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豆腐屋さんの社畜日記 ~愉快なブラック企業と労働基準監督署~  作者: 西織


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【逮捕までのカウントダウン】【11月中旬】【冬のボーナス】

【逮捕までのカウントダウン】


 11月。


 労基から説明を受けた。



 結局、就業規則は出さず、労働環境改善も一向に進まない、という現状況。労基の要求を受け流し、数ヶ月が経とうとしている。


 そこで、労基は新たなアクションを起こした。


 今現在、会社が改善できるのかどうなのか、それすらもわからない。今はどういう状況なのか。それをまず説明しに来い、と会社に要求したのだ。



 しかし、今までは呼び出しても、すっぽかしや代理人が来るばかりで、まともに応対した回数の方が少ない。今回もそうならないよう、労基は強い要求に切り替えた。



『出頭命令』



 今までは『出頭要請』という効力の薄いものだった。所謂、お願いである。しかし、今回は命令だ。労働基準監督署が命令している。


 もし、この『出頭命令』に対し、今までと同じような態度を取れば、労基もついに行動を起こすと言った。


 労働基準監督署に強制執行権はない。


 しかし、逮捕権がある。


 その最後のカードを切ろうと言うのだ。



 猶予は三回。


 この『出頭命令』を三回無視した場合、ついに逮捕へ踏み切る。田上さんはそう言ったのだ。



 あと三回、社長が呼び出しを無視すれば逮捕。逮捕だ。本当に社長が御用になってしまう。



 そして、最初の『出頭命令』。



 社長は、これを無視した。


 逮捕まで、残り二回。





【11月中旬】



 一度目の出頭命令を無視し、逮捕まで残り二回となった社長。



 しかし正直なところ、「一度目の出頭命令を無視した」と言われても、それほど心は踊らなかった。わたしもいい加減学習している。こういうとき、社長は本当の危機はきっちり躱す。


 一回目の出頭命令は当然のように無視。しかし、二回目の出頭命令には応じたのだ。応じた、というか、また「会社が忙しい」だの何だの言ってきたので、田上さんが会社に直接行ったのだが。


 そこで、「このままではいけない。早く就業規則を作ってください。残業代を出してください」と、説明してきたのだという。



「社長は『残業代を出すつもりはあるんやけどな……』って言ってましたよ!」



 と、田上さんはやけに嬉しそうに言っていたが、残業代を出すつもりなら、あんな数字をごまかしただけの就業規則を作るはずがない。口なら何とでも言える。というか、言うだけで何も行動していないのが現状だと思うのだが……。


 まぁそれは割かしどうでもいい。わたしが知りたいのはどうなるかだ。ここはきちんと確認しなくてはならない。



「今回、出頭命令に応じたみたいですけど、そうなると逮捕の可能性はなくなったんですか?」



 なくなったのなら、また「就業規則出して」「ちょっと待って」の繰り返しが復活するだけだ。今までと何も変わらない。


 しかし、田上さんはいえ、と否定する。



「もうさすがに待てません、とは伝えています。ただ、次の提出日である12月末までは待ちます。そこでそれでも改善する気がないなら、もうおそらく逮捕することになるんじゃないかと、思います」


「12月末ですか……、結構間が空いてますね」


「えぇ、まぁ……」



 それ以上は何も言ってくれなかった。


 ため息を吐く。もし、年末までに会社に大事があれば『お祭り』の地獄も避けられるんじゃないか、と密かに期待したのだが。


 随分と間が空いてしまうが、仕方がない。12月末で決着がつく。それまで待て、と言われたら待つしかない。


 それに、わたしの方もいい加減忙しくなってきた。気にしなくていいのなら、それはそれで助かるかもしれない……、と自分をごまかし、わたしは車を走らせた。




【冬のボーナス】




 ところで。


 12月に入り、なんと夏に引き続きボーナスが出ることになった。ボーナスがもらえるのは勤続一年以上。わたしが入社したのは11月。つまり、わたしもボーナスをもらえる権利があるのである!




「2年目でもらえるっていいなぁ。俺は3年目までもらえやんかったよ」と先輩社員に言われながら、社長の元に向かう。今回も当然手渡しだ。わざわざ社長が営業所にやってきて、だれもいない倉庫に椅子を用意し、威風堂々と待っている。ひとりひとり名前を呼ばれ、社長の元に行く。


 倉庫には暖房がないから寒いだろうに、社長は椅子に座って腕を組んで待っていた。お疲れ様です! と頭を下げると、「ご苦労さん」といつもの挨拶を返してくる。


 滝野さんは前回ボーナスをもらうとき、既に退職の意思を会社に伝えていた。そのせいで、ボーナスを手渡しされる際、「辞める奴にボーナスをもらう権利はないんやけどな」と嫌味を言われていた。社長室で嫌味を言われながらボーナスを手渡しで受け取り、その中身が1万8000円だったから最高に面白かった。


 わたしも既に辞める立場だ。てっきり、滝野さんのように嫌味を言われるかと思えばそうでもなく、「あともうちょいで終わりやけど、それまで気を抜かずにしっかり引継ぎするんやぞ」と言われ封筒を渡された。



 これは結構高評価では?



 何せ、わたしが辞めるのを3ヶ月後から5ヶ月後にしたのは社長も知っている。……正直、「辞める奴に大事な年末を任せられるか、3ヶ月で辞めさせろ!」と言われるのを期待していたのだが、そうはならなかった。「そう言ってもらえるなら、おってもらえばええんやんけ」とあっけらかんと言われたらしい。そこは厳格であれよ。


 ……まぁいい。とにかく、そんなわたしに対する賞与も多いのではないか、という話だ。


 この会社に入っての、初のボーナス。ボーナス。さすがに胸が躍る。……だが、しかし。




 明らかにもらった封筒がぺらいのだ。


 それはもうぺらい。振ると揺れる。持った瞬間にへにゃっとなる。


 ボーナスである。冬のボーナスなのである。そもそも手渡しなので給料数ヶ月分、なんて期待しているわけではないが、さすがにこれはぺらすぎやしないか?



 恐る恐る開けてみると……、そこには一万円札が一枚だけ入っていた。



 冬のボーナス、いちまんえん!



「あともうちょいで終わりやけど、それまで気を抜かずにしっかり引継ぎするんやぞ」



 冬の倉庫でひとり、腕組みをしながらどっしり座る社長。


 ひとりひとり呼び出し、声を掛けながらボーナスを渡す社長。


「俺が社長や」と言わんばかりの偉そうオーラをふんだんに出し、社員を待つ社長。


 そんな人に渡された冬のボーナス、いちまんえん。


 もう。もうね。


 悲しいですよ、僕は。冬のボーナス一万円って。年間賞与一万円って。


 あんなに大笑いした滝野さんの18000円をさらに半額近く下回るとは。小遣いか何かだろこれ。



 それを営業所内の人たちに伝えると、「五千円札じゃなくて良かったやろ」「俺は商品券もあり得るんちゃうかと思ってたで」となかなか容赦のないことを言われた。冬のボーナス商品券ってあなた。


 転職のときもとっても恥ずかしかった。転職サイトに登録したとき、年収と年間賞与をきちんと書いたら、アドバイザーとの面接で突っ込まれたのだ。



「あの……、この年間賞与1万円っていうのは……?」


「あ、冬のボーナスが1万円だったので……、なので、年間賞与が1万円でして……」


「あ、あぁ、なるほどぉ……」



 こんな恥のかき方あるか?


 結局、わたしも「辞める奴にはそんなにボーナス渡さんでええやろ」ってことのようだ。わたしは1万円、滝野さんは1万8000円だが、ほかの人はもっともらっている。



 成績が悪い人は3万円。


 普通の人は5万円。


 最高評価は9万円。




 だそうだ。二桁ないんかい。最高評価でも10万円いかないって……。


 最初、今は会社の経営が傾いているから、この程度しかもらえないのかと思った。だが、元々この程度しかもらえないらしい。ボーナスの最高額は9万円。よく賞与年2回なんて書けるな。

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