラクターを、撃ち抜いていく練習方法だ。

 主にエイム合わせの目的で、使われる。




 エイム合わせ。

 マウスをどれぐらい振れば、どれだけ視線が振り向くかの感覚を、合わせていく作業だ。

 時に、感度(センシティビティ)、いわゆるセンシの調整と併せて行われる。




『エルカ、ちょっと散歩行ってくるわ。ここにいる人たちの事、頼む』

「うん、頼まれた」


 俺はひとまず、この街の近くにあるダンジョンへと向かった。

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