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時には昔話を

時には昔話を 『我はセインという猫である』

作者: 桜田 律 

時には昔話を『聖女愛梨はただの日本人になり、家族と猫と幸せになる』のセイン視点のお話


https://ncode.syosetu.com/n7923fs/

我の名はセイン。聖女愛梨によって名付けられた元精霊王で今は猫である。


「みゃって」

そういって追ってくるのは、愛梨の息子星也。

我のモフモフの虜らしく、いつも追いかけてきてはギュッと抱きしめ、ほわぁほわぁと意味の分からない言語を話す。謎の行動ばかりして何をしでかすのかとハラハラして、見張っていなければならぬ、とても手のかかる奴だ。


それでも聖女だった愛梨の息子らしく聖なる気を纏っており、近くにいれば息をするのが容易い。

だから仕方なく、面倒を見てやっている。


なんだ、愛梨そのほのぼのとした温い視線はよせ。

ちょっと前まで異世界で畏怖されていた、邪神じゃぞ。

今はただの猫じゃがな。


わかっておる。愛梨、そんな泣きそうな顔で見るな。

今は、満足している。



今からちょっと昔の話をする。



いつの間にか生まれ、いつの間にか消えていく存在の取るに足らない精霊の卵だった頃、愛梨アイリーンに出会った。

自我が生まれた時はもうアイリーンは息を引き取り寸前だった。

ダンジョンコアの残魔を糧に、アイリーンに問うた。


『望みを』

『男たちに復讐を、この世界に混沌を』

「レイン、ごめんね」


そう願ったアイリーン。

精霊となったばかりの我はその全部を叶える力はなく、レインという男と再び巡り合うように、魂を運ぶことだけだった。

穢されしも気高い魂を持つ聖女アイリーン。そなたに幸せを。


この世界に混沌が訪れたのはアイリーンが願ったせいではない。時の精霊王による制裁だった。

精霊を奴隷のように使い潰す人間たちに、我慢が出来なかったのだ。

結果、聖女が生まれなくなった。

それだけのこと。


それを召喚などという邪道に手を染めた人間たちが、異世界から女を誘拐し聖女として奉り、帰還という人参をぶら下げ戦いの道へ誘った。魔物もいない、日常殺人もない平和な世界から来たというアイリは、徐々に心を壊していった。

そう、あの時気高く散っていったアイリーンの魂だとすぐにわかった。

手助けしたくとも、心を壊したアイリには声が届かない。

闇に呑まれぬように、寄り添うことしか出来なかった。


精霊王に願った、アイリを助けて欲しいと。

『ならば、お前が精霊王となり助けになると良い。我はもう力を残しておらぬ』

最後の力を我に与え、精霊王は世界に溶け込んだ。


我は願った。

『アイリの闇を解き放て』


我に返ったアイリを待ち受けていたのは、人間の業に巻き込まれた到底受け入れることのできない現実だった。

最後に求めた願いは、何を戻してほしかったのか。

我に出来たのは、魂を元の世界に戻すことだけだった。


それからも繰り返される愛梨にとっての悪夢。

それを取り除くしか手助けできない我は、絶望する。

何が精霊王だ。

なんて無力なのだろうか。

この世界で我にとって、唯一無二の存在。

魂の消滅だけは避けたかった。


我に出来るのは戦いを早く終わらせることだけ。

愛梨が笑うなら、邪神として封じられても良かった。


愛梨何度繰り返しただろうな。

敵として向き合うことしか出来なかったが、幸せであった。


何度目かの愛梨は違った。

戦うこともせず、ただこの世界の在り方を変えようとした。


『来たか』

「うん」

『息災で何よりだ』

「あなたは・・・」

『我はここに在るだけのもの、それ以上でも以下でもない』

「それでも、感情があるでしょ?独りでは寂しいでしょ?」


ああ、寂しい。独りでいることも寂しいが、愛梨と敵対しなければならない定めに、身をゆだねなければならないのがもどかしい。


『もう、忘れた。いつか消えゆく、それまで人の営みを見ているだけだ』

「じゃあ、あたしが貰ってもいいわね?」


では、封じさせてもらうわ。その言葉を言ったと疑うことなく返事をしたが。


『ああ・・・はあぁ?!』

「言質はとったから、行きましょ?」

『我は、・・・』

「人間の都合で邪神にされただけの、心優しき精霊王さん。消えゆく運命なら、あたしと居てもいいと思う。あたしもこの世界から縁が切れるし、あなたも独りじゃなくなる。win―winでいいでしょ?」


邪神は自らなった。それだけは違うが、精霊王とわかってくれたことが何よりも嬉しかった。

そして我が消えることなく、この理から抜けさせてくれるという。

なんとも自分に都合がいい。

夢を見ているのではないか?



「諦めた方がいいよ。愛梨言い出したら聞かないし」

レインだったか?

愛梨の心の奥底にあった願いの男。

ふーん。

我のしていたことを知っておるのか。そんな目で睨めつけても、な。おまえのへなちょこ威圧なんぞ、痛くも痒くもないわ。


「――そうよ。諦めが肝心よ?いつだってあたしの望みを叶えてくれてたのだから、今回も聞いて」

『・・・望みは』

「精霊王のセインと蓮と愛梨ことあたしと、仲良く日本で暮らすこと」


名を、名をくれるのか。

我はこれでこの世界から完全に個を与えられた。愛梨と共に、何処へでも行ける。


『セイン、良い名だ』

「契約成立ね!」


我は愛梨の好きなもふもふとやらになるべく、豹の姿をとった。

気高く勇ましい姿は、愛梨の横に並び立つものとして遜色ない。


その後も過去の愛梨とは思えない勇ましさを見せた。

威圧で男を威嚇し、男が悪さ出来ないように切り落とすと言うし、我に性別などないが思わず下半身が縮こまった。

それに気づいた愛梨は我を抱きしめて、気を落ち着かせたようだ。

色々と想像したくないので、存分にモフってくれ。


それからもお粗末な男の言い分をものともせず、端から相手にしていない。

一々相手をするのにも疲れたらしく、早く日本に帰ろうと言う。

この世界の理から離れ、愛梨ともに行けるならどこへでも行こう。




日本とやらに行った時に、魔力が拡散され大きさを保つことが出来なかった。

どんどん縮んでいきこの世界の猫というものになったらしい。

威厳がなくしょんぼりしていたが、愛梨に抱きしめてもらうことのできるこの大きさは、思いの外良いものであった。


時は過ぎ、我も年老いた。

眠ることも多くなったが、愛梨から零れ落ちる輝く気と、星也から与えられる聖なる気で、まだ生きていられる。

星也は愛梨によく似ている。


そうじゃな。愛梨の娘はきよみという。

とても優しい子で、星也が落としそうになる我をいつも助けようとしてくれる。


ただ残念なことに愛梨のように魔女っ娘に憧れているようだが、蓮に似ているせいで全くもって魔力がない。夢を砕いてはいかぬと事実は言えぬままだ。

きっと振り回している玩具の杖は、いつの間にか違う物へと変わるじゃろ。武の才があるからな。


蓮?

あやつな。

あの腹黒男のことなど、語らなくてもよいだろう。

愛梨の膝の上という至高の時間を邪魔する、嫉妬深い小男め。


残念だな。まだまだ膝の上は譲れん。

愛梨が長生きを願うなら、もうしばし頑張って生きようではないか。



読んで頂き、ありがとうございました。


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