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豆腐屋さんの社畜日記 ~愉快なブラック企業と労働基準監督署~  作者: 西織


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【会社炎上(物理的に)】

【会社炎上(物理的に)】


 その大事件が起こったのは8月下旬。地元新聞に掲載されるほどの事件だった。


 本社近くにある、あげ工場が燃えたのだ。



 火事だ。火事が起きた。マジモンの炎上である。


 火事になったのは、油揚げやがんもを作るあげ工場。本社の近くにある工場で、そこで商品を作っている。その工場が火事になった。


 滝野さんがネットで見つけた写真を見せてくれたが、消防車が何台も並ぶ姿はなかなかに迫力があった。野次馬もいた。火事現場っぽい風景だった。



『会社の工場が燃えた』。


 なんとワクワクする一文だろう。とんでもない大事件だ。これを聞いたときの高揚感は、言葉にするのが難しいくらいだ。めっちゃ面白かったです。



 ただ、消防隊の迅速な対応のおかげか、幸い、火事はそれほど大きなものにはならなかった。工場の中はすっかり燃えてしまったが、それで済んでいる。あげものを作るフライヤー等も無事だ。


 しかし、被害は大きい。中は燃えた。工場が燃えれば商品は作れない。販売できない。


 この豆腐屋は一部のスーパーにあげ商品を卸しているが、それもストップする。大打撃だ。信用だって失う。




 わたしたち行商も豆腐だけを売るわけではない。むしろ、売上金額は豆腐よりあげ類の方が割合が多いのだ。売上の半分以上をあげ類が占めている。そのあげが作れない。単純に、全員の売上が半分以下になる。……これは非常にまずい状況だろう。


 火事が起こった翌日。このときの会社の空気は忘れられない。




「昨日の火事で、あげ類作れなかったらしいで」


「え。じゃあ今日どうするんですか」


「豆腐だけ持って行くしかないやろ」


「豆腐だけって……、売上はどうなるんですか」


「それは……、うーん……」




 危機的状況における焦りと、「今日はあげものを準備しなくていい」という時間の余裕から、『焦りながらものんびりした空気が流れる』という妙な状況になっていた。


 そして、この日は全員が売り上げを大きく落とした。モノがないから当然だ。ほかの営業所も同じだろう。


 わたしのような不真面目な社員はまだしも、歩合のために売上が必要な人はとんだとばっちりだ。どうしようもない。もちろん、会社からのフォローもない。ただ給料が下がるだけ。






 工場が燃えた。フライヤー以外はしっかり燃えて、中はしばらく使えない。数日で復旧できるとは思えないし、しばらくあげがない日が続くのだろう。もう勝手に潰れるのでは……? そう思うほどに、全体の売上は低かった。


 労基から睨まれ、辞めた社員からは残業代を請求され、どうするんだどうするんだという状況に火事。泣きっ面に蜂とはこのことだろうか。もう潰れろって神様が言うてるんじゃない?




 しかしそこは、数ある修羅場を潜り抜けた天上の王。


 なんと2日間で、ある程度のあげものを作れるところまで復旧したのだ。そこは見事だ。元通りのラインナップに戻すのは2ヶ月近くかかったし、以前と同じ数に戻すのはさらにかかったが、ある程度まで復旧するのに要したのはたった2日。


 ……これは普通にすごいと思うのだが。定例会議で、その功績をしたり顔で延々と聞かされたのは勘弁してほしかった。またなげーんだ、この自慢話が。




 それによくよく話を聞いてみると、2日で復旧した方法も酷いものである。


「工場の社員総出で、工場からフライヤーを本社まで運び、そこから徹夜で掃除をさせてなんとか復旧させたんや!」


 もうそういうブラック武勇伝は聞き飽きた。労基の前でも同じこと言えんのかそれ。徹夜組に、ちゃんと残業代も渡してるんだろうな。


「我々はこういうトラブルがあっても、迅速に対処することができる。普通の会社だったら、火事が起こって2日で復旧なんて、そうはいかない」



 と鼻息荒く話す社長に、げんなりとした視線を送る会議だった。




 ところで。


「会社の工場が燃えた」という面白イベントを聞いて、もちろんわたしたちは大喜びだったのだが、同時に湧いた考えがあった。

 

「あぁ、ついにだれかがやったんだな」


 というもの。


 わたしたちは毎日のように「辞めたい」「しんどい」「はよ潰れろ」「労基に従え」と会社への呪詛を繰り返している。


 その中のひとつで、「工場燃えたらええねん」というものがある。特に、工場近くに住む滝野さんは「工場に放火したろか」としょっちゅう言っていた。


 正直、いつか本当に社員が放火するのでは、と思っていた。何せ、社長が社長で、労働環境が労働環境だ。恨みは募る。


 会社に耐えられなくなって、かと言って辞める勇気も気力もなくて、ついボウッと。そんな社員がいてもおかしくないのではないか。



 この時期、工場の社員は残業代をカットされ、さらに人手不足で過酷な労働環境にあった。人が足りない。金ももらえない。でも、社長は厳しい。熱中症で倒れ、救急車を呼ぼうとしたところに「みっともないことすんな!」と言われる始末。


 上も下もガンガン辞め、気が付けば部長が豆腐の水槽に顔を付けてダウンする。この世の地獄だ。だれが悪いのか。社長だ。も、もう許せねえあの野郎――ッ! と復讐された……、のではないかと。


 だから、今回の話を聞いて「あぁ、ついにだれかがやったんだな」と正直本気で思っていた。




 結果から言えばそれは違ったのだが、もしかすると、こちらの理由の方がまだマシかもしれない。




 今回の火事の原因、それは漏電である。


 それだけなら特に変わったことはないが、問題は漏電に至るまでの経緯だ。




 前に少し書かせてもらったが、あげ工場の現場は非常に過酷だった。室温が40℃を超えるのでバンバン人が倒れる。ダウンと復活を繰り返しながら、ゾンビ状態で働かなくてはいけない。


 それを労基から突っ込まれたようで、工場に業務用のエアコンが導入することになった。大きなエアコンを天井に取り付ける。これで状況の改善を図ったのである。



 これは素晴らしい試みだと思うのだが、一筋縄でいかないのがここの社長。


 無駄な出費だと思って内心ご立腹だったのだろう。取り付け料金を節約しようとしたらしい。ひとりの社員を捕まえ、こう言った。



「おう、■■。お前、電気工事士の資格持ってるんやってな。仕事終わったら、このエアコンを工場に取りつけておけや」


「えっ」



 可哀想なその社員は、電気工事士の資格を持っているせいで、取り付け作業をさせられたのだ。通常業務が終わったあとにたったひとりで。


 あまりにあんまりだが、社長に指示されれば従うしかない。


 彼はただひとり、だれもいない工場で業務用エアコンの取り付け作業をしていた。取り付けが終わり、その作業確認のために電源をオンにする。しかし、作動しない。どうやら取り付けを失敗したらしい。その場でショートしたというのだ。その人は慌てて、ブレーカーを落としに行った。




 しかしこの工場、なぜかブレーカーの配置場所が特殊であり、梯子を使わないと行けない場所にブレーカーがあるという(なぜ?)


 ブレーカーを落とすのに5分以上もかかった。


 そして、慌てて戻ったときには、そこは既に大炎上、というわけである。すぐに消防車を呼んだが、工場は燃えてしまった。




 もうなんというか。


 時代が時代なら、「目先のわずかな金を気にして、逆に大損害を出してしまうこと」という意味の故事成語ができそうなエピソードである。




 工場が燃え盛る中、連絡を受けた社長は現場にすっ飛んで行った。


 消防車は既に来ていたが、煤が酷かったか、煙が酷かったかなにかで、消防員が中に突入することができなかったらしい。なので、消防隊の方々は上から天井を崩し、そこから水を放射して鎮火する、という選択肢を取った。


 それを聞いた社長、慌てて、


「フライヤー類は燃えても使えるし、ほかのものは燃えても構わないから、天井を壊すのをやめてほしい。火事は放っておいても構わない」


 と言ったそうだ。


 これには消防の方々も激怒。結局、天井を崩して鎮火されたそうだ。




 結局、自分で自分の工場に火を点けただけという、あまりにも恥ずかしい大失態。大勢の人に多大な迷惑をかけ、売上を大幅に落とし、会社の信頼を失墜させたこのセルフ放火事件。


 しかし社長は恥ずかしいとは微塵も思っていない。会議で火事の詳細を話したあと、


「我々はこういうトラブルがあっても、迅速に対処することができる。普通の会社だったら、火事が起こって2日で復旧なんて、そうはいかない」


 と言った。


 いやいや。


 普通の会社はこんな間抜けなことで火事を起こさない。自分で自分の工場に火をつけない。セルフ放火しない。




 もしかすると、社長本人は何も悪いとは思っておらず、取り付け作業をした社員の責任だと考えているのかもしれない。


 会議の時点で滝野さんは既に退職していたので、その社員がどうなったのかという情報は仕入れられなかった。何かしらの罰則を受けたという話は風の噂で聞いた。一番の被害者だと思う。


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