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豆腐屋さんの社畜日記 ~愉快なブラック企業と労働基準監督署~  作者: 西織


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【再び『お祭り』がやってくる】2【12月の出来事】

 そういえばこの年末、去年のわたしより悲惨な人がいた。


 覚えておいでだろうか。この営業所に、新人がひとり入ったのを。わたしが「その人が入るなら、代わりにわたしを辞めさせてください!」と所長に詰め寄り、「いや、ダメやけど……」と即答されたときの新人だ。新卒を除くと、わたしが入社してから初めての新人である。11ヶ月ぶり。


 50代の女性なのだが、この人がまぁとにかく悲惨だった。


 まず、コースを渡してくれた先輩がちょっと特殊だったのだ。朝が早い。とにかく早い。滝野さんが退職してその仕事をかぶったあとは、出勤時間は常に6時〝前〟。



「僕は今まで朝起きるのを辛いと感じたことがない」



 と豪語するほど朝が得意な人だ(めちゃくちゃ羨ましい)。


 しかし、この人からコースをもらうと、自然と朝が早いコースになる。新人さんは普通の人だ。だが、6時前には会社にいないと間に合わないコースを渡される。前に、この新人さんがわたしに6時半に電話をかけて来た、と書いたが、それも納得だろう。6時前には会社にいるのだ。


 結果、6時前出勤がデフォルトになった人がふたりに増えた。正確には5時40分ごろ出勤。何時に起きているんだろう、ほんと。これで21時22時まで働いているのだから、もう何が何やらだ。


 しかし、デフォルトが6時前だと、当然、年末はさらに早くなる。彼らはさらに1時間早く出社していた。つまり5時前。4時40分には会社で着替えているのである。恐ろしい……。




 そして問題は、新人さんの体力。


 普段から朝6時前に出勤し、21時22時に退社していく。まぁしんどい。睡眠時間だってそれほど長くないはずだ。そのせいで、彼女は居眠り事故を起こしてしまった。運転中に眠ってしまい、車を脱輪させたのである。


 事故った場合は例の奉仕活動――と、言いたいところだが、これは結構前に廃止されたっぽい。事故った人が奉仕活動に行った、という話はしばらく聞かなかった。


 なぜかと言えば、労基が注意してくれたのだ。わたしがチクった。「事故すると休日に無償で働かされるんですけど、これって大丈夫なんですか」と訊いたら、「ダメです」って言ってた。せやろな。おそらくだが、それで注意してくれたおかげで、『奉仕活動』というこの会社の1,2を争うクソ制度が廃止されたのだ。いやいや、よく考えればこの功績は大きい。これを失くしてくれただけでも本当にありがたい。


 ちなみに、わたしが奉仕活動に行った豆腐料理店は夏には潰れた。開店してから、一年持ったか持たないくらい。まぁせやろな。



 奉仕活動はなくなった。しかし、事故れば車に傷がつく。大きい傷なら直す必要がある。直すには――そう、本社に持っていかなければならない。3時間のデスドライブの始まりだ。


 睡眠不足で居眠り運転をして事故った人を、通常業務後、21時以降に直線の道を3時間走らせる……。指示をしたのは会社だが、これでもしこの新人さんが事故って死んだとしても、会社は何もお咎めはないのだろうか。正義とはなんだ。



 そして何より恐ろしかったのは、車を本社に運ぶタイミング。


 かなり驚いたのだが、新人さんは12月30日、仕事終わりに「じゃあ今から本社に行商車を運びます」と言って出ていったのだ。物凄く驚いた。やけに素早く片付けをしていたから、「年の瀬はやっぱり家族と過ごしたいのかな」と思っていたらサービス残業延長戦。


 しかしなぜ、なぜよりによってこの日に……。〝7連勤の最後の夜〟、〝出勤時間は5時前〟、という絶対に疲労がたまっている状況で、夜の道を3時間ひた走る……。


 正直、新人さんが「行ってきます!」と言って営業所を出て行くのを見て、わたしは「あぁ、もうこの人の顔を見ることはないんだろうな」と半ば本気で思っていた。絶対死ぬと思ってた。いやむしろ、この状況で事故らない方がおかしいとさえ思っていたのだ。




 まぁ結果はちゃんと、無事に帰ってきました。何事もなくて本当によかった。


 ちなみに、なぜ「帰って来た」と言えるかというと、わたしはその人が帰ってくるまで仕事をしていたからだ……。所長は2時まで営業所にいたらしい。揃いも揃って、お疲れ様である。





【12月の出来事】




 話は少し遡るが、12月24日。クリスマスイブ。『お祭り』の初日、7連勤始まりの日だ。


 毎年クリスマスイブは、社長が社員全員にクリスマスケーキを贈る。営業所には人数分のケーキがでん、と積まれる。ひとりひとつ。クリスマスケーキが配布される。



 ホールで。



 スーパーで販売しているホールケーキだが、ちゃんと箱入りのしっかりしたケーキだ。ちゃんとしたホールケーキだ。一番小さいサイズだが、ホールケーキが全員に配られる。すごくない?


 しかしこのホールケーキ、やたらと評判が悪い。



「一人暮らしなのにホールで貰っても困る」という意見、(まぁそりゃそうだって感じだが)


「こんなんに金使うんやったら、ボーナスに回してくれ」という怒りの意見。



 一方、「これでクリスマスにケーキ買わんで済む」と喜ぶお父さんもいた。


 そしてわたしも喜ぶタイプだった。いやぁだって、ケーキをホールで貰うだなんて何だか贅沢じゃないか。あと単純に甘いものが好き。




 ただまぁ、弱点を挙げるなら、もらうタイミングが一年で一番忙しい時期なので、食べる暇がないってことだが……。




 話はさらに遡って12月初旬。


 この会社の忘年会は、12月の初めに行われる。12月後半は忙しすぎて、そんなことをやっている暇がないからだ。



 本社近くの焼き肉屋で行われたこの忘年会、なぜかすべて指定席だった。


 社長が全員の席をひとりひとり決めたらしく、座席表もあった。なぜそうしたのかはさっぱりわからない。結婚式か何か?


 例えばそれが、営業所ごとのテーブル、とか、販売員テーブルと総務テーブル……、という具合に割り振っているならまだしも、わたしの席は全員が見知らぬ人だった。4人席で全員初めまして。販売員、工場、総務、店舗店員の四人パーティ。わ、話題がない……。何も話すことがない……。全く知らない社員同士で肉を焼く。いやほんと、これ何の時間?

 


 それとこの忘年会、社員全員が全く知らない人も参加している。社外の人だ。毎度お馴染みらしいのだが、その人たちは社長と同じテーブルで酒を飲んでいた。「あれ誰ですか?」とわたしが尋ねると、先輩はぼそりと「社長の個人的な友達」と教えてくれた。いや会社の忘年会に個人的な友達呼ぶ奴おる????


 所長が「ちゃんと友達おるところを見せたいんやろ」と真面目な顔で言っていたが、いや別に僕ら社長の交友関係興味ないでしょ……。子供を心配するお母さんじゃないんですよ。



 それに加え、今年の忘年会にはおかしな一角があった。ふすまに仕切られた部屋の中で、なぜかスーツを着た総務がふたりいるのだ。片方は総務部長。この謎空間に、名前を呼ばれたらひとりひとり入っていく。今、忘年会やってるのに?


 わたしも呼ばれた。


 入っていくと、総務部長に数枚の紙を渡される。――給与明細だった。9月、10月、11月の。今は12月だ。既に9月~11月の給与明細は渡されている。なのに、なぜ再配布される?



「実は、前の給与明細で間違えていた箇所があってねー。今回、修正した給与明細を配りなおしているの」



 部長はそう言う。


 あとでその給与明細を確認すると、彼らが何をしたかったのかが一発でわかった。おいおい、と声が出そうになる。



 9月の給与明細……、と聞いて、ぴんと来た方もいるかもしれない。



 8月、わたしと滝野さんが聞いた狂った話を覚えているだろうか。新しい就業規則の説明だ。全自動有給消化システムと、手当ての名前を変えただけで9万円の残業代を支払ったことにするみなし残業代。



 そう。給与明細を開くと、今まで皆勤手当やら無事故手当やら書かれていた箇所が、すべて書き換わっている。早出手当、遅出手当、時間外手当……。合計額は9万円。……押し切ってきたのだ。



「はーい、これで残業代ぜんぶ支払ってます~、ここに書いてあります~、就業規則も変更しました~、残業代はぜんぶ払っているので全くもって問題ありません~!」



 そう言いたいのだ。だから、書き換えた給与明細を発行し、社員に再配布するなんていう狂った行為をしている。販売員全員が、9月から11月の給与明細を2種類持っている、というわけのわからない状況が完成した。


 おいおいおい、待ってくれよ、と言いたくなる。何行動に移しているんだ。これでは本当に書き換えただけだ。パソコンで数文字書き換えただけで、残業代を支払ったことにしている。あんな就業規則、無効のはずだ。田上監督官だってそう言っていたはずだ!


 だが、その瞬間、田上さんの別の言葉を思い出す。



「社長は『残業代を出すつもりはあるんやけどな……』って言ってましたよ!」



 出すつもりはあるんやけどな……、って言ってましたよ! じゃない!! これだよ、これが結果だ! これか!? これが残業代か!? お!? これで労基的にはオールオッケーなんですか!?


「残業代が支払ったことになっている給与明細」だけが残り、何とも言えない気分になる。


 田上さんは以前、「この就業規則は労働基準法からかけ離れているので、労基からは絶対に許可が出せない」と強く言っていた。わたしはそれを聞いていたから、押し通されていることに疑問を覚え、「何やってんだかなぁ」と呆れの感情を覚えていたが……。


 これら含めて、後々トラブルへと発展していく。


 だがこれに関しては後述……、というより、違う機会に語ることになるんだろう。

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